人的資本開示における海外投資家の着眼点とISO30414(後編)

はじめに

2025年4月2日、金融庁より「人的資本開示に対する海外投資家の着眼点及び開示に関する調査」(以下、金融庁調査)の報告書が公表されました。この調査では、海外投資家へのインタビューを通じ、日本企業が海外投資家の投資先としての魅力を高めるために必要な人的資本開示のポイントについて考察されています。

本コラムは前編後編に分かれており、前編では金融庁調査の概要を解説するとともに、開示のフレームワークとしてのISO30414の有効性を説明しました。

前編で解説したように、金融庁調査では、海外投資家の求める人的資本開示として以下のポイントが挙げられています。

  • 経営戦略と人材戦略の連動性
    • 戦略と関連付けた定性的な説明
    • 目標値との比較
  • 企業の人的資本の全体像を把握できる情報の開示
    • 従業員数および内訳
    • 離職率
    • 人件費
    • 従業員エンゲージメントスコア
    • 人材開発
    • ウェルビーイング(福利厚生、職場環境等)

後編では、ISO30414認証取得企業の開示事例を紹介し、前編で整理した海外投資家のニーズに応える開示がなされていることを確認します。

ここでは、特に5つのポイント((1)従業員数および内訳、(2)離職率、(3)人件費、(4)従業員エンゲージメントスコア、(5)人材開発)について、ISO30414認証取得企業の開示事例を紹介します。(ISO30414の詳細はこちらのコラムをご確認ください)

ISO30414認証取得企業の開示事例

(1) 従業員数および内訳

ISO30414では、「多様性」および「労働力」に属する指標と関連が深いトピックです。具体的には、以下の指標が関連しています。

  • 総従業員数(うちフルタイム数/パートタイム数)
  • フルタイム当量(FTE):フルタイム(週40時間)で換算した総従業員数
  • 臨時の労働力(独立事業主):外部のコンサルタントや業務委託の総数
  • 臨時の労働力(派遣労働者):派遣労働者の総数
  • 労働者の多様性(年齢、性別、障害、その他)

具体的な開示事例としては、以下の2社の事例が挙げられます。

コンクリートコーリング株式会社

同社は、臨時の労働力(独立事業主)として協力会社の人数を記載しているため、社内だけでなく、外部の労働力の活用状況も把握可能です。また、直近3年間の指標データとKPI、指標に対する定性的なコメントも開示されています。

コンクリートコーリング株式会社の開示事例
出所:コンクリートコーリング株式会社「People Fact Book 2025」(p20)

大阪市高速電気軌道株式会社(Osaka Metro)

同社は、性別に関する労働者の多様性として男女別社員比率・管理職比率を図示し、現状の課題を整理したうえで、新年度のKPIを報告しています。

大阪市高速電気軌道株式会社の開示事例
出所:大阪市高速電気軌道株式会社「人的資本レポート2024」(p22)

(2) 離職率

離職率に関するISO30414測定指標は、主に以下の4つです。離職率と自発的離職率を合わせて開示することで、離職が従業員による自発的なものか、定年退職や転籍等の非自発的なものかを明らかにできます。

  • 離職率
  • 自発的離職率
  • 痛手となる自発的離職率
  • 従業員の定着率

日立建機株式会社

同社は、「グローバルビジネスリーダー」を組織にとって重要な(損失が大きい)人材と定義し、痛手となる自発的離職率を開示しています。

日立建機株式会社の開示事例
出所:日立建機株式会社「Human Capital Report 2024」(p25)

(3)人件費

ISO30414において、直接的に人件費と関連する指標は以下の通りです。総労働力コストや総雇用コストからは、企業が従業員に対してどれだけコストを払い、投資しているかを把握できます。

  • 総労働力コスト:従業員の給与や福利厚生費等の総額
  • 外部労働力コスト:外部のコンサルタントや派遣労働者等、従業員以外の人件費
  • 総雇用コスト:従業員の給与や福利厚生費、人材育成費等の総額
  • 人的資本RoI:人的資本に支払われた金額へのリターンを測る指標(営業利益 ÷(給与+諸手当))

