その人事制度、事業環境の変化に追いついていますか?
「事業を取り巻く環境の変化が激しく、既存の人事制度では今の経営課題に対応しきれない…」
「従業員の専門性が高まっているのに、年功序列的な評価から脱却できずにいる…」
多くの経営者や人事責任者の皆様が、このような根源的な課題に直面しているのではないでしょうか。市場のグローバル化や働き方の多様化、さらにはAIの進化といった不可逆的な変化の波は、ビジネスのルールそのものを書き換え、企業に絶え間ない自己変革を要求しています。
このような時代において、企業の持続的な成長を支える最も重要な資本は「人」です。その能力をいかに最大限引き出し、戦略的に活用するかが経営の最重要課題となっています。
この課題に対する強力な解決策として、今、スキルベース型人事制度が注目を集めています。本コラムでは、この新しい人材戦略の潮流について、その本質からメリット、実践のポイントまでを丁寧に解説していきます。
スキルベース型人事制度とは何か?―新しい人材戦略の潮流
スキルベース型人事制度の核心 ―「人」の何を評価するのか
スキルベース型人事制度とは、その名の通り、従業員が保有する「スキル(職務遂行能力)」を基準に、評価や処遇(報酬・等級)、配置、育成などを決定する人事制度全般を指します。
これは、評価の軸を「人」そのものに置くという点では、従来の日本企業で主流であった「職能資格制度」と共通する部分があります。しかし、決定的に異なるのは、評価する「能力」の捉え方です。
- 職能資格制度
勤続年数と共に成長するという期待に基づき、個人の潜在的な能力や経験の蓄積を評価します。ゼネラリスト育成や雇用の安定に貢献しましたが、専門性や市場価値との連動が弱く、評価が年功的になりやすいという課題がありました。 - ジョブ型雇用
特定の「職務(ポスト)」の価値や責任範囲を定義し、その職務を遂行する人材を評価します。「同一労働同一賃金」の原則に基づき専門人材の獲得に適しますが、職務が固定化されやすく、柔軟な人材配置やキャリアチェンジが難しい側面があります。 - スキルベース型人事制度
これらの中間に位置し、両者の長所を組み合わせた考え方とも言えます。「人」に焦点を当てつつも、その評価軸を潜在能力ではなく、客観的に定義・測定可能な「スキル」に置きます。これにより、個人の専門性や市場価値を正しく評価しながら、特定の職務に縛られない柔軟な人材活用が可能になるのです。
制度の種類 | 評価の軸 | メリット | デメリット |
---|---|---|---|
スキルベース型人事制度 | 従業員の保有スキル | ・専門性の評価 ・自律的学習の促進 ・柔軟な人材配置 | ・スキル定義や評価の難しさ |
職能資格制度 | 職務執行能力(勤続年数や経験も考慮) | ・ゼネラリスト育成 ・雇用の安定 | ・専門性が評価されにくい ・年功序列化 |
ジョブ型雇用 | 職務(ポスト)の価値・責任 | ・専門人材の獲得 ・職責の明確化 | ・異動や配置の硬直化 ・ポスト不足 |
なぜ今、スキルベース型人事制度が求められるのか
この制度が求められる背景には、企業と従業員を取り巻く深刻な構造変化があります。
- 事業環境の複雑化と短命化
製品ライフサイクルの短期化や異業種からの参入など、企業は常に新しい事業機会を創出し、時に事業ポートフォリオを大胆に入れ替える必要に迫られています。そのためには、事業戦略の変化に合わせて、迅速かつ柔軟に人材を再配置できる仕組みが不可欠です。 - 人材の流動化とキャリア観の変化
新卒一括採用や終身雇用を前提とした日本的雇用慣行が変わりつつある今日、従業員は会社に依存するのではなく、自律的にキャリアを形成し、自身の市場価値を高めたいと考えるようになりました。彼らは、自身の成長が実感でき、それが公正に評価される環境を求めています。 - 人的資本経営への要請
