はじめに
2025年9月26日、カルビー株式会社が同社初の人的資本レポート「Human Capital Report 2025」を発行しました。本コラムでは、人的資本経営のプロフェッショナルの視点から、同レポートの特に優れた点を3つのポイントとして整理し、解説します。
本レポートの評価の観点
人的資本レポートを評価する上で、私たちは主に2つの市場からの視点を重視しています。それは、「資本市場(投資家・株主)」と「労働市場(従業員・候補者)」です。
- 資本市場の視点
投資家は、人的資本が将来の企業価値を創造し続けるエンジンであるかを見極めようとしています。そのため、経営戦略と人材戦略がいかに連動し、持続的な価値創造に繋がるかという「戦略性」と「持続性」が厳しく評価されます。 - 労働市場の視点
従業員や候補者は、その企業が自身にとって働きがいがあり、信頼できる場所かを評価します。企業の「魅力」と「信頼性」を示す、成長機会の提供、公正な評価制度、心理的安全性の高い組織文化などが重要な判断材料となります。
本コラムでは、これら両市場の期待に応え、ステークホルダーとの建設的な対話に繋がるという観点から、カルビーの人的資本レポートを分析していきます。
ポイント1:経営戦略と完全に同期した「価値創造ストーリー」
人的資本経営で最も重要なことは、それが経営戦略と不可分一体であると示すことです。人材戦略が経営戦略の実現にどう貢献するのか、その因果関係をロジカルに説明できなければ、投資家や従業員の共感を得ることは難しいでしょう。
その点、カルビーのレポートは、中期経営計画「Change 2025」という全社戦略を起点に、すべての人材戦略が設計されている点が秀逸です。
- CEO・CHROの明確なコミットメント
CEOメッセージでは、「イノベーション創出の頻度を高めていきたい」という経営課題に対し、「従業員がもっと自由な発想で、面白がりながら価値を創出できる組織風土を醸成」する必要性を明確に語っています。また、CHROも海外市場の成長といった経営目標から逆算し、「グループ目線・グローバル目線」での人事基盤整備が不可欠であると述べています。
経営トップが自らの言葉で、事業戦略と人材戦略の繋がりを語る姿勢は、取り組みの本気度を伝える上で極めて重要です。 - 戦略と課題の連動
「組織・人財戦略の全体像」のページでは、「コア事業の収益力強化」や「事業ポートフォリオ変革」といった成長戦略を実現する上で乗り越えるべき人材面の重要課題として、「安定・安住マインドからの脱却」や「企業価値を高めるコア人財の充足」などを特定しています。
経営戦略と人材課題、そして具体的な施策方針までが一気通貫で整理されており、非常に説得力のある価値創造ストーリーが構築されています。

このように、経営の羅針盤である中期経営計画と人材戦略を完全に同期させることで、人的資本への投資が将来の企業価値向上にいかにして繋がるのか、その蓋然性をステークホルダーに力強く提示しているのです。
ポイント2:独自指標「全員活躍指数」による、競争優位性の可視化
情報開示においては、女性管理職比率やエンゲージメントスコアといった、他社と比較可能なベースライン指標を示すことはもちろん重要です。しかし、それだけでは自社ならではの強みや、価値創造のメカニズムを伝えることはできません。将来の成長性を期待させるためには、経営戦略と直結した「独自性」のあるKPIが不可欠です。
カルビーは、この点で「カルビー全員活躍指数」という独自のKPIを開発・開示し、他社との差別化を図っています。
- 独自のロジック
この指数は、同社が定義する2つの人材像ー「α人財(地道な努力、工夫・改善を重ね、未来に引き継いでいく人財)」と「β人財(既存の枠にとらわれず、未来を切り拓いていく人財)」ーそれぞれの「活躍実感スコア」を足し合わせ、両者の相乗効果を示す「相互信頼スコア」を掛け合わせて算出されます。
これは、多様な人材が互いを尊重し協働することこそが価値創造の源泉であるという、同社独自のフィロソフィーを反映した優れた設計と言えるでしょう。 - 目標と実績の開示によるPDCAの実践
単に指標を開発するだけでなく、2024年3月期の「78.22」から2025年3月期には「79.90」へと上昇した実績値や、2030年までの目標値「81.28」を具体的に示しています。さらに、「キャリア自律」に関するスコアが低いという課題も特定し、継続的な改善に取り組む姿勢を見せています。
これは、指標を動的に管理し、戦略の実効性を高めていくPDCAサイクルが機能していることのエビデンスとなります。
この「全員活躍指数」は、カルビーならではの価値創造の仕組み、いわば「勝ちパターン」を定量的に可視化し、資本市場に対して競争優位の源泉を説得力をもって示す、極めて戦略的なコミュニケーションツールとして機能していると考えられます。

ポイント3:課題開示の「誠実性」と施策の「具体性」がもたらす信頼
優れたレポートは、成功事例ばかりを並べるのではなく、自社が抱える課題を率直に開示し、それに対して真摯に向き合う姿勢を示すものです。その誠実さこそが、ステークホルダーからの「信頼」を醸成します。
カルビーのレポートは、この「誠実性」と、課題解決に向けた施策の「具体性」において、多くの企業にとって参考となるでしょう。
- 課題の率直な開示
人事制度改定の背景として、「年功序列的で一定の昇給が保証される報酬制度が、従業員の現状維持志向を助長する一因」、「結果を重視するあまり、従業員の挑戦や創造的な取り組みを促しにくく」なっている といった、自社にとって耳の痛いであろう課題を包み隠さず記載しています。
このような透明性の高い情報開示は、課題解決能力に対する自信の表れとも受け取れ、かえってステークホルダーの信頼感を高める効果が期待できます。 - 地に足のついた施策と当事者の声
特定した課題に対し、「キャリアエール(社内公募制度)」や「女性活躍リーダーシッププログラム」、「DXアカデミー」といった具体的な施策が、目標KPIと共に詳細に説明されています。
さらに特筆すべきは、それらの施策に参加した従業員が顔写真付きで自身の経験や想いを語っている点です。これにより、施策が「絵に描いた餅」ではなく、現場で着実に実践され、従業員の成長や挑戦に繋がっているというリアリティが伝わってきます。
課題から目を逸らさず、従業員一人ひとりと対話を重ねながら解決策を実行していく。この誠実なプロセスを具体的に示すことこそが、資本市場・労働市場双方からの長期的な信頼を獲得するための王道と言えるでしょう。
まとめ
今回分析したカルビーの「Human Capital Report 2025」は、
- 経営戦略と同期した「価値創造ストーリー」
- 独自指標「カルビー全員活躍指数」による、競争優位性の可視化
- 課題開示の「誠実性」と施策の「具体性」がもたらす信頼
という3つのポイントにおいて、人的資本経営の本質を見事に体現している好事例です。
貴社の人的資本経営において、このような一貫したストーリーを描き、ステークホルダーの心を動かす対話を実現できていますでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。もし、自社の価値創造ストーリーの構築や、戦略的な情報開示に課題をお感じでしたら、ぜひ一度、お気軽にお問い合わせください。