ここでは以下の2社の事例を紹介します。

株式会社北海道共創パートナーズ

同社は、事業拡大に向けて人材の確保を進めているという定性的な説明と、総労働力コストや総雇用コストの急増による定量的な説明により、自社の人的資本への投資を効果的に示しています。

株式会社北海道共創パートナーズの開示事例
出所:株式会社北海道共創パートナーズ「Human Capital Report 2024」(p24)

株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント

同社は人的資本戦略の成果の最終目標として、生産性の指標である人的資本RoIを採用しています。3年分の指標データとKPIをグラフで示すとともに、現状に対する定性的なコメント、現状を踏まえた今後の方針と対策を明記しており、優れた開示となっています。

株式会社ジェイ エイ シー リクルートメントの開示事例
出所:株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント「人的資本レポート 2024」(p10)

(4)従業員エンゲージメントスコア

ISO30414では、「エンゲージメント / 満足度 / コミットメント」を「組織風土」に属する指標として位置づけています。また、ISO30414においては指標データ3年分の開示を推奨されています。この点は、他社比較の難しいエンゲージメントスコアにおいて、時系列比較を可能とする意味でも効果的です。

開示事例としては、以下の2社を紹介します。

ウイングアーク1st株式会社

同社は、2018年度から2023年度の6年分のエンゲージメントスコアを開示しています。エンゲージメントスコアが6年連続で向上していることから、エンゲージメント向上施策の有効性を効果的に説明できています。

ウイングアーク1st株式会社の開示事例
出所:ウイングアーク1st株式会社「Human Capital Report」(p8)

株式会社コンフォートジャパン

同社は、組織風土や人材戦略に関連する6項目のエンゲージメントスコアを開示しています。自社平均のエンゲージメントスコアに加え、同一のサーベイを実施した400社の平均(全体平均)と、卸売業での平均(業界平均)を報告しているため、エンゲージメントスコアの他社比較を可能にしています。

株式会社コンフォートジャパンの開示事例
出所:株式会社コンフォートジャパン「Human Capital Report 2024」(p7)

(5)人材開発

ISO30414においては、「スキルと能力」に属する指標が人材開発に関する指標です。具体的には、以下の4つの指標が挙げられます。

  • 人材開発・研修の総費用
  • 研修への参加率
  • 従業員当りの研修受講時間
  • カテゴリー別の研修受講率

ここでは、以下の2社の開示事例について解説します。

アフラック生命保険株式会社

同社は、教育研修費について、総額と従業員一人当たりの金額の2種類を開示しています。人材育成・教育に対する投資を強化するという定性的な説明をグラフによって補足したうえで、教育研修費の伸びの背景にある具体的な取り組みを説明しているため、説得力のある開示となっています。

アフラック生命保険株式会社の開示事例
出所:アフラック生命保険株式会社「人的資本データブック2024」(p7)

日清食品ホールディングス株式会社

同社は、企業内大学(NISSIN ACADEMY)の研修プログラムを職位別・階層別に示したうえで、カテゴリー別の研修受講率と参加人数を開示しています。これにより、どの研修が研修プログラム上のどこに位置し、何の目的で実施されているかを把握することが可能です。

日清食品ホールディングス株式会社の開示事例1
出所:日清食品ホールディングス株式会社「Human Capital Report 2024」(p31)
日清食品ホールディングス株式会社の開示事例2
出所:日清食品ホールディングス株式会社「Human Capital Report 2024」(p56)

終わりに

本コラム後編では、前編で整理した海外投資家の開示ニーズに対するISO30414測定指標の有効性を、ISO30414認証取得企業の開示事例をもとに解説しました。

ISO30414は認証取得のプロセスにおいて、ただ指標を開示するだけでなく、指標の意義や背景、根拠づけされたKPIの設定等、様々な観点が求められます。それゆえに、認証機関からISO30414認証を取得することは、社内外のステークホルダーに対して有効なアピールとなりえます。

コトラは、数多くのISO30414認証取得やISO30414に準拠した社内外レポート作成支援の実績がございます。社内外のステークホルダーに対する人的資本開示にお悩みがあれば、まずは一度、お気軽にご相談ください。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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