【2025年版】日立建機グループの人的資本レポートに学ぶ(後編)|労働市場に響く情報開示

はじめに

2025年12月3日、日立建機グループが人的資本レポート「Human Capital Report 2025」を発行しました。2023年、2024年に続き、3年連続の発行になります。

本コラムでは、人的資本経営のプロフェッショナルの視点から、同レポートの優れた点を前後編の2回に分けて解説します。前編では、投資家視点から「戦略性」と「持続性」について解説しました。

続く【後編】では、「労働市場(従業員・候補者)」の視点から、優秀な人材を惹きつけ、リテンション(定着)させるための「魅力」と「信頼性」について分析します。

本レポートの評価の観点:労働市場の視点

従業員や求職者は、その企業が「自分のキャリアを託すに値する場所か」をシビアに評価しています。スローガンだけでなく「実際に自分がどう働けるか」という具体的な事実(ファクト)が求められます。

  • 成長機会の提供
    自律的なキャリア形成を支援し、従業員の挑戦を後押しする具体的な機会や仕組みが用意されているか。自分の市場価値を高められる環境であるかが問われます。
  • 公正な評価制度と処遇
    多様な人材の貢献が正当に認められ、納得感のある評価や報酬制度が運用されているか。年齢や属性にとらわれず、成果や役割に応じた処遇がなされているかが注目されます。
  • 心理的安全性の高い組織文化
    従業員が安心して意見を言える風土や、お互いを支え合う仕組みがあり、長く働き続けられる環境か。働きやすさと働きがいが両立しているかが評価されます。

以下、本レポートにおける具体的な評価ポイントを解説します。

ポイント1:「挑戦」をスローガンで終わらせない、”プロセス”の可視化

多くの企業のレポートで「挑戦を推奨する」という文言を見かけますが、求職者が知りたいのは「実際に挑戦した結果、どうなるのか」という具体像です。

本レポートの優れた点は、社内ビジネスコンテスト「KENKI βUSINESS CHALLENGE(KβC)」について、単なる制度紹介にとどまらず、「審査を経て選ばれたチームが事業化に向けて検討を進める」という”出口”までを明記している点です。さらに、社長自らが審査員として真剣に向き合う写真を掲載することで、経営陣の本気度(コミットメント)を視覚的に伝えています。

日立建機の社内ビジネスコンテスト
日立建機「Human Capital Report 2025」(p19)

【コンサルタントの視点】
「制度がある」ことと「機能している」ことは別物です。貴社のレポートでは、制度の名称だけでなく、実際に誰がどう使い、どんな結果が生まれたかという「ストーリー」まで描けていますでしょうか。ここを補強するだけで、求職者への訴求力は格段に上がります。

ポイント2:課題の開示が「信頼」を生む、誠実なキャリア支援

「キャリア自律」を謳う際、成功事例ばかりを並べてしまいがちですが、本レポートはあえて「課題」も開示しています。従業員サーベイの結果から「管理職のキャリア支援能力」に課題があることを率直に認め、それに対する次期計画での改善策(傾聴姿勢の強化等)をセットで提示しています。

また、支援の枠組みとして年代別(20代〜60代)のキャリア発達段階を定義し、各フェーズで「Will・Can・Must」をどう整理すべきかを図示しています。これにより、従業員は「会社は自分の悩みを理解し、長期的に伴走しようとしている」という心理的安全性を感じることができます。

日立建機の年代別キャリア発達段階
日立建機「Human Capital Report 2025」(p15)

【コンサルタントの視点】
都合の悪い情報を隠すのではなく、課題として認め、解決策を示す姿勢こそが、ハイパフォーマーからの信頼獲得に繋がります。「課題の開示」を恐れず、「改善の意志」を示す戦略的な情報開示が効果的です。

ポイント3:「上司の質」を運任せにしない、組織的なマネジメント改革

転職理由の上位に常に挙がるのが「人間関係」、特に「上司との関係」です。多くの求職者が「入社後にどんな上司にあたるか」に不安を抱いています。

日立建機グループは、この課題に対し「マネジメント力・リーダーシップの向上」を重点戦略テーマに掲げ、組織的に介入しています。具体的には、部下の成長支援や対話力を高める「コーチング研修」を2023年から導入し、受講者数は累計で800名を超えています。

さらに重要なのは、その成果を数値で証明している点です。従業員サーベイにおける「上司のマネジメント」に対する肯定的回答率は、グローバル連結で2022年度の65.8%から2024年度には71.7%へと着実に向上しており、現場のマネジメント品質が改善されていることを客観的に示しています。

日立建機のマネジメント改革
日立建機「Human Capital Report 2025」(p12)

【コンサルタントの視点】
「風通しの良い職場です」という言葉よりも、「管理職に対してコーチング研修を徹底し、従業員サーベイのスコアがこれだけ上がりました」という実績の方が、求職者には遥かに響きます。マネジメント品質の向上にコストをかけている事実は、入社後の心理的安全性に対する強力な保証となります。

まとめ

日立建機グループの「Human Capital Report 2025」は、労働市場に向けて以下の「選ばれる理由」を提示できています。

  • プロセスの可視化
    「挑戦」をスローガンで終わらせず、事業化までの道筋を見せている。
  • 誠実な対話
    課題(管理職の支援力不足など)を隠さず、解決策と共に提示し信頼を得ている。
  • マネジメント改革
    上司の質向上への投資と、その成果(スコア向上)を実証している。

多くの企業様が「制度はあるのに、求職者に魅力が伝わらない」という課題をお持ちです。それは、情報の「見せ方」や「切り口」が、ターゲットの求めるものとズレているからかもしれません。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。もし、自社の価値創造ストーリーの構築や、戦略的な情報開示に課題をお感じでしたら、ぜひ一度、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

大西 裕也

大西 裕也

リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

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