なぜ今、インクルーシブ・リーダーシップが求められるのか?
「多様な人材の活躍」という言葉が、多くの企業で聞かれるようになって久しいですが、その実態はいかがでしょうか。
「制度は整えたものの、現場では多様な個性が十分に活かされているとは言えない」
「かえってコミュニケーションの断絶や軋轢を生んでいるのではないか」
もし、このようなお悩みを抱えているとしたら、それはまさにインクルーシブ・リーダーシップの不在が原因かもしれません。本コラムでは、人的資本経営を成功に導く上で不可欠なインクルーシブ・リーダーシップの本質と、その重要性について深く掘り下げていきます。
「包括」が意味する、新しいリーダーの姿
インクルーシブ・リーダーシップとは、直訳すれば「包括的なリーダーシップ」です。しかし、これは単に多種多様な人材を組織内に集める「ダイバーシティ」の段階に留まるものではありません。
真のインクルーシブ・リーダーシップとは、組織に集った一人ひとりの異なる背景、価値観、経験、能力を尊重し、誰もが「自分は組織の重要な一員である」という帰属意識と、「自分の個性を活かして貢献できている」という実感を持てる状態、すなわち「インクルージョン(包括・受容)」を実現するためのリーダーシップスタイルを指します。
従来の強力なトップダウン型リーダーシップは、均質な組織を効率的に動かす上では有効であったかもしれません。しかし、市場のグローバル化、価値観の多様化が進む現代において、その手法は限界を迎えつつあります。
変化が激しく、将来の予測が困難なVUCAの時代を勝ち抜くためには、組織内の多様な知見やアイデアを掛け合わせ、新たなイノベーションを生み出す力、すなわち「集合知」が不可欠です。インクルーシブ・リーダーシップは、この集合知を引き出すための触媒として機能すると考えられます。
人的資本開示とインクルーシブ・リーダーシップの連動性
人的資本経営の要請が高まる中、多くの企業が有価証券報告書や統合報告書での情報開示に取り組んでいます。注目すべきは、単なる従業員数や平均勤続年数といった定量的なデータだけでなく、人材育成方針や多様性確保に向けた取り組みといった「質的情報」の重要性が増している点です。
この文脈において、インクルーシブ・リーダーシップの育成・導入に向けた取り組みは、極めて価値の高い開示情報となり得ます。なぜなら、インクルーシブ・リーダーシップは、多様な人材がその能力を最大限に発揮できる組織文化の基盤であり、それがエンゲージメントの向上やイノベーションの創出に繋がり、ひいては持続的な企業価値向上に貢献するという、説得力のあるストーリーラインを投資家に示すことができるからです。
インクルーシブ・リーダーシップへのコミットメントは、貴社が本質的な人的資本経営を実践していることの力強い証明となるでしょう。
組織変革に向けたインクルージョンの実践ステップ
インクルーシブ・リーダーシップは、一部の特別な管理職だけが持つべきスキルではありません。組織のあらゆる階層のリーダー、ひいては全従業員が意識すべき姿勢です。理念を具体的な行動に移すための、実践的なステップをご紹介します。
ステップ1:自己と組織の「バイアス」を直視する
まず取り組むべきは、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」への気づきです。
- 個人の取り組み
自己診断ツールなどを活用し、自身にどのような偏見の傾向があるか客観的に把握することから始めます。 - 組織の取り組み
管理職研修などで、バイアスが人事評価や日常のマネジメントに与える影響を学びます。例えば、「会議で特定の人物にばかり発言を促していないか」「育児中の社員に対し、本人の意向を確認せず、責任ある仕事を割り振るのを避けていないか」など、具体的な業務シーンを想定したチェックリストを作成し、自己点検を促すのも有効です。
ステップ2:「アクティブリスニング」をチームの標準スキルにする
インクルーシブ・リーダーシップの基本は、相手への深い理解から始まります。単に話を聞くのではなく、能動的に聴く「アクティブリスニング」を実践します。具体的には、以下のような手法が挙げられるでしょう。
- 言い換え
「つまり、〇〇ということですね?」と相手の発言を自分の言葉で要約し、認識のズレがないか確認します。 - 感情の反映
「そのプロジェクトは大変だったのですね」と、言葉の背景にある感情に寄り添う姿勢を見せます。 - 質問
「なぜそう思うのですか?」「もう少し具体的に教えていただけますか?」と、オープンクエスチョンで深掘りし、相手の真意を理解しようと努めます。
特に1on1ミーティングは絶好の機会です。業務の話だけでなく、キャリア観や働きがいについて対話し、信頼関係を構築します。
ステップ3:意思決定の「透明性」を確保する
組織の目標や意思決定のプロセスを可能な限りオープンにすることも、インクルージョンを促進します。
- 共有すべき情報
チームや部署の目標達成状況、経営会議で決まった重要事項とその背景、新しい人事制度の導入意図など、これまで一部の管理職しか知らなかった情報を、可能な範囲で全員に共有します。 - 共有方法
週次の定例ミーティングのアジェンダに「情報共有」の時間を必ず設ける、SlackやTeamsなどのコミュニケーションツールに専用チャンネルを作るなど、情報がスムーズに流れる仕組みを構築します。情報の透明性は、従業員の「自分も組織の一員である」という当事者意識を育みます。
ステップ4:「建設的な挑戦」を称賛し、文化として根付かせる
たとえ失敗したとしても、新たな挑戦や建設的な意見の提案といった「勇気ある行動」を称賛する文化を育むことが大切です。
また、称賛の仕組み化も有効でしょう。リーダーが口頭で褒めるだけでなく、朝礼や全体会議の場で具体的に紹介する、ピアボーナス制度(従業員同士で感謝と報酬を送り合う仕組み)を活用するなど、行動が可視化され、正当に評価される仕組みを作ります。
インクルーシブ・リーダーシップとは、このような小さな成功体験を組織全体に広げていくプロセスでもあるのです。
インクルーシブ・リーダーシップが拓く、企業の未来
本コラムでは、インクルーシブ・リーダーシップの基本的な概念と、現代の企業経営におけるその重要性について論じてきました。多様な人材を「集める」だけでなく、その一人ひとりを「活かしきる」こと。これこそが、インクルーシブ・リーダーシップの本質です。
このリーダーシップスタイルを組織に根付かせることは、決して平坦な道のりではないかもしれません。しかし、従業員一人ひとりが尊重され、その能力を最大限に発揮できる組織は、変化にしなやかに対応し、イノベーションを生み出し続けることができます。それは、企業の持続的な成長、そして企業価値の向上へと直結する、極めて戦略的な投資であると言えるでしょう。インクルーシブ・リーダーシップは、もはや理想論ではなく、すべての企業が取り組むべき経営課題なのです。
株式会社コトラでは、本コラムで触れたインクルーシブ・リーダーシップへの取り組みを含め、貴社の人的資本に関する活動を統合報告書や人的資本レポートで効果的に開示する「人的資本開示の高度化支援」を提供しております。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。