改訂版ISO30414の概要と解説(1)〜人的資本開示の国際標準が示す人的資本経営の未来〜

はじめに

人的資本開示における国際標準規格として2018年に初めて登場したISO30414は、公開以来、人事・IRの専門家から熱い注目を集めてきました。世界的な人的資本経営のトレンドの中、このISO規格を参照、準拠、認証取得する企業が世界中で増え続けています。

日本国内では、三井物産、日清食品HD、大阪メトロ、電通総研といった大手企業はもちろん、コンフォートジャパンやレクストHDなど中小中堅企業でも認証を取得し、人材戦略への活用が進んでいます。2024年10月時点で、国内企業の認証取得数は18社に上り、その関心度は年々高まっています。

ISO30414の初版が発行されたのは2018年12月でしたが、その後の人的資本管理に対する世界的な意識の高まりを受け、内容をさらに充実させるための改訂作業が進められています。
2024年9月には改訂版のドラフトが公開され、2025年前半の公開が予定されています。

ISO30414の改訂方針を理解することは、認証取得を目指す企業はもちろん、経営者・人事責任者・IR担当者・サステナビリティ担当者などにとっても、今後の国際的な人的資本経営の方向性を把握するうえで非常に有効です。

本コラム連載では、ISO30414改訂版の変更点と、その背景にある意図について詳しく解説していきます。
ただし、ここで紹介する内容はドラフト版に基づくものであり、最終版は今後のレビューを経て変更される可能性があることにご留意ください。

改訂作業の進捗状況

ISO規格は原則5年ごとに見直しが行われます。2018年に発行されたISO30414は2023年から2024年がその時期にあたり、ISOの手順に沿った形で改訂作業が進められています。

改訂作業は2022年11月にプロジェクトが発足し、内容の更新が進められ、2024年3月に専門委員会(TC260)での審議が開始されました。2024年9月には国際規格のドラフト版(DIS)が完成し、現在各国の代表機関で検討されています。

参考:ISO規格の標準的な策定手順

出典:ISO –  International Organization for Standardization

改訂作業のスケジュール  

ISO30414改訂版の進行状況は以下の通りです。
※今後の予定については筆者の予測

ISO30414(改訂版)スケジュール

ステージ内容日付
10.99新規プロジェクトの承認2022/11/21
20.00新規プロジェクトをTC260に登録2024/3/21
30.99CDのDISとしての登録を承認2024/7/1
40.00DISの登録2024/7/1
40.20DIS投票の開始2024/9/4
↑↓ いまここ
40.60DIS投票締切2024/11/27
40.99DISの承認年明け予定
50.00FDIS登録2025年春予定
50.99FDISの承認2025年前半予定
60.00国際規格を発行2025年前半予定
https://www.iso.org/standard/86106.htm

主要な変更点

(1)KPI数と項目数の見直し

KPIの数は58から69に増加しました。測定項目(領域)の数は現行の11から変わりませんが、その内容(名称)は指標の追加や統廃合に伴い、いくつか変更されています。例えば今まで指標の数が多かった「採用・異動・離職」についてはそれぞれ独立した項目となったため全体的に項目内の指標数は平準化していますが、倫理とコンプライアンス項目には人権や労働関係が追加されたこともあり、指標数が増えています。その他、現行の「リーダーシップ」と「組織風土」は、「リーダシップ・組織風土・エンゲージメント」の1項目にまとめられたり、「異動」と「後継者計画」がひとつの項目にまとめられたりと細かな調整がされています。
また、改訂版の項目(領域)については、A.1、A.2などの対応番号が振られています。各指標に対しても、認証規格における個別管理策のようにA.1.1などとそれぞれ管理番号が振られており、参照がしやすい形に改善されています。

現行ISO30414の項目KPI数ISO30414(改訂版)の項目KPI数
倫理とコンプライアンス5A.7 倫理とコンプライアンス、労働関係11
コスト7A.3 コスト7
ダイバーシティ5A.2 ダイバーシティ5
リーダーシップ3A.6 リーダーシップ・組織風土・エンゲージメント6
組織風土2
健康・安全・幸福4A.5 健康・安全・幸福5
生産性2A.4 生産性4
採用・異動・離職15A.8 採用5
A.10 離職4
スキルと能力5A.11 スキル・能力・開発6
後継者計画5A.9 異動と後継者計画9
労働力5A.1 労働力7
合計58合計69

(2)測定指標(KPI)が「必須」と「推奨」の2段階に

KPIの構成が「必須リスト」と「推奨リスト」に分かれました。
現行版では「大企業」と「中小企業」で推奨指標は区別されていましたが指標の重要性についてはどれも同じ扱いでした。

改訂版ではその企業規模の区別は残しつつも、17指標が全ての規模の企業に共通の「必須指標」と設定されています。これら17指標は大企業、中小企業問わず、社内外に開示すべき指標と位置づけられています。
この中でも特に注目すべきはエンゲージメントでしょう。現行版では大企業、中小企業とも内部開示項目の位置づけでしたが、改訂版では大企業、中小企業ともに社内・社外開示を要する必須指標として17指標の中に組み入れられています。

これらの17指標には、英語では「Reqirement」と表記されています。これらRequirement指標に対しては、ガイドライン規格にも関わらず、マネジメント認証規格で必須要件を示す「Shall」が使用されています。
今回の改訂ではこれら17指標に対する重要性が強調される内容となっています。

(3)新たな指標の追加

改訂版では、「人権」や「労働関係(組合)」の新たな要素が盛り込まれました。
また、TCFDなどで定着した非財務情報開示の4つの要素(「ガバナンス」「戦略」「リスクと機会」「指標と目標」)に沿った記載をすることというページも追加されました。
これらはISSBやEUなどを中心とした非財務情報の標準化と歩調を合わせるものであり、ISO30414が国際標準としてより汎用的なガイドラインとなる方向性が感じられます。

KPIについては、一例として、以下のようなものが新規に追加されています。

  • 正式な健康管理プログラム参加人数
  • 平均在職年数
  • 入社1年以内の離職率
  • 従業員ネットプロモーター・スコア(eNPS)
  • 男女間の賃金格差
  • 多様性による賃金格差
  • 最高経営責任者と従業員の給与平均値の比率
  • 上級管理職と従業員の給与平均値の比率
  • 一定期間に提起された人権問題の件数・種類・結果
  • 団体交渉協定の適用対象従業員割合
  • 従業員1人当たりの年間公式研修時間数、など

おわりに

本コラムでは、ISO30414改訂版の概要について解説しました。次回は、必須指標である17指標も含め、現行版と改訂版のISO30414について、より詳細な比較をお届けする予定です。
また、ISO30414のよくある質問や認証取得などに関するQ&Aはこちらもご参照ください。

弊社コトラは、業種や企業規模を問わず、人材戦略の策定、運用、ISO 30414認証取得や人的資本開示のご支援を行っております。人的資本経営の実践・開示のお悩みがあれば、ぜひお問い合わせください。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


村上 慶
エグゼクティブコンサルタント ISO30414リードコンサルタント

東北大学法学部卒。東海銀行(現三菱UFJ銀行)にて有価証券運用を担当。地方銀行及びトヨタファイナンシャルサービスにて市場リスク管理に従事後、年金コンサルティング会社で資産運用アドバイザーを担当。CFA協会認定証券アナリスト。

コトラでは、ESG/SDGs、ISO30414、人事施策、情報開示、企業年金に関するコンサルティング業務に従事。ISO30414 Lead Auditor/Consultant Certification資格所持者。


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


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