はじめに
2025年9月4日、東京電力グループが同社グループ初の人的資本レポート「TEPCO人的資本レポート2025」を発行しました。本コラムでは、人的資本経営のプロフェッショナルの視点から、同レポートの優れた点を前後編の2回に分けて解説します。
前編では、投資家視点から企業価値向上に直結する「戦略性」と「持続性」について解説しました。
続く【後編】では、「労働市場(従業員・候補者)」の視点から、優秀な人材を惹きつけ、リテンション(定着)させるための「魅力」と「信頼性」について分析します。
本レポートの評価の観点:労働市場の視点
従業員や求職者は、その企業が「自分のキャリアを託すに値する場所か」をシビアに評価しています。スローガンだけでなく「実際に自分がどう働けるか」という具体的な事実(ファクト)が求められます。
- 成長機会の提供
自律的なキャリア形成を支援し、従業員の挑戦を後押しする具体的な機会や仕組みが用意されているか。自分の市場価値を高められる環境であるかが問われます。 - 公正な評価制度と処遇
多様な人材の貢献が正当に認められ、納得感のある評価や報酬制度が運用されているか。年齢や属性にとらわれず、成果や役割に応じた処遇がなされているかが注目されます。 - 心理的安全性の高い組織文化
従業員が安心して意見を言える風土や、お互いを支え合う仕組みがあり、長く働き続けられる環境か。働きやすさと働きがいが両立しているかが評価されます。
以下、本レポートにおける具体的な評価ポイントを解説します。
ポイント1:多様なプロフェッショナルが輝ける複線型キャリアパス
従業員にとって「管理職になること」だけがキャリアのゴールではありません。本レポートでは、技術者が目指すべき最高峰として「S級(TEPCO SUPER ENGINEER)」という認定制度を紹介しています。全技術系社員の約4%にあたる963人が認定されており、専用のユニフォームや処遇が用意されていることは、技術を磨きたいエンジニアにとって強力な動機付けとなります。

一方で、経営層を目指す社員には「経営リーダー育成」の仕組みがあり、新規事業に挑戦したい社員には「事業創造人材」としての育成・認定制度があります。このように、自分の志向に合わせて「技術を極める」「経営を目指す」「新事業を創る」といった多様なキャリアパスが用意されており、かつそれぞれのロールモデルが具体的に紹介されている(p53-66 社員インタビュー)点は、候補者に対して「入社後の成長イメージ」を鮮明にさせる効果があります。
ポイント2:属性にとらわれない「個」を活かす制度運用(公正な評価と処遇)
年齢や性別といった属性ではなく、「個」の能力や役割に基づいて公正に処遇しようとする姿勢が具体的に示されています。特に注目すべきは「シニア人財活躍推進」です。役職定年を迎えた後も、高い専門性やマネジメント能力を持つ人材には「高度な役割」を付与し、役割と貢献に応じた処遇(昇給を含む)を適用する仕組みを整備しています。

また、女性活躍推進においては、単なる数値目標だけでなく、「8つのスキル・マインド」の向上を目的とした育成計画に基づき、管理職候補者への成長機会を提供しています。障がい者雇用においても、特例子会社での定着率が90%を超えている実績があり、形式的な雇用ではなく、一人ひとりの特性に合わせた公正な環境づくりが行われていることの証左と言えます。

ポイント3:制度と対話の両輪で高める心理的安全性(組織文化)
「TEPCO Work Innovation(TWI)」として、フレックスタイムやリモートワーク、サテライトオフィスの活用など、柔軟な働き方を推進しています。特筆すべきは、これらの制度を支える「組織文化」へのアプローチです。単に制度を入れるだけでなく、管理職への360度フィードバックや「1on1ミーティング」の活性化を通じて、対話・支援型のマネジメントを強化しています。

こうした対話の積み重ねにより、上司と部下がキャリアや家庭の事情について率直に話し合える信頼関係が築かれ、長期の休暇も安心して相談・調整できる土壌が育まれていると考えられます。
その成果として、男性の育児休職取得率が49.9%(配偶者出産休暇を含めると89%)という高い水準に達している点は、非常に説得力があります。平均取得日数が58.8日と長期間であることからも、制度があるだけでなく、互いに休みをカバーし合う「心理的安全性」の高い風土が醸成されていることが読み取れます。
まとめ
東京電力グループの人的資本レポートは、労働市場の視点において以下の点で優れています。
- キャリアの多様性
技術職のスペシャリスト認定(S級)など、管理職以外のキャリアパスも明確に示し、多様な成長機会を提供している。 - 公正な処遇の実践
シニア層への役割給適用など、年齢などの属性によらず、実力と貢献を公正に評価する仕組みがある。 - 風土の可視化
1on1などの対話型マネジメントの推進が、制度を利用しやすい心理的安全性を醸成しており、その成果が男性の長期育児休職取得率などのデータに表れていることが読み取れる。
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