投資家は、企業の持続的な成長力を測る指標として、財務情報だけでなく、人材という非財務資本に強い関心を寄せています。自社がどのような人材戦略を持ち、将来の価値創造に必要なスキルをいかに育成・確保しているかを、客観的なデータで説明する責任が高まっています。
スキルベース型人事制度がもたらす多角的なメリット
この制度を導入することは、企業と従業員の双方に、そして両者の関係性にポジティブな変化をもたらすと考えられます。
【企業側のメリット】
- 戦略的人材マネジメントの実現
経営戦略と人材戦略をダイレクトに結びつけることができます。将来の事業展開に必要なスキルセットを定義し、現状とのギャップを可視化することで、採用・育成・配置の全てにおいて、データに基づいた的確な意思決定が可能になります。 - 組織のアジリティ(俊敏性)向上
プロジェクト単位で最適なスキルを持つ人材を迅速に集め、チームを組成することができます。組織の壁を越えた人材の流動性が高まり、市場の変化に俊敏に対応できる組織体質が醸成されます。 - エンゲージメントと定着率の向上
公平で透明性の高い評価・処遇制度は、従業員の納得感を高めます。明確なキャリアパスと成長機会を提供することで、エンゲージメントを高め、優秀な人材の離職を防ぐ効果が期待できます。
【従業員側のメリット】
- キャリアパスの透明化
自身が目指すキャリアを実現するために、どのようなスキルを、どのレベルまで習得すれば良いのかが明確になります。これにより、日々の業務や学習に対するモチベーションが高まり、自律的なキャリア形成が可能になります。 - 公正な評価と納得感
自身の努力や成長が、客観的な「スキル」というものさしで公正に評価されるため、評価・処遇に対する納得感が高まります。 - 市場価値の向上
会社が定義するスキルは、事業戦略に基づいているため、市場で求められる価値の高いスキルである可能性が高いと言えます。従業員は、社内での成長が、自身の市場価値向上に直結することを実感できます。
スキルベース型人事制度を出発点とした「動的な人材ポートフォリオ」の構築
スキルベース型人事制度の導入は、単なる評価制度の変更が目的ではありません。私たちコトラが支援する現場で重視しているのは、これを「動的な人材ポートフォリオ」を構築・運用するための経営基盤と捉える視点です。
人材ポートフォリオとは、企業の事業戦略を実現するために必要な人材の集合体を指します。「動的」とは、このポートフォリオが固定されたものではなく、事業戦略の変化や市場の動きに合わせて、常に最適な状態に入れ替え・更新され続けることを意味します。
企業の事業戦略を実現するためには、どのようなスキルを持った人材が、どれだけ必要か。現状のスキル保有状況とのギャップはどこにあるのか。そして、そのギャップを埋めるために、誰を、どのように育成・採用していくべきか。スキルベース型人事制度の導入は、こうした問いにデータドリブンで答えるための出発点となり得るのです。個人のスキルを可視化し、事業戦略とダイレクトに連動させることこそ、この制度の真価と言えるでしょう。
失敗しないための導入ロードマップ:3つのステージで着実に進める
では、実際にスキルベース型人事制度の導入を検討する際、何から手をつければ良いのでしょうか。一足飛びに完璧な制度を目指すのではなく、着実に進めるための「3つのステージ」に分けて考えることが成功の鍵となります。
ステージ1:準備・設計 ~土台を固める最も重要な期間~
この段階は、制度の根幹を定義する最も重要な期間です。ここでの設計の質が、制度全体の成否を左右すると言っても過言ではありません。
- プロジェクトチームの発足と目的共有
まずは、経営層、人事部門、そして現場のキーパーソン(各部門の管理職やハイパフォーマーなど)を含めたプロジェクトチームを発足させます。
その上で、「なぜこの制度を導入するのか」「導入を通じてどのような組織を目指すのか」という目的を、チーム全員で徹底的に共有することが最初のステップです。 - スキルの定義・体系化(スキルタクソノミー作成)
