人的資本開示で、ダイバーシティの取り組みをどう伝えるか?
「人的資本の開示義務化に対応はしたが、何をどう伝えれば企業価値向上に繋がるのかわからない」
「当社のダイバーシティ経営の取り組みを、投資家はどう評価しているのだろうか」
2023年3月期決算から、有価証券報告書における「人材の多様性の確保を含む人材育成に関する方針」や「社内環境整備に関する方針」、「当該方針に関する指標の内容、目標および実績」の記載が義務化されました。これにより、ダイバーシティ経営は、単なる社内的な取り組みから、投資家をはじめとするステークホルダーへの重要な説明責任を伴うテーマへとその位置づけを変えました。
本コラムでは、なぜ投資家がダイバーシティ経営に注目するのか、そして、その取り組みとメリットをいかに戦略的に開示し、企業価値向上に繋げていくべきか、その具体的な方法論を解説します。
投資家はなぜ「ダイバーシティ」を見るのか?
投資家が企業のダイバーシティ経営に注目する理由は、それが単なる社会正義の実現に留まらず、企業の長期的な収益力や持続可能性を測るための重要な先行指標であると認識しているからです。投資家の視点は、主に以下の3点に集約されると考えられます。
- イノベーションと成長の可能性
投資家は、ダイバーシティ経営がイノベーションの源泉であることを理解しています。多様な視点や経験が新しいアイデアを生み出し、それが新たな事業や市場の創出に繋がる。つまり、ダイバーシティ経営への取り組みは、その企業の将来の成長ポテンシャルを示すシグナルとして捉えられています。 - リスク管理能力
メンバーの経歴や価値観が似通った均質的な組織では、異論を唱えにくい空気が生まれ、組織全体で視野が狭くなってしまうことがあります。これに対し、多様な組織は多角的な視点からリスクを識別・評価できるため、経営のレジリエンス(強靭性)が高いと評価されます。
気候変動や地政学リスクなど、予測困難な脅威が増す現代において、このリスク管理能力は企業価値を測る上で極めて重要な要素です。 - ガバナンスの質
ダイバーシティ経営を推進している企業は、公正で透明性の高い人事制度や、健全な議論を促す企業文化を有していると推測されます。これは、取締役会の監督機能の実効性など、コーポレート・ガバナンス全体の質が高いことの証左として受け止められます。
投資家は、これらの観点から企業のダイバーシティ経営を評価し、その取り組みの進捗や成果を開示情報から読み取ろうとしているのです。したがって、開示においては、単に「女性管理職比率」などの数値を羅列するだけでは不十分であり、その数値の背景にある戦略やストーリーを語ることが、大きなメリットとなります。
企業価値を高める「ダイバーシティ開示」の戦略的ポイント
では、ダイバーシティ経営の取り組みと、それによってもたらされるメリットを、いかにして投資家に響く形で伝えればよいのでしょうか。ここでは、多くの企業が見落としがちな3つの戦略的ポイントを解説します。
ポイント1:「なぜやるのか」を経営戦略と結びつける
最も重要なのは、ダイバーシティ経営が自社の経営戦略と不可分であることを示すことです。単に「社会の要請だから」ではなく、「自社の持続的成長に不可欠だから」という力強いメッセージが求められます。
- 具体例1(グローバル戦略)
「当社の最重要市場である東南アジアでの事業拡大に向け、現地の文化・商習慣を深く理解する多様な国籍の人材を、今後3年で幹部候補として〇名育成・登用する計画です」 - 具体例2(DX戦略)
「当社のDX推進において、技術スキルを持つ人材だけでなく、顧客接点の経験が豊富な営業部門や、異なる業界からの中途採用者など、多様な知見を持つ人材をプロジェクトに意図的に配置し、新たなサービス創出に繋げています」
このように、具体的な事業目標と人材戦略を接続させることで、ダイバーシティへの投資が、将来のキャッシュフローを生み出すための合理的な経営判断であることを示すことができます。
ポイント2:「これまでとこれから」をストーリーで示す
投資家は、現時点の断片的なデータだけでなく、企業の変革に向けた「意志」と「道筋」を見ています。そのため、開示情報を一貫したストーリーとして構築することが極めて有効です。
- As-Is(現状と課題)
過去3年間の従業員構成比の推移や、組織サーベイで見えた課題(例:特定の層でエンゲージメントが低い)を誠実に開示します。 - To-Be(目指す姿)
課題を踏まえ、3〜5年後にどのような組織でありたいか、というビジョンを具体的に示します。 - How-to(施策)
ビジョン実現のために、どのような人事制度改革(例:インクルーシブな評価制度の導入)や研修プログラム(例:管理職向けダイバーシティ・マネジメント研修)を、いつまでに実行するのかを具体的に記述します。 - KPI(指標)
その進捗を測るための結果指標(女性管理職比率など)と、プロセス指標(多様な候補者の応募数、研修後の管理職の行動変容スコアなど)をセットで示します。
この一連の流れを示すことで、取り組みが場当たり的ではなく、戦略的に管理されているという信頼感を醸成できます。
ポイント3:「数字」と「生の声」をセットで語る
定量データだけでは、取り組みの「質」や「熱量」は伝わりません。数字の裏側にある人の想いや変化を伝えることで、ストーリーに深みと説得力が生まれます。
- 悪い例
「女性管理職比率が前年比2%向上しました」 - 良い例
「女性管理職比率が前年比2%向上しました。この背景には、昨年導入した『キャリアメンター制度』があります。制度を利用した社員からは、『身近なロールモデルと対話することで、自身のキャリアパスを具体的に描けるようになった』といった声が寄せられており、これが昇進意欲の向上に繋がったと考えています」
このように、定量データ(What)と、その背景にある具体的な施策や従業員の体験談といった定性情報(Why/How)を組み合わせることで、数字に意味が与えられ、施策の実効性に対する投資家の納得感を高めることができます。
ダイバーシティ経営の開示で、未来への成長戦略を語る
人的資本開示の時代において、ダイバーシティ経営に関する情報は、もはや守りの「義務」ではなく、自社の成長戦略と企業価値をアピールする攻めの「機会」です。その取り組みとメリットを戦略的に開示することは、投資家やステークホルダーとの建設的な対話を促し、企業への信頼と期待を高めることに繋がります。
それは、自社がどのような未来を目指し、そのために「人」という最も重要な資本をいかに大切にし、活かそうとしているのか、という「未来への約束」を語ることに他なりません。
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