はじめに
2025年12月3日、日立建機グループが人的資本レポート「Human Capital Report 2025」を発行しました。2023年、2024年に続き、3年連続の発行になります。
本コラムでは、人的資本経営のプロフェッショナルの視点から、同レポートの優れた点を前後編の2回に分けて解説します。今回の【前編】では、「資本市場(投資家・株主)」の視点から、将来の企業価値を測る「戦略性」と「持続性」について分析します。
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本レポートの評価の観点:資本市場の視点
投資家は、人的資本が将来の企業価値を創造し続けるエンジンであるかを見極めようとしています。そのため、経営戦略と人材戦略がいかに連動し、持続的な価値創造に繋がるかという「戦略性」と「持続性」が厳しく評価されます。
- 戦略の連動性と一貫性
経営戦略の実現に必要な人材ポートフォリオが定義され、「経営戦略 → 人材戦略 → 人事施策 → KPI」が一本の線でつながったストーリーとして説明されているか。パーパスや中期経営計画と整合した、戦略的な一貫性が問われます。 - 価値創造のロジックと投資対効果
人的資本への投資がいかにして財務指標や企業価値の向上(アウトカム)に繋がるか、その経路(ロジック)が可視化されているか。投資家は、人材投資が最終的にどのようなリターンを生むのかという、定量的な関連性に注目しています。 - 目標達成に向けた実効性とガバナンス
あるべき姿(To-be)と現状(As-is)のギャップを客観的に示し、その差分を埋めるための具体的な対策とリスク管理が機能しているか。計画を絵に描いた餅にせず、経営陣が責任を持って推進し、取締役会が監督するガバナンス体制が構築されているかが評価されます。
以下、本レポートにおける具体的な評価ポイントを解説します。
ポイント1:戦略との「連動」と「価値創造プロセス」の可視化
多くの企業が陥りがちなのが、「研修をしました」「制度を作りました」という”施策の羅列”で終わってしまうことです。投資家が知りたいのは、「その施策がどうやって利益を生むのか」というロジックです。
この点について、本レポートは2つの体系図を用いて説明しています。
まず、「経営戦略と人財戦略の連動」の図において、中期経営計画の柱(「人・企業力の強化」など)と、人財KGI(「組織健康度」「生産性」)の対応関係を明示し、これらが2030年の「ありたい姿(To-Be)」に向かうロードマップとして位置付けられています。これにより、人材戦略が経営のタイムラインと完全に同期していることが分かります。

さらに、「未来を拓く人的資本」の図では、その戦略を実行するためのメカニズムが「インプット・アウトプット・アウトカム」の3段階で構造化されています。
- INPUT
重点戦略テーマに基づく人的資本への投資(施策実行) - OUTPUT
施策の結果としての、人財KGI(組織健康度・生産性の向上)の達成 - OUTCOME
最終的な「長期的な企業価値向上」と「持続的な社会の発展への貢献」

この2つの図によって、「経営戦略上の位置づけ(Why & When)」と「価値を生み出す論理構造(How)」の両方が可視化されており、投資家に対して極めて説得力の高い開示となっています。
【コンサルタントの視点】
「人はコストではなく投資」と言いますが、そのリターンに至る道筋を貴社は説明できていますでしょうか。日立建機グループのように「戦略との連動」と「成果へのプロセス」を論理的に図式化することで、投資家は初めて貴社の人材戦略を「企業価値向上につながる取り組み」の一部として評価できるようになります。
ポイント2:数値の開示で終わらない、”PDCA”プロセスの明文化
統合報告書や人的資本レポートにおいて、KPIの数値を表に載せて「開示完了」としているケースが散見されます。しかし、投資家が見ているのは「今の数値」よりも、「目標に対してどうアクションしているか」という経営の意思です。
本レポートでは、各重点戦略テーマにおいてKPIの推移(3カ年データ)を示すだけでなく、「現在の取り組み状況(定性的な分析)」と「今後の方向性(対策)」をセットで記述するスタイルが徹底されています。
例えば、「グループアイデンティティの浸透」については、KPIが上昇傾向にあることを評価しつつ、本取り組みで得られたノウハウを今後の施策(LANDCROS浸透)にどう活かすかまで言及しています。単なる結果報告にとどまらず、マネジメント層がKPIを”生きている指標”として扱い、次のアクションに繋げている様子(PDCA)が明確に示されています。

【コンサルタントの視点】
データは「置く」ものではなく「語る」ものです。目標未達の項目があったとしても、その要因分析とリカバリープランが論理的に示されていれば、投資家の信頼を損なうことはありません。貴社のレポートには、数字の背景にある「経営の思考プロセス」が記述されていますでしょうか。
ポイント3:国際規格ISO 30414に準拠したデータの透明性と信頼性
「都合の良いデータだけを出しているのではないか」という疑念は、企業開示につきものです。日立建機グループはこの課題に対し、人的資本情報開示の国際ガイドラインである「ISO 30414」の定義に基づいたデータ開示を行うことで応えています。
巻末のデータ集では、離職率やエンゲージメント、研修時間などについて、グローバル連結および単独での詳細なデータを3か年分、指標の算出式や目標値と合わせて並べています。数値の背景にある実態を正しく伝えようとする透明性の高い開示姿勢が、投資家との対話の質を高めています。
【コンサルタントの視点】
ISO 30414の真価は、認証そのものよりも「データ定義の共通言語化」にあります。グローバル展開する企業ほど、国ごとに「離職率」や「研修費」の定義がバラバラになりがちです。
いきなり認証取得を目指さずとも、まずは算出定義をISO基準に合わせるだけで、海外投資家との比較可能性が高まり、対話の質が向上します。また、社内においても拠点間の正確な比較が可能となり、データドリブンな人事戦略の基盤が整います。
まとめ
日立建機グループの「Human Capital Report 2025」は、資本市場に向けて以下の「投資すべき理由」を提示できています。
- 価値創造に至るロジックの提示
インプットからアウトカムに至る価値創造の道筋を論理的に構造化している。 - 改善に向けたPDCAサイクルの言語化
KPIの数値だけでなく、分析と次の一手(PDCA)を言語化している。 - 信頼の担保
国際規格に準拠した透明性の高いデータを継続的に提供している。
【後編】では、労働市場の視点から、従業員や候補者に響く人的資本開示のポイントを解説しています。合わせてご参照ください。
貴社の人的資本開示は、このような説得力あるストーリーを描き、ステークホルダーに貴社の魅力を訴求できていますでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。もし、自社の価値創造ストーリーの構築や、戦略的な情報開示に課題をお感じでしたら、ぜひ一度、お気軽にお問い合わせください。







