ISO30414認証に関する正しい認識を広めるため、本連載では全10回にわたり、その本質と実践的な情報を徹底解説。ISO規格の分類や認証制度のプロセス、ISO30414の具体的な58指標、「認証」と「保証」の違い、さらには認証取得支援実績を通じた認証取得のプロセスやメリットまで、専門家がその複雑な制度を紐解きます。<連載一覧はこちら>
ISO規格の分類
前回のコラムでは、ISO30414認証をめぐる数々の誤解について解説しました。
「公的な認証」と「私的な認証」の本質的な違いはなく、ISO自体が民間組織であるという事実に、少し驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
なぜ、これほど話が複雑に感じられるのか。その根本的な原因は、多くの人がISO規格の構造を知らずに部分的な情報に惑わされている点にあります。ISO規格の「認証」を理解するためには、ISO規格の分類と体系をざっくりとでも把握することが近道です。「モノ規格」と「マネジメントシステム規格」という大きな区分け、そして後者がさらに細分化されることを知ることで、ISO30414がその中のどこに位置づけられるのかが明確になり、第1回で述べた誤解の背景をより深く理解できるようになります。
ISO規格の二大分類:「モノ規格」と「マネジメントシステム規格」
ISO規格は、国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)によって制定されています。ISOは各国の標準化団体が参加する非政府機関であり、日本からはJISC(日本産業標準調査会)が加盟しています。
ISOの主な目的は、世界中の産業や技術分野における製品、サービス、プロセスの標準化を推進し、世界中の取引を円滑にすることにあります。製品の大きさ、形状、品質、性能などを世界で統一することで、異なる国の製品でも安全かつ安心して利用できる環境を整備しています。
ISO規格は、その対象に応じて大きく二つのカテゴリーに分類されます。
工業規格(モノの規格)
モノ規格とは、特定の製品の仕様、試験方法、用語の定義などを規定する規格です。
例えば、非常口のマーク(ISO7010)や、クレジットカードのサイズ(ISO/IEC7810)などがこれに該当し、世界中で統一されたデザインや寸法が用いられています。これにより我々は海外に行ってもひと目で非常口を認識できたり、世界中でクレジットカードを使った買い物ができたりと利便性が向上します。
マネジメントシステム規格
これは、企業や組織の活動を管理するための仕組み(マネジメントシステム)に関する規格です。品質、環境、情報セキュリティ、食品安全、労働安全衛生など、様々な目的に合わせて用意されています。
世界初のマネジメントシステム規格は1987年のISO9001(品質マネジメント規格)であり、ISOの歴史の中でも新しいものになりますが、今ではISOと言えばマネジメントシステムが想起されるほど普及しています。
マネジメントシステム規格は、組織がPDCAサイクルをきちんと回せているかどうか(回せる体制やプロセスが整っているか)という観点で必要な要件(要求事項:requirement)が定められていて、それに適合していると判断されれば、組織に対して認証が与えられます。
マネジメントシステム規格の分類:「要求事項規格」と「ガイドライン規格」
モノ規格とマネジメント規格の違いはわかりやすいと思いますが、マネジメントシステム規格はさらにその中で2つに分類されます。
- TypeA:要求事項規格(いわゆる「認証規格」)
- TypeB:ガイドライン規格
この違いは、ISO30414を理解する上で極めて重要です。
要求事項規格(認証規格)
この規格は、英語の原文で「shall(~しなければならない)」という用語が用いられています。これは、その内容を満たすことが原則として「必須である」ことを意味します。
ISO9001やISO14001などの認証を取得または維持するためには、規格内に記載されている「~しなければならない」という要求事項の全てを原則として満たす必要があります。審査では、これらの要求事項に対して組織の状況が「適合」しているか「不適合」であるかが厳密に判定されます。
ガイドライン規格
一方、ガイドライン規格は、英語の原文で「should(~することが望ましい)」という用語が用いられています。これらはあくまで参考指針であり、強制力はありません。