次に、自社にとって重要なスキルを洗い出し、定義・体系化します。
ここでのポイントは、経営戦略から落とし込む「トップダウン」のアプローチと、現場の業務内容から吸い上げる「ボトムアップ」のアプローチを組み合わせることです。洗い出したスキルは、誰が見ても同じ解釈ができるよう、「スキルタクソノミー」として文書化し、習熟度に応じたレベル(例:Lv1 指示のもと遂行可 → Lv4 他者へ指導・伝承可)を設定します。 - 評価・処遇の基本ルール設計
定義したスキルを「誰が(上長・本人・同僚など)」「いつ(期初・期末・1on1など)」「どのように」評価するのか、基本的なルールを設計します。また、その評価結果をどのように処遇(昇給、賞与、昇格など)に結びつけるかを検討します。
ただし、最初から報酬と強く連動させると反発を生む可能性もあるため、まずは昇格の参考要件としたり、育成計画の立案に活用したりと、ソフトな連携から始めるのが現実的です。
ステージ2:試験導入(パイロット) ~小さく始めて大きく育てる~
全社一斉導入はリスクが大きいため、まずは特定の部門や階層に絞って試験的に導入し、課題を洗い出す段階です。
- 対象部署の選定と丁寧な説明
試験導入の対象は、変革に前向きで協力的な部署(例:DX推進部、新規事業開発部など)や、影響範囲を限定しやすい若手層などを選定するのが一般的です。対象者には、制度変更の背景や目的、具体的な運用方法について、説明会やワークショップを通じて丁寧に伝え、不安や疑問を解消します。 - 試行とフィードバックの収集
実際に1サイクル(例:半年~1年)制度を運用してみます。その過程で、「スキル定義が分かりにくい」「評価に時間がかかりすぎる」といった現場の声や、運用上の課題を、アンケートやヒアリングを通じて積極的に収集します。成功も失敗も、全てが全社展開に向けた貴重なデータとなります。 - 効果測定と制度の改善
収集したフィードバックを基に、制度の改善点(スキル定義の見直し、評価プロセスの簡略化など)を洗い出し、修正を加えます。この「試行→収集→改善」のサイクルを回すことで、制度の実効性を高めていきます。
ステージ3:全社展開・定着 ~組織文化として根付かせる~
いよいよ制度を全社に展開し、組織の当たり前として定着させていく最終段階です。
- 全社展開計画と強力なコミュニケーション
試験導入で得た知見を基に、全社展開の具体的なスケジュールを策定します。展開にあたっては、経営トップ自らが全社員に対し、制度に込めた想いや期待を力強く発信することが不可欠です。全社説明会はもちろん、各部門での勉強会やQ&A資料の整備など、多層的なコミュニケーションを計画的に実行します。 - 管理職へのトレーニングと権限移譲
新しい制度を実際に運用するのは、現場の管理職です。部下のスキルを正しく評価し、的確なフィードバックを行うための「評価者トレーニング」は必須です。これにより、評価のブレを防ぎ、制度への信頼性を担保します。 - 継続的なメンテナンス体制の構築
一度導入したら終わりではありません。事業環境や戦略の変化に合わせて、スキルタクソノミーや評価基準は陳腐化していきます。年に一度など、定期的に制度全体を見直し、改善していくPDCAサイクルを回す仕組みを構築することが、制度を長く機能させる上で重要です。
組織と個人の「成長の羅針盤」を手に入れる
本コラムでは、スキルベース型人事制度の基本的な考え方と、導入に向けた具体的なロードマップについて解説しました。
この制度の導入は、決して平坦な道のりではありません。しかし、従業員一人ひとりにとっては、自身の市場価値を高め、自律的なキャリアを築くための明確な道筋が示されることになります。企業にとっては、事業戦略と人材戦略を連動させ、変化に強いしなやかな組織へと変革するための強力なエンジンとなり得ます。
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