D&Iの数値開示、「報告義務」で終わらせていませんか?
有価証券報告書での開示が義務付けられた「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間の賃金格差」。多くの企業の担当者様が、これらの数値を正確に算出し、開示することにご尽力されてきたことと存じます。
しかし、その一方で、「他社と比較して、自社の数字が見劣りする」「この数字をどう説明すればよいのかわからない」「開示が企業の評価にどう影響するのか不安だ」といった新たな悩みを抱えてはいないでしょうか。
もし、これらの指標の開示を単なる「義務の遵守」として捉えているのであれば、それは企業の成長機会を一つ見過ごしていることと同義かもしれません。本コラムでは、これらのD&I関連指標の開示を、企業の持続的成長を語るための戦略的なコミュニケーションへと昇華させるための視点について考察します。
投資家は「数字」の先にある「物語」を見ている
なぜ、単に数字を開示するだけでは不十分なのでしょうか。それは、現代の投資家やステークホルダーが、表面的な数字そのものよりも、その背景にある企業の姿勢や戦略、そして未来へのコミットメントを重視しているからです。
3つの指標の「相互連関性」
これら3つの指標は、それぞれが独立しているわけではなく、深く相互に関連しています。
例えば、「男性の育児休業取得率」が低い組織文化は、「育児は主に女性が担うもの」という社会的な性別役割分業意識を反映・助長する傾向があります。そのような環境下では、自社の女性社員が出産・育児といったライフイベントに際してキャリアを中断・減速せざるを得ない状況に置かれやすくなります。結果として、女性の勤続年数が伸び悩み、管理職への登用機会が限られ、「女性管理職比率」の低迷や「男女間の賃金格差」の拡大に繋がる、といった構造が考えられます。
これらの指標をバラバラに捉えるのではなく、相互に影響し合う一つの「組織課題」として認識し、その全体像に対する打ち手を語ることが、本質的な説明責任を果たす上で不可欠です。
「低い数値」は必ずしもマイナス評価ではない
コトラでは、開示された数値が低いこと自体が、直ちに企業のマイナス評価に繋がるわけではないと考えています。真に問われているのは、その現状をどう受け止め、改善に向けていかに真摯に行動しているか、という「姿勢」です。
自社の課題を透明性をもって認め、その原因を分析し、具体的な改善計画(アクションプラン)を提示できる企業は、たとえ現状の数値が低くとも、ガバナンスが有効に機能し、変化への対応能力が高い企業として、むしろ信頼を高める可能性があるのです。
「守りの開示」から「攻めのストーリー」へ転換するアプローチ
では、これらのD&I指標を、いかにして説得力のある「価値創造ストーリー」へと転換すればよいのでしょうか。ここでは、そのための具体的な思考プロセスをご紹介します。
ステップ1:現状の客観的な分析と根本原因の特定
まず、開示した数値の背景にある「なぜ」を、データに基づいて徹底的に掘り下げます。これは、単なる言い訳探しではなく、真の課題を特定するための科学的なプロセスです。
- 男女間賃金格差の要因分解
例えば、賃金格差の要因を「基本給の差」「賞与の差」「手当の差」などに分解し、さらにその要因が「男女間の職階構成比の違い」「勤続年数の違い」「評価結果の違い」のどれに起因するのかを統計的に分析します。これにより、「当社における賃金格差の最大の要因は、管理職層における男女比の偏りである」といった、具体的な課題の特定が可能になります。 - 男性育休取得率の阻害要因調査
取得率が低い場合、その原因は「制度の不備」なのか、「収入減への懸念」なのか、それとも「取得しづらい職場風土」なのかを、従業員へのアンケートやヒアリングを通じて明らかにします。「制度はあるが、キャリアへの不安から取得を躊躇する声が多い」といった、生きた情報を掴むことが重要です。 - 女性管理職比率のパイプライン分析
女性社員の昇進がどの階層で滞留しているのか(=パイプラインのどこが詰まっているのか)を可視化します。「課長層までは男女差がないが、部長層への昇進段階で女性の割合が著しく低下する」といった事実を把握することで、打ち手の焦点を絞り込むことができます。
ステップ2:課題解決に向けた具体的なアクションプランの策定と開示
特定された根本原因に対して、的を射たアクションプランを策定し、それを有価証券報告書で具体的に示します。抽象的な精神論ではなく、誰が読んでも理解できる具体的な施策を記述することが鍵となります。
- 構造的な格差への対策
例えば、賃金格差の要因が職階構成にあると判明した場合、「女性を対象とした次世代リーダー育成プログラムを新設し、今後3年間で〇〇名の候補者を育成する」「採用段階から将来の管理職候補として女性比率を高める」といった、パイプラインそのものに働きかける施策を明記します。 - 文化・風土への対策
男性の育休取得を阻む風土が課題であれば、「全管理職を対象としたD&Iマネジメント研修を義務化し、部下の育休取得支援を人事評価項目に加える」「育休を取得した男性社員の体験談を社内SNSでシリーズ連載し、ロールモデルを示す」といった、意識変革を促すソフト面の施策も重要です。 - 機会の均等に向けた対策
昇進のボトルネックが特定された場合、「部長職への昇進候補者選定プロセスにおいて、候補者の男女比が一定割合に満たない場合は、その理由を人事委員会に説明する責任を負う」といった、具体的なプロセスへの介入策を講じます。
ステップ3:測定可能な目標(KPI)と時間軸の設定
最後に、策定したアクションプランの進捗を測るための測定可能な目標(KPI)と、その達成を目指す具体的な時間軸を設定し、コミットメントとして開示します。「いつまでに、何を、どうするのか」を明確に約束することが、ステークホルダーからの信頼を確固たるものにします。目標は野心的でありつつも、実現可能なものであることが望まれます。
- 例
- 「現在15%の女性管理職比率を、2028年度末までに20%へ引き上げる」
- 「現在30%の男性育休取得率を、2027年度末までに50%へ向上させる」
- 「現在75%(男性100%に対し)の男女間賃金格差について、要因分析と施策実行を通じて、毎年1ポイント以上の改善を目指す」
課題への誠実な向き合いから、組織の新たな強さが生まれる
女性管理職比率、男性育休取得率、男女間賃金格差。これらの指標は、単なる報告義務事項ではありません。それは、自社の組織文化と向き合い、より多様で、より強く、より持続可能な組織へと変革していくための、重要な基盤です。
これらの課題に誠実に向き合い、そのプロセスを透明性高く開示していくこと。その姿勢こそが、多様な人材を惹きつけ、イノベーションを生み出す土壌を育み、ひいては企業の長期的な価値創造に繋がる、最も有望な投資の一つであると我々は考えます。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。D&Iに関する取り組みを企業価値向上に繋げる情報開示の高度化など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。