認証取得の直接的な要件とはならないため、組織はこれらを参考にしながら、自社の状況に合わせて適用することが推奨されます。
ISO30414の位置づけ:人的資本に関する「ガイドライン規格」
ISO30414は、2018年に発表された人的資本に関する情報開示の「ガイドライン」であり、「マネジメントシステム規格」の中の「ガイドライン規格」に分類されます。その目的は、国際的に統一的な基準を示すことで、人的資本の透明性を高め、ステークホルダーが企業の状況をより容易に把握できるようにすることにあります。
「ガイドライン規格」として他に有名な規格に「ISO26000」があります。ISO26000は企業のCSR(社会的責任)関するガイドライン規格で、2010年にガイドライン規格として発行されました。
「人的資本やCSRに関するISO規格がなぜガイドライン規格なのか?」という問いについて、筆者は以下の理解をしています。
- 世界的に項目や基準の統一のニーズがあるのは明らか。(投資家などからの視点)
- ただし、これらの規格は営利非営利問わず全ての組織を対象としており、世界各国の制度や文化・慣習などの違いも反映し、厳密に統一化した基準を作ることは難しい。
- また、人的資本やCSRは常に社会状況によって変化し、最善のものを追求していくべきものであるので、「これを満たせば合格」のような基準を作ることは、逆に企業の進歩を妨げてしまう恐れがある。
- 従って、「ガイドライン規格」としてベストプラクティスを示し、各組織が自らの状況に応じて取り入れる「手引書」と位置づけることが望ましい。
このような背景で世界的なニーズで生まれた比較的新しい規格が「ガイドライン規格」という分類になります。
ISO30414の改訂が進行中
前述のような背景で2018年に発行されたISO30414ですが、ISO規格のルールに則り、現在定期改訂作業が行われています。最新のドラフト(ISO/FDIS 30414:2025)では、規格タイトルが以下のように変更されています。
「ISO30414:Human resource management — Requirements and recommendations for human capital reporting and disclosure」
「人的資源管理-人的資本報告と開示に関する要求事項と推奨事項」
あくまで今と同じガイドライン規格の分類ではありますが、一部の項目(測定指標:KPI)については要求事項とすることが示唆されています。営利非営利、企業規模問わず全ての組織について最低限共通にすべきことを要求事項として規定することで、従来のガイドライン規格から一歩踏み込んだ形に進化し、2025年後半には発行される予定です。
また、人的資本に関するISO規格としては、別途策定が進んでいる認証規格があります。
「ISO30201:Human resources management systems — Requirements」
「人的資源管理システム – 要求事項」
TypeA認証規格としてはあくまでこちらが発行される予定ですが、改訂版ISO30414についても要求事項が盛り込まれる方向であることは、人的資本に関する国際標準化のニーズがより高まっていることや、ISO主導で各国の状況に基づいた具体的な標準化の検討が進んでいるというトレンドを読み取ることができます。
改訂版ISO30414については以下のコラムで解説していますので、ご参照ください。
次回予告
今回はISO規格の全体構造を解き明かし、ISO30414が「人的資本に関するガイドライン規格」という、特殊な立ち位置にあることを明らかにしました。その構造を理解することで、認証をめぐる数々の誤解の背景が見えてきたはずです。
では、その「ガイドライン」には、具体的に何が書かれているのでしょうか。自社は何を、どのように開示すべきか、その具体的な中身が気になるところです。
次回は、いよいよISO30414の規格構成そのものに深く踏み込みます。人的資本を網羅する「11の領域」や具体的な報告項目(KPI)だけではなく、一般的にはあまり解説されていない「現行ISO30414の規格全体」を解説します。さらに、単なる「推奨」から「義務」へと変わりつつある最新の改訂動向にも触れます。
貴社の対応を考える上で、今もっとも重要な情報をお届けしますので、ぜひ次回のコラムもご期待ください。
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