中小企業こそ人的資本レポートを:3つの戦略的メリット

人的資本レポートは、本当に「大企業だけのもの」でしょうか?

人的資本経営の重要性が叫ばれる中、多くの経営者様がこのように感じていらっしゃるかもしれません。「立派なデータもないし、レポート作成に割ける人手も時間もない。あれは大企業がやることだ」

しかし、もしそうお考えだとしたら、重要な機会を逃している可能性があります。なぜなら人的資本レポートは、経営資源、特に「人」に関する課題を抱えやすい中小企業にこそ、その真価を発揮する強力な経営ツールだからです。

本コラムでは、なぜ「関係ない」という思い込みが生まれるのかを解き明かしつつ、中小企業が人的資本レポートに取り組むべき3つの戦略的メリットについて、具体的にお伝えします。

「大企業のもの」という思い込みを解き明かす

レポート作成をためらう中小企業の経営者様から伺う懸念は、主に2つの「ない」に集約されます。しかし、その捉え方を変えることで、懸念はむしろ貴社の「強み」へと転換できるのです。

思い込み1:「開示できるような立派なデータが『ない』」

確かに、大企業のように体系化された人事データを何万人分も揃えたり、複雑なKPIを何十種類も開示したりすることは難しいかもしれません。しかし、そもそも中小企業の人的資本の価値は、数字の規模だけで測るものではありません。

むしろ、貴社の本当の価値は、数字の規模だけでは測れない、独自の「ストーリー」にこそ宿っています。例えば、以下のような事柄です。

  • 経営者や創業者がどのような「想い」で事業を始めたかという哲学
  • 社員旅行や懇親会といった独自の社内イベントが育む一体感
  • ある社員が未経験から挑戦し、エースに成長した具体的な物語
  • 毎日の朝礼で感じる、風通しの良い職場の空気感

人的資本レポートで重要になるのは、こうした貴社ならではの定性的なストーリーに、それを裏付けるいくつかのシンプルな指標を組み合わせて示すことです。

例えば、「未経験からエースに成長した社員がいる」というストーリーには、「入社後の資格取得数」や「社内表彰の回数」といった指標を添える。「風通しが良い」というストーリーには、「月間の全社員面談の実施率」や簡単な満足度アンケートの結果などを添える。

このように、何十種類もの網羅的なデータではなく、自社の強みを象徴するストーリーと、それを客観的に補強する指標に絞って示すこと。それこそが、中小企業ならではの、血の通った説得力のある情報開示の方法と言えるでしょう。

思い込み2:「レポート作成に割けるリソースが『ない』」

「人事担当者が総務や経理も兼務している」「日々の業務に追われ、レポート作成のような新しい業務に割ける時間がない」。これもまた、切実な現実でしょう。

ここで重要なのは、人的資本レポートの作成を、単なる「書類作成業務」ではなく「自社の『人』に関する現状を総点検し、未来の戦略を練る経営プロジェクト」と捉え直すことです。このプロジェクトは、外部に委託して作るものではなく、経営者自らが中心となり、従業員を巻き込みながら進めることに大きな価値があります。

そのプロセスを通じて、

  • 経営者の頭の中にあった人材戦略が、初めて言語化・体系化される。
  • 従業員は自社の人材に対する考えを知り、エンゲージメントが高まる。
  • 完成したレポートは、採用活動、社員研修、社内広報など、様々な場面で活用できる「経営資産」となる。

最初から完璧なものを目指す必要はありません。まずは10ページ程度の簡単なものからでも、着手すること自体が、組織にとって大きな一歩となるのです。

中小企業が人的資本レポートに取り組む3つの戦略的メリット

では、実際にレポートに取り組むことで、具体的にどのようなメリットが得られるのでしょうか。

メリット1:採用競争力を劇的に高める

多くの中小企業が、採用において大企業との知名度や待遇面の差に苦しんでいます。この状況を打開する鍵が、人的資本レポートです。価値観の合う場所や成長できる環境を求める候補者に対し、人的資本レポートは貴社ならではの魅力を伝える強力な採用ブランディングツールとなります。

採用サイトや求人広告とは異なり、「レポート」という形式は客観性と信頼性を感じさせます。その上で、経営者のビジョン、社員の成長事例、少数精鋭だからこそ得られる裁量権の大きさや事業への手触り感といった、大企業にはない魅力を具体的に示すことができます。これにより、給与などの条件面だけでなく、貴社の価値観や文化に強く共感する、意欲の高い人材を惹きつけることが可能になるのです。

候補者に自社の魅力を伝える「人的資本レポート」作成のポイントはこちら

メリット2:人材の定着とエンゲージメントを向上させる

従業員の将来への不安は、離職の大きな原因の一つです。中小企業では、キャリアパスや評価基準が明文化されておらず、従業員が「この会社で働き続けて、自分はどうなるのだろう」と感じやすい傾向があります。

人的資本レポートの作成は、この課題に対する有効な処方箋となり得ます。自社の教育方針や求める人物像、そして今後の事業展開とそれに伴う新たな役割などを言語化し、レポートとして共有すること。それは、経営陣から従業員への「明確な約束」に他なりません。

これまで言葉にしてこなかった方針や考えを具体的な方針として示すことで、従業員は安心して働き、自社の未来と自身のキャリアを重ね合わせることができます。結果として、エンゲージメントや定着率の向上が期待できるでしょう。

メリット3:経営の「羅針盤」を手に入れる

中小企業では、経営者の頭の中に経営戦略や人材戦略がある、ということが少なくありません。しかし、事業の成長段階においては、それを客観的な形に落とし込み、社内外の関係者と共有することが不可欠になります。

人的資本レポートの作成は、まさにこの「戦略の可視化」そのものです。自社の現状の強みと弱みを分析し、未来のありたい姿から逆算して「今、人材に関して何をすべきか」を体系的に整理する。このプロセスは、これまで感覚的に行ってきた人材マネジメントを、戦略的な活動へと進化させます。

完成した人的資本レポートは、採用や育成といった具体的な人事施策を検討する上での、ブレない指針として機能するのです。

人的資本レポートは「作成して終わり」ではありません。
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人的資本レポート作成は「コスト」ではなく、未来への「投資」

中小企業にとって、人的資本レポートの作成は、確かに一定の労力がかかる活動ではあります。しかし、それは採用、定着、そして戦略の明確化という、企業成長に不可欠なテーマに一度に取り組むことができる、費用対効果の極めて高い「未来への投資」と捉えることができます。

企業の未来は「人」で決まります。その大切な「人」という資本の価値を最大化するための第一歩として、まずは自社の魅力を語ることから始めてみてはいかがでしょうか。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。貴社ならではの魅力を可視化し、戦略的な人的資本レポートを作成する第一歩など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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