蘇木亮太 有価証券報告書における人的資本開示の義務化
投資家のESGや無形資産（非財務情報）への関心の高まり、労働市場における人材確保の難化などを背景に、人的資本経営の実践と情報開示に対する関心が日々高まっています。
この流れを受けて、2023年1月には「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が改正され、2023年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書より、人的資本の開示項目が以下のように追加・新設されました。
- 「従業員の状況」に、以下三点を記載
- 管理職に占める女性労働者の割合
- 男性労働者の育児休業取得率
- 労働者の男女間の賃金の差異
- 「サステナビリティに関する考え方及び取組（新設）」に、以下二点を記載
- 「戦略」に「人材育成の方針」「社内環境整備の方針」
- 「指標及び目標」に「戦略」に記載した方針に関する指標、当該指標を用いた目標及び実績
前回のコラムでは、水産・農林業、鉱業、建設業の好事例をご紹介いたしました。
consulting.kotora.jp本コラムでは、2023年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書の中から、製造業のうち、食料品業、繊維製品業、パルプ・紙業、化学業、医薬品業、石油・石炭製品業、ゴム製品業、ガラス・土石業の好事例を取り上げます。
※ほか製造業（鉄鋼業、非鉄金属業、金属製品業、機械業、電気機器行、輸送用機器業、精密機器業、その他製品業）や、電気・ガス業、運輸・情報通信業、商業、金融・保険業、不動産業、サービス業の好事例は後日公開します。
有価証券報告書における人的資本開示のポイントについては、以下のコラムをご参考になさってください。
食料品業の開示例：カゴメ株式会社
- 経営戦略に紐づく形で、人材戦略・施策が図を用いて開示されています。
- また、ダイバーシティ＆インクルージョンの文脈で、女性の総合職比率・従業員比率・管理職比率の推移と、キャリア採用人数と、採用に占める人数の推移が時系列で開示されています。
- 加えて、開示が義務化されている「戦略」と「指標と目標」だけでなく、「ガバナンス」と「リスク管理」にも言及がなされています。
繊維製品業の開示例：株式会社ワコールホールディングス
- 経営戦略を実現するための人材戦略として、基本方針、求める人物像、人的資本の課題、取り組みが表を用いて開示されています。
- また、上記3つの重点課題に紐づく形で具体的な取り組みについて説明がなされていますが、特に人材育成（リスキリング、キャリア形成支援含む）の観点で、独自性の高い指標が多く開示されています。
- これらの数値が向上することで、人材育成の高度化につながる納得感が得られます。
- また、投資家の関心も高いマネジメント人材の育成について、現状の経営課題（売上の低迷と固定費率の高いコスト構造を背景とする収益力の低下）と関連させながら、今後の取り組みについて説明がなされています。
パルプ・紙業の開示例：王子ホールディングス株式会社
- 経営戦略と人材戦略の連動について、図を用いて開示がなされています。
- また女性活躍推進について、管理職候補の確保や新卒採用における女性比率の強化に対する具体的な取り組みへの言及に加えて、実績値を時系列でグラフを用いて開示されています。
化学業の開示例：花王株式会社
- 経営戦略と人材戦略の連動について、価値創造モデルの「インプット」に人的資本を置く形で開示されています。
- また、上記の価値創造モデル図に対応させる形で、3つの柱（意欲ある人材をとがらせる、脱マトリックス型組織運営、挑戦・成果重視の環境創り）とそれを支える基盤（公平な機会の提供）それぞれに対して、独自性の高いKPIと実績値、目標値が開示されています。
- 加えて、開示が義務化されている「戦略」と「指標と目標」だけでなく、「ガバナンス」と「リスク管理」にも言及がなされています。
医薬品業の開示例：中外製薬株式会社
- 義務化されている「管理職に占める女性労働者の割合」に加えて、独自に「マネージャーに占める女性労働者の割合」の数値を開示しています。
- また、各指標の定義や数値に対する認識が丁寧に説明なされています。
- また、経営戦略と人材戦略の連動が価値創造モデル図を用いて開示なされています。
- 加えて、上記の価値創造モデル図における3つの軸（個を描く、個を磨く、個が輝く）に対応させる形で、指標と実績が開示なされています。
- 特に「個を描く」の軸について、重要キーポジションに対する後継候補者の準備率や、高度専門人財の充足率に対してKPIを設定、開示しているのは先進的です。
石油・石炭製品業の開示例：コスモエネルギーホールディングス株式会社
- サステナビリティ全般のマテリアリティとして、特に以下2つが人的資本に関連して設定なされています。
- また、中長期的な人材戦略に加えて、第7次中期経営計画の期間内における重要課題として、人材育成強化、ダイバーシティ＆インクルージョン、健康経営の推進、グループ人事基盤の構築が挙げられています。
ゴム製品業の開示例：株式会社ブリヂストン
- 管理職に占める女性労働者の割合、男性労働者の育児休業取得率、男女の賃金の差異について、それぞれの数値や現状への認識と、今後の目標や取り組みについて丁寧に説明がなされています。
- また指標及び目標について、労働災害や女性リーダーに関する比較可能性の高いKPIに加えて、生産性の向上に向けた「人的創造性」（調整後営業利益÷人財投資）や、挑戦意欲の向上を促すための「現場100日チャレンジプログラム実行者数」など、独自性の高いKPIも複数開示されています。
- また、国内だけでなく、グローバルも含めた取り組みや指標測定を行っているのも先進的です。
ガラス・土石製品業の開示例：AGC株式会社
- 開示が義務化されている「戦略」と「指標と目標」だけでなく、「ガバナンス」にも言及がなされています。
- 具体的には、経営人財の育成について、指名委員会やCEO、CFO、 CTO、人事部長、各カンパニープレジデントで構成される「HRコミッティ」が関与するとともに、社外取締役が研修プログラムに登壇するなど、経営層が直接参画して次世代・次々世代の経営人財を発掘・育成する仕組みが構築されていることが説明されています。
- また、エンゲージメント向上に有効なアプローチを特定し、社内Webサイトで公開したり、マネージャー向けに対話のためのガイドブックを提供するなど、実効性の高い取り組みを通して、6年前、3年前からスコアが段階的に改善していることが示されています。
終わりに
弊社コトラは、業種や企業規模を問わず、有価証券報告書における人的資本開示のご支援を行っております。
「自社の取り組みをどのように開示すれば効果的なのかわからない」、「同業他社と比較して自社の水準感を知りたい」などのお悩みがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。
