はじめに
2025年11月14日、西部ガスグループが同社初の人的資本レポート「西部ガスグループ人的資本レポート 2025」を発行しました。本コラムでは、人的資本経営のプロフェッショナルの視点から、同レポートの優れた点を前後編の2回に分けて解説します。
前編では、投資家視点から経営戦略と人材戦略の連動性やガバナンスについて解説しました。
続く【後編】では、「労働市場(従業員・候補者)」の視点から、優秀な人材を惹きつけ、リテンション(定着)させるための「魅力」と「信頼性」について、3つのポイントで分析します。
本レポートの評価の観点:労働市場の視点
従業員や求職者は、その企業が「自分のキャリアを託すに値する場所か」をシビアに評価しています。スローガンだけでなく「実際に自分がどう働けるか」という具体的な事実(ファクト)が求められます。
- 成長機会の提供
自律的なキャリア形成を支援し、従業員の挑戦を後押しする具体的な機会や仕組みが用意されているか。 - 公正な評価制度と処遇
多様な人材の貢献が正当に認められ、納得感のある評価や報酬制度が運用されているか。 - 心理的安全性の高い組織文化
従業員が安心して意見を言える風土や、お互いを支え合う仕組みがあり、長く働き続けられる環境か。
ポイント1:スローガンで終わらない、「挑戦」の実践フィールド
多くの企業が「挑戦」を掲げますが、同グループはスローガンに留まらず、従業員が手を挙げられる具体的な「場所」と「実績」を開示しています。
実績が証明する「挑戦する文化」の浸透
挑戦の風土を醸成する具体的な仕組みとして、同グループは「ソウゾウ大学」と「YOAKE」という2つのプラットフォームを用意しています。
「ソウゾウ大学」は、社会課題解決に向けた事業アイデアを構想する公募型研修で、2022年度の開校以降、43名のソウゾウプランナー(ソウゾウ大学修了者に認定される社内資格)を輩出しています。また、2025年度より開始された新規事業提案制度「YOAKE」では、アイデア募集から事業化までを支援しており、初年度から66件もの応募があったことが報告されています。
「43名の認定者」「66件の応募」という具体的な数値は、挑戦する風土が一部の優秀層だけでなく、現場に広く浸透していることを示す証拠であり、成長意欲の高い人材にとって魅力的な環境であることを裏付けています。

ポイント2:公平性と多様性を両立する「DE&I」の具体的アプローチ
労働市場(従業員・候補者)において、制度が「使いやすいか」「公平か」は非常に重要な関心事です。制度があっても「周囲に迷惑をかける」という心理的ハードルで利用が進まない課題に対し、西部ガスグループのDE&I施策は、現場の懸念に寄り添った具体的な解決策を提示しています。
現場の納得感を高める「育休サポーターズ賞与」
特筆すべきは、「育休サポーターズ賞与」の存在です。これは、育休取得者本人ではなく、その業務を引き継ぐ周囲の従業員に対して、業務負担に応じた賞与を加算する制度です(1件あたり最大120万円程度の原資で運用)。
多くの企業で育休推進の課題となる「残されたメンバーへの負担感」に対し、「感謝」や「評価」といった精神的な報酬に留まらず、「最大120万円」という具体的な対価を示すことで、現場の納得感を醸成しています。これは「休みやすさ」と「働きがい」を両立させる、非常に実効性の高い施策と評価できます。
全世代の活躍を促す「エイジダイバーシティ」
また、ジェンダーだけでなく年齢の多様性にも注力しています。レポートでは、53歳時点での「キャリアデザイン53」、57歳時点での「ライフプラン57」といった、具体的な年齢を定めたセミナーや面談を通じて、キャリアの棚卸しと再設計を支援しているとの記述があります。
シニア層がモチベーション高く働き続けることは、労働力不足の解消だけでなく、若手への技術継承の観点からも重要であり、企業の持続可能性を高める取り組みとして評価されます。

ポイント3:情報の透明化で主体性を引き出す「キャリア自律」の仕掛け
「キャリア自律」を掲げる企業は多いですが、西部ガスグループのレポートからは、そのための具体的なインフラ(システムと制度)を整備しようとする姿勢が読み取れます。
可視化と越境を促す「キャリアポータル」と「グループ人財公募」
従業員が自らのキャリアを主体的に考え、行動に移すための具体的なインフラとして、同グループは新たなシステムと制度を導入する計画を明らかにしています。 その中核となるのが、2025年度より導入予定とされる「キャリアポータル」です。
レポートによると、「キャリアポータル」では他の従業員のキャリア情報(所属履歴・資格など)を閲覧し、さらに面談オファーを送れる機能が実装される予定です。これにより、従業員は社内のロールモデルを具体的に探し出し、自らコンタクトを取ることが可能になります。
さらに、同グループは「グループ人財公募」を開始し、グループ各社の求人に自ら手を挙げて応募できる仕組みを整えました。「情報はオープンにする」「機会は自分で掴み取る」という具体的な仕組みは、キャリアの主導権を個人に委譲する同グループの方針を明確に示すものと言えます。
まとめ
【後編】では、労働市場の視点から、従業員や候補者に響く具体的なファクトを分析しました。
- 成長機会の提供
「43名のプランナー輩出」「66件の事業提案」という数値が、挑戦できる環境の実在性を証明している。 - 公正性の担保
「育休サポーターズ賞与」により、制度利用に伴う現場の負担感や不公平感を実質的に解消している。 - キャリア自律の支援
「キャリアポータル」でのロールモデル可視化や、グループ会社をまたぐ公募制度により、キャリア選択の自由度を具体的に高めている。
貴社の人的資本開示は、このような説得力あるストーリーを描き、ステークホルダーに貴社の魅力を訴求できていますでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。もし、自社の価値創造ストーリーの構築や、戦略的な情報開示に課題をお感じでしたら、ぜひ一度、お気軽にお問い合わせください。






