はじめに
2025年8月25日、待望のISO30414の改訂版が発行されました。
筆者は早速ISOのホームページから公開版を購入して内容を確認しましたので、まずは第一報として皆様に共有したいと思います。ちなみに規格書は199スイスフラン(約36000円)。現時点では英語かフランス語のみですが、数カ月後には日本規格協会から和訳版が購入できると思います。
筆者の属する株式会社コトラは、ISO30414のプロフェッショナルファームとして、自社でのISO30414に準拠したHRレポートの発行や、顧客のISO30414認証取得のご支援をしており、長年2018年版の規格書を使いこんできましたので、今回の改訂にあたっては非常に感慨深いものがあります。
これまで人的資本開示の標準化をリードしてきたISO30414がこの先どのような未来を描いているのか?
今回の改訂版はそれに対する全世界の熱い思いが詰まったとても充実したものとなっていると個人的には感じています。
ということで、今回は、公開されたばかりの改訂版ISO30414について、どこよりも早く解説をしていきます。なお、これ以降、2018年に発行された初版は「ISO30414:2018」または「2018年版」、今回の改訂版は「ISO30414:2025」または「2025年版」として区別していきます。
※本コラムは速報性を重視し、2025年版については筆者が翻訳した内容に基づいて解説しています。そのため、今後、日本規格協会から公式発行される和訳版とは表現が異なる場合があります。
ISO 30414の概略
ISO 30414は、人間資本(Human Capital)の報告と開示に関する国際規格であり、組織が人的資源をどのように管理し、その価値をステークホルダーに透明に伝えるべきかについて示したガイダンスです。2018年に初版が発行され、2025年8月25日にその内容を大幅に改訂・強化した第2版が発行されました。
ISO 30414:2018(第1版)の主な特徴
第1版の正式名称は「人的資源マネジメント — 内部および外部への人間資本報告のためのガイドライン (Human resource management — Guidelines for internal and external human capital reporting)」です。
- 目的と範囲
内部および外部の人間資本報告(HCR)のための指針を提供することを目的とし、あらゆる種類、規模、性質、複雑さの組織に適用可能とされています。 - 報告領域
コンプライアンスと倫理、コスト、多様性、リーダーシップ、組織文化、健康・安全・ウェルビーイング、生産性、採用・異動・離職、スキルと能力、後継者計画、労働力、という11の主要な人間資本報告領域(HCA)について指針を提供しています。 - 測定項目
主に定量的測定項目に基づいており、組織間の比較を容易にすることを意図していました。特定の測定項目は大規模組織と中小企業(SME)向けに内部/外部報告の推奨が示されていました。 - 付録
中小企業向けの推奨事項(Annex A)と測定項目を組み合わせた人間資本報告の例(Annex B)が含まれていました。
ISO 30414:2025(第2版)の主な変更点と特徴
第2版の正式名称は「人的資源マネジメント — 人間資本の報告と開示に関する要求事項および推奨事項 (Human resource management — Requirements and recommendations for human capital reporting and disclosure)」です。この改訂は、初版(ISO 30414:2018)をベースに増補・改訂したもので、以下の主要な変更が加えられています。
測定項目の分類を再定義(要求事項の追加)
測定項目の分類が、第1版の「ガイドライン」から、「要求事項(必須項目)」と「推奨事項」の2つのカテゴリーに再分類されました。これにより、すべての組織が報告・開示しなければならないコアな測定項目が明確に示されています。
サステナビリティ報告との整合性強化
GRI、統合報告フレームワーク、SASB、ESRS S1、IFRS/ISSB S1、SEC、TCFDなど、さまざまなサステナビリティ報告フレームワークとの整合性が強化されています。これは、人間資本が世界共通の重要なテーマであることを表しています。
重要性(マテリアリティ)の考慮
AIに関連する要因を含む、マテリアリティの考慮がより明確になりました。マテリアリティの解釈と適用は、管轄区域、規制当局、範囲、および最終利用者に依存することが明記されています。
生産性およびパフォーマンス開示のガイダンス追加
営利、非営利、公共部門における生産性およびパフォーマンスの開示に関するガイダンスが追加されました。例えば、非営利セクター向けの同等測定項目(FTEあたりの総予算、FTEあたりの余剰など)が明示されています。
人間資本領域(HCAs)の再編成
文脈、影響、ワークフローを整合させるために、人間資本報告領域(HCAs)が再編成されました。
- 2018年の「労働力(Workforce Availability)」は「労働力構成(Workforce Composition)」となり、外部雇用も含むより包括的な定義になりました。
- 「リーダーシップ」と「組織文化」は「エンゲージメント」と統合され、「リーダーシップ、文化、エンゲージメント」という単一の領域になりました。
- 「コンプライアンスと倫理」は「コンプライアンス、倫理、労働関係」に拡張されました。
- 「採用・異動・離職」は「採用」「異動と後継者計画」「離職率」と3つの独立したHCAに分割されました。
- 「スキルと能力」は「スキル・能力・開発」に拡張されました。
これらの再編成の結果として、領域数自体は11領域から変更はありませんが、その領域の定義内容が変更されています。
推奨開示報告形式
