はじめに
2025年9月4日、東京電力グループが同社グループ初の人的資本レポート「TEPCO人的資本レポート2025」を発行しました。本コラムでは、人的資本経営のプロフェッショナルの視点から、同レポートの優れた点を前後編の2回に分けて解説します。
今回の【前編】では、「資本市場(投資家・株主)」の視点から、将来の企業価値を測る「戦略性」と「持続性」について分析します。
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本レポートの評価の観点:資本市場の視点
投資家は、人的資本が将来の企業価値を創造し続けるエンジンであるかを見極めようとしています。そのため、経営戦略と人材戦略がいかに連動し、持続的な価値創造に繋がるかという「戦略性」と「持続性」が厳しく評価されます。
- 戦略の連動性と一貫性
経営戦略の実現に必要な人材ポートフォリオが定義され、「経営戦略 → 人材戦略 → 人事施策 → KPI」が一本の線でつながったストーリーとして説明されているか。パーパスや中期経営計画と整合した、戦略的な一貫性が問われます。 - 価値創造のロジックと投資対効果
人的資本への投資がいかにして財務指標や企業価値の向上(アウトカム)に繋がるか、その経路(ロジック)が可視化されているか。投資家は、人材投資が最終的にどのようなリターンを生むのかという、定量的な関連性に注目しています。 - 目標達成に向けた実効性とガバナンス
あるべき姿(To-be)と現状(As-is)のギャップを客観的に示し、その差分を埋めるための具体的な対策とリスク管理が機能しているか。計画を絵に描いた餅にせず、経営陣が責任を持って推進し、取締役会が監督するガバナンス体制が構築されているかが評価されます。
以下、本レポートにおける具体的な評価ポイントを解説します。
ポイント1:価値創造ストーリーの可視化(インパクトパスの明示)
本レポートの最大の特徴の一つは、人材戦略が最終的な企業価値(HR-Visionおよび財務成果)にどうつながるかという「インパクトパス」を体系的に示している点です。
多くの企業が「研修時間」や「エンゲージメントスコア」などの指標を単体で開示するにとどまる中、同社グループは以下のような論理構成を明確に図示しています。
- 人事施策(インプット):リソースマネジメント、両利きの経営、DEIなど5つの優先領域。
- 想定アウトカム:人材の質的・量的ギャップ解消、次世代人材の育成など。
- キードライバー:個の成長、適所適財、内発的動機づけなど。
- 構成要素:稼ぐ力の増強、生産効率性の向上。
- 総合KPI(成果):人的資本ROI、社員幸福度。
特に「人的資本ROI」を総合KPIとして掲げ、その計算式((営業損益+減価償却費)÷人件費)と構成要素への分解を明示している点は、投資家に対し「人への投資が財務的リターンにどう結びつくか」を説明しようとする強い意思が感じられます。これにより、人材投資が単なるコストではなく、将来のキャッシュフローを生むための資産形成であることをロジカルに伝えていると評価できます。


ポイント2:「両利きの経営」を支える人材ポートフォリオの具体性
東京電力グループは、電力の安定供給(既存事業の深化)とカーボンニュートラル社会の実現(新規事業の探索)という「両利きの経営」を掲げています。本レポートでは、この経営戦略を実現するために必要な人材像を以下の5つに定義し、それぞれの育成・確保方針を具体的に示しています(p25-30)。
- 経営リーダー
- 事業創造人材
- DX人材
- グローバル人材
- 電力プロフェッショナル人材
単に「グローバル人材を増やす」といったスローガンにとどまらず、「事業創造人材」であればスキルレベルをLv.1〜4に定義し、2027年度までに2,700人を創出するという具体的なKPIを設定しています。また、既存事業を支える高度技術者を「S級(TEPCO SUPER ENGINEER)」として認定する制度など、守りと攻めの双方を支える人材戦略が明確です。経営戦略上の重要課題(マテリアリティ)と、それを実行する人材要件が紐づけられており、戦略の蓋然性を高めていると考えられます。
ポイント3:リスクと機会の定量的な評価プロセス
SSBJ基準(サステナビリティ開示基準)を意識し、リスクと機会の特定・評価プロセスを開示している点も優れています。「人材」「労働安全」「人権」の3軸において、外部環境の変化(例:採用環境の変化、自然災害の激甚化など)が自社にどのような財務的影響を与えるかを分析しています。
- 時間軸:短期・中期・長期
- 発生可能性:低・中・高
- 影響度:小・中・大
このようにリスクを構造化し、それぞれに対する対応戦略(例:リソースマネジメント、基盤強化など)をマッピングしている点は、投資家にとって事業の持続可能性(サステナビリティ)を判断する重要な材料となります。
特に、電力インフラという事業特性上、「自然災害の激甚化」に対する「労働安全・人材」のリスクを「高」と評価し、それに対する備えを示している点は、危機管理能力の高さを示唆しています。


まとめ
東京電力グループの人的資本レポートは、資本市場の視点において以下の点で優れています。
- 価値創造プロセスの可視化
人事施策から人的資本ROIに至るインパクトパスを明示し、投資対効果のロジックを構築している。 - 戦略との連動性
「両利きの経営」に必要な5つの人材タイプを定義し、具体的な数値目標(KPI)を設定して進捗を管理している。 - リスク管理の高度化
時間軸・発生確率・影響度を用いたリスク評価を行い、対応策とセットで開示することでレジリエンスを示している。
【後編】では、労働市場の視点から、従業員や候補者に響く人的資本開示のポイントを解説しています。合わせてご参照ください。
貴社の人的資本開示は、このような説得力あるストーリーを描き、ステークホルダーに貴社の魅力を訴求できていますでしょうか。
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