はじめに
前回のコラム「改訂版ISO30414の概要と解説(1)〜人的資本開示の国際標準が示す人的資本経営の未来〜」では、改訂版ISO30414の全体像についてお話しました。
その中でもお伝えしました通り、今回の改訂の大きな変更点として、以下が挙げられます。
・一部の測定指標が「必須指標(Requirement)」となった
・必須指標は大企業・中小企業問わず、社内・社外への開示が要件
今回のコラムではその17個の必須指標について、現行ISO30414と比較をしながら解説します。
改訂版ISO30414 必須17指標の概要
改訂版ISO30414で必須指標とされたものの多くは、現行のISO30414でも指標として存在し、大企業の外部開示指標と規定されています。
しかしながら以下の通り、全く新規で追加された指標が3つ、指標としてはもとからあるものの重要度が大きく変わった指標が3つあります。
新規追加指標
★総FTE
★人権に関する問題の数、種類、内容
★労働協約の対象となる労働力の総労働力に対する割合
→ 17のうち3指標が新規追加指標。大企業、中小企業とも新たに対応が必要です。
変更指標
☆ダイバーシティ 年齢
☆ダイバーシティ 性別
☆エンゲージメント
→ ダイバーシティ(性別、年齢)について、中小企業にとっては内部開示項目から外部開示項目に変更となりました。ただ、この指標は既に多くの企業が開示しているので大きな問題ではないと思われます。
エンゲージメントについては大きく扱いが変わりました。現行ISO30414では大企業、中小企業とも内部開示項目でしたが、どちらにとっても外部開示必須指標となりました。エンゲージメント調査を行っていない企業は、中小企業も含め、早めに導入準備をされることをおすすめいたします。
改訂版ISO30414の必須指標は下表の通りです。
下記17指標が、大企業・中小企業を問わず、社内および社外への開示を要求されています。
改訂版ISO30414 の必須指標 | 改訂版ISO30414 の必須指標 | 現行ISO30414 | 現行ISO30414 | 現行ISO30414 |
---|---|---|---|---|
番号 | 測定指標(KPI) | 指標の有無 | 大企業 外部開示 | 中小企業 外部開示 |
A.1.1 | 総従業員数 | ◯ | ◯ | ◯ |
A.1.4 | 従業員FTE | ◯ | ◯ | ◯ |
A.1.7 | ★総FTE | なし | なし | なし |
A.2.1 | ☆ダイバーシティ 年齢 | ◯ | ◯ | ☓ |
A.2.2 | ☆ダイバーシティ 性別 | ◯ | ◯ | ☓ |
A.3.5 | 総教育開発コスト | ◯ | ◯ | ◯ |
A.3.6 | 総労働力コスト | ◯ | ◯ | ◯ |
A.4.1 | FTEあたりの売上(または予算) | ◯ | ◯ | ◯ |
A.4.2 | FTEあたりのEBIT(または余剰金) | ◯ | ◯ | ◯ |
A.4.4 | 人的資本ROI | ◯ | ◯ | ◯ |
A.5.1 | 労災発生件数と率 | ◯ | ◯ | ◯ |
A.5.2 | 死亡事故件数と率 | ◯ | ◯ | ◯ |
A.6.1 | ☆エンゲージメント | ◯ | ☓ | ☓ |
A.7.5 | 必須コンプライアンス研修を受講した割合 | ◯ | ◯ | ◯ |
A.7.7 | ★人権に関する問題の数、種類、内容 | なし | なし | なし |
A.7.10 | ★労働協約の対象となる労働力の総労働力に対する割合 | なし | なし | なし |
A.10.1 | 離職率 | ◯ | ◯ | ◯ |
出典:コトラ作成
改訂版ISO30414 必須17指標の説明
以下、17の各指標について簡単にコメントいたします。
A.1.1:「総従業員数」/A.1.4:「従業員FTE」
現行ISO30414と大きな変更はありません。
A.1.7:「総FTE」
新たに追加されました。
総FTEは、従来のFTE(A.1.4従業員FTE)に、「外部労働力のFTE」を加算したものです。これにより企業が持つ「労働力全体」を把握することが可能となり、生産性など他の測定項目への活用も図れるものです。
ただし、外部労働力については、業務委託など、金額ベースで把握することはできてもFTEとして把握する(FTEを報告してもらう)ことは一般的ではなく、なかなか測定が難しい指標と想像されます。どのように運用していくかについては課題が残る指標と感じています。
A.2.1:「ダイバーシティ 年齢」/A.2.2:「ダイバーシティ 性別」
大企業にとっては変更ありませんが、中小企業にとっては内部開示から外部開示が必要な指標へと変更されました。しかしながら、これら指標については従業員台帳を整備している企業であれば容易に算出可能な属性データであるため特段大きな影響はないと思われます。
A.3.5:「総教育開発コスト」/A.3.6:「総労働力コスト」
現行ISO30414と大きな変更はありません。
A.4.1:「FTEあたりの売上(または予算)」/A.4.2:「FTEあたりのEBIT(または余剰金)」
これらは現行ISO30414では一つの指標でした。算出例の中でそれぞれの指標が紹介されていましたが、個別の測定指標としてそれぞれ独立した指標となりました。
また、従来は指標名としては「従業員あたりの」となっていましたが、「FTEあたりの」と表記されるようになりました。ただし、現行ISO30414でも規格の説明文の中で「FTEで測定することが望ましい」と記載されていましたので運用上は大きな変更はないと考えて良いと思います。
A.4.4:「人的資本ROI」
現行ISO30414と大きな変更はありません。
A.5.1:「労災発生件数と率」/A.5.2:「死亡事故件数と率」
現行ISO30414と大きな変更はありません。
A.6.1:「エンゲージメント」
今回大きく扱いが変わった指標です。現行ISO30414では大企業、中小企業とも内部開示項目でしたが、改訂版ISO30414では外部開示指標となりました。ダイバーシティのような属性情報と異なり、算出には社内サーベイが必要となるので、準備を含めて期間を要する測定指標となります。
A.7.5:「必須コンプライアンス研修を受講した割合」
現行ISO30414と大きな変更はありません。
A.7.7:「人権に関する問題の数、種類、内容」
新規追加指標です。
児童労働や労働環境、差別なども含め、人権に関する問題の件数や内容を報告するものです。どのような項目を対象とするか、どのように発生を把握するか、通報窓口はどうするか、など、まずは運用ルールや体制を構築することが重要です。
また、センシティブな分野であるため、社外開示にあたっては経営層、コンプライアンス部署やIR部署などを含め開示に関する慎重な判断も必要になります。大企業においては国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」などの基準を運用しているケースもあるでしょうが、中小企業をはじめとしてルール化されていない場合は構築が必要です。
A.7.10「労働協約の対象となる労働力の総労働力に対する割合」
新規追加指標です。
規格原文を読み取ると、「全従業員に対する労働組合員の割合」と解釈されます。
会社として組合員の数を測定することから派生する問題などがないのか、そもそも正確な測定が可能なのか、会社として適切な目標設定ができるのか、など、運用上の課題が見えないところです。
A.10.1:「離職率」
現行ISO30414と大きな変更はありません。
おわりに
第2回では、改訂版ISO30414の必須指標について解説しました。
全体的に大きく変わっているわけではありませんが、人的資本経営に関する国際的な潮流に沿った形での調整がなされていると感じます。
次回からは必須指標以外の指標の変更点について、各領域ごとに紹介していきます。
また、ISO30414のよくある質問や認証取得などに関するQ&Aはこちらもご参照ください。
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