気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の「ガバナンス」「戦略」「リスクと機会」「指標と目標」フレームワークに基づいた推奨開示報告形式が追加されました。これにより、他の報告との一貫性と比較可能性が向上します。
測定項目の追加
人権、労働関係、生産性、倫理、ウェルビーイングに関する測定項目が追加されました。例えば、人権問題の件数・種類・結果 や、労働協約でカバーされる従業員の割合 などです。
その結果、測定項目数は58指標から69指標に増加となりました。2025年版の69指標の内訳は、14指標が必須指標、55指標が推奨指標となります。具体的な必須指標は以下の通りです。
- 総従業員数
- 従業員FTE
- ダイバーシティ(年齢)
- ダイバーシティ(性別)
- 総教育開発コスト
- 総労働力コスト
- FTEあたりの売上(または予算)
- FTEあたりのEBIT
- 人的資本ROI
- 労災発生件数と率
- 労災による死亡者数と率
- 人権問題の件数・種類・結果
- 労働協約でカバーされる従業員の割合
- 離職率
データ収集に関するガイダンス強化
データ収集、プライバシー、セキュリティに関する責任についてのガイダンスが強化されました。これには、法的および倫理的考慮事項、HRIS、デジタルタクソノミー、品質管理、AIの利用に関する詳細が含まれます。
付録の更新と追加
- 付録AにHCRD測定項目の定義、計算、および式が詳細にまとめられました。
- 付録B(ビジネスアキュメンに関するガイダンス)が更新されました。
- 付録C(中小企業(SME)向けの推奨事項)が強化されました。
- 付録D(大規模組織向けの人間資本測定項目レポートの例)が拡張されました。
- 付録E(大規模組織向けの人間資本開示レポートの例(初回報告年))が追加されました。
その他(気付いた点)
- 人的資本報告の呼称
2018年版では「HCR」(Human Capital Reporting)と表記されていたものが、2025年版では全て「HCRD」(Human Capital Reporting and Disclosure)と表現されています。 - 11の人的資本領域の並び順
2018年版のアルファベット順だったものから変更されています。 - ページ数
2018年版の35ページから65ページへほぼ倍増しています。 - 数式の充実
各指標の算出式の定義が詳細に表現されています。(一見すると経済学や数学のテキストのようです) - 2025年版では、69指標の定義や計算式の詳細は、規格本文ではなく、付属文書(Annex A)に書かれています。
まとめと今後の展望
全体として正当で大幅なアップデートと感じます。それもかなりアグレッシブに、環境に応じた、もしくは先取りした要素を取り込んでおり、今後長期にわたり国際的なスタンダードとして利用されていくだろうという印象を受けます。
最後に、2018年版と2025年版の変更点を分かりやすく比較表にします。
項目 | ISO 30414:2018 (第1版) | ISO 30414:2025 (第2版) |
---|---|---|
正式名称 | 人的資源マネジメント — 内部および外部人間資本報告のためのガイドライン | 人的資源マネジメント — 人間資本の報告と開示に関する要求事項および推奨事項 |
発行年 | 2018年12月 | 2025年8月25日 |
位置づけ | 指針(Guidelines) | 要求事項(Requirements)と推奨事項(Recommendations) |
測定項目の分類 | 大規模組織とSME向けに内部/外部報告の推奨を提示 | 必須測定項目(すべての組織に適用)と推奨測定項目(組織規模や用途で区別)に再分類 |
サステナビリティ報告との整合性 | GRI、統合報告イニシアティブを参考に言及 | GRI、SASB、ESRS S1、IFRS/ISSB S1、SEC、TCFDなど複数の主要なサステナビリティ報告フレームワークとの整合性を強化 |
重要性(マテリアリティ)の考慮 | 報告ナラティブの概念として言及 | AI関連要因を含む、より明確なマテリアリティの考慮とガイダンス |
生産性/パフォーマンス開示 | 主に営利組織向け(EBIT/収益など)、NGO向けに一部言及 | 営利、非営利、公共部門における開示ガイダンスを拡充 |
人間資本領域 (HCAs) の構成 | 【11項目】 コンプライアンスと倫理 コスト 多様性 リーダーシップ 組織文化 健康・安全・ウェルビーイング 生産性 採用・異動・離職 スキルと能力 後継者計画 労働力 | 【11項目】 労働力構成 多様性 コスト 生産性 健康・安全・ウェルビーイング リーダーシップ・文化・エンゲージメント コンプライアンス・倫理・労働関係 採用 異動・後継者計画 離職率 スキル・能力・開発 |
測定指標数 | 58指標(大企業/中小企業、内部開示/外部開示 によって推奨される項目は異なる) | 69指標(うち14指標は必須指標として大企業/中小企業共通。それ以外の推奨55指標は企業規模によって異なる) |
追加された主要測定項目 | ー | 人権、労働関係に関する測定項目を追加 (例: 人権問題の件数、労働協約カバー率など) |
推奨開示報告形式 | 特定の形式は明示せず | TCFDのフレームワーク(ガバナンス、戦略、リスクと機会、指標と目標)に基づいた推奨開示形式を追加 |
データ収集のガイダンス | データ収集の責任、システムの要件など | データ収集、プライバシー、セキュリティに関する責任、法的・倫理的考慮事項、AIとの関係性など、ガイダンスを強化 |
付録の構成 | Annex A: SME向け推奨事項 Annex B: 統合された測定項目報告の例 | Annex A:HCRD測定項目の定義、計算式 Annex B:ビジネスアキュメン Annex C:SME向け推奨事項(強化)Annex D:大規模組織向けHC測定項目報告例(拡張) Annex E:大規模組織向けHC開示報告例(追加) |
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