人的資本開示の説得力、その根拠となる「データ」は十分にありますか?
「人的資本開示の義務化に伴い、様々なデータを集計しているが、散在していて手間がかかる」
「集めたデータが、本当に意味のあるものなのか自信が持てない」
「データをどう分析し、次のアクションに繋げればよいか分からない」
人的資本開示への対応を進める中で、このような「データ」に関する課題を抱える人事・経営企画の担当者様は非常に多いのではないでしょうか。
説得力のある人的資本開示の根幹をなすのは、客観的で信頼性の高いデータです。感覚や経験則だけに頼った説明では、厳しい目を持つステークホルダーを納得させることは難しいでしょう。
本コラムでは、人的資本開示を形だけのものにせず、データに基づいた客観的な根拠をもって企業の成長戦略を語るための、情報収集と活用の実践的な方法論を解説します。
データ活用の本質は「現状の可視化」と「未来への示唆」
人的資本開示におけるデータ活用の目的は、大きく分けて二つあると考えられます。
一つは、自社の人的資本の「現状を客観的に可視化」することです。例えば、従業員エンゲージメントサーベイを実施すれば、「社員が会社に愛着を感じているか」という漠然とした問いを具体的なスコアとして把握できます。ダイバーシティに関するデータを集めれば、組織の同質性や多様性の度合いを客観的に評価できます。
そしてもう一つ、さらに重要な目的が、可視化されたデータから「未来に向けた課題や可能性の示唆を得る」ことです。
「エンゲージメントスコアが低い部署は、なぜ低いのか?」
「特定のスキルを持つ人材が、今後どれだけ不足するのか?」
こうした問いをデータから読み解き、次の一手(人事施策)に繋げていく。このサイクルこそが、データドリブンな人的資本経営の核心です。人的資本開示は、このサイクルがうまく回っていることを社外に示すためのアウトプットと言えます。
サーベイとスキルマップによる多角的な可視化
効果的なデータ活用のためには、多角的な視点からの可視化が有効です。その代表的な手法が「組織サーベイ」と「スキルマップ」の活用です。
組織サーベイでは、エンゲージメントやウェルビーイング、心理的安全性といった、目に見えない「組織の健全性」を測定します。
さらに一歩進んで、従業員の価値観を分析するサーベイを行えば、「自社にはどのような価値観を持つ人材が多いのか」「それが企業文化やパーパスと合致しているか」といった、より本質的な問いに答えるためのインサイトが得られます。これは、人的資本開示で語るべきナラティブの根幹にもなり得ます。
一方、スキルマップは、従業員一人ひとりが持つスキルや資格、経験を可視化するツールです。これにより、「自社にどのようなスキルが蓄積されているか」「事業戦略の実現に必要なスキルは足りているか」といった人材ポートフォリオの現状を正確に把握できます。
これら定性的・定量的なデータを組み合わせることで、人的資本の全体像を立体的に捉え、より解像度の高い人的資本開示が可能になります。
明日から回せる「データ活用サイクル」4ステップ
データに基づいた人的資本開示と経営を実現するためには、継続的な仕組みが必要です。ここでは、実践的な「データ活用サイクル」を4つのステップでご紹介します。
ステップ1:開示項目に紐づく「データ」を定義する
まずは、人的資本開示で何を語りたいのか、そのストーリーから逆算して必要なデータを定義します。
「女性活躍を推進している」と語りたいのであれば、「女性管理職比率」「男女別の育休取得率」「キャリア開発研修への参加率」など、その主張を裏付ける具体的なデータ項目を洗い出します。ISO30414などの国際規格を参考に、自社の戦略に合わせて項目を選定することが重要です。
ステップ2:データ収集の「プロセス」を整備する
次に、定義したデータを誰が・いつ・どのように収集するのか、そのプロセスを標準化し、可能な限り自動化します。
人事給与システム、勤怠管理システム、学習管理システム(LMS)、サーベイツールなど、社内に散在するデータをAPI連携などで一元的に集約できるデータ基盤(ダッシュボードなど)を構築することが理想的です。これにより、人的資本開示のためのデータ収集にかかる工数を大幅に削減できます。
ステップ3:データを「分析」し、インサイトを抽出する
収集したデータを多角的に分析し、経営や人事施策に繋がる「インサイト(示唆)」を抽出します。
- 経年変化の分析:各指標が過去からどのように変化しているか。
- 属性別(クロス集計)分析:部署別、役職別、年代別などで指標に差はあるか。
- 相関分析:例えば、「エンゲージメントスコア」と「離職率」や「生産性」にはどのような関係があるか。
こうした分析を通じて、「Aという部署で離職率が高いのは、管理職のマネジメントスタイルに課題があるからではないか」といった仮説を立てることができます。
ステップ4:施策へ「反映」し、効果を測定する
分析から得られたインサイトをもとに、具体的な人事施策を企画・実行します。そして、施策の実行後に再びデータを取得し、効果を測定します。この「Plan(計画)- Do(実行)- Check(評価)- Act(改善)」のサイクルを回し続けることで、データに基づいた継続的な組織改善が実現し、そのプロセスと成果が、説得力のある人的資本開示へと繋がっていきます。
データは、信頼を勝ち取るための共通言語
人的資本開示の義務化は、企業に対して「感覚」ではなく「事実(データ)」で自らを語ることを求めています。データに基づいた人的資本開示は、客観性と透明性を担保し、国内外の投資家や顧客、そして未来の従業員からの信頼を勝ち取るための、いわば「グローバルな共通言語」です。
最初は小さな一歩からでも構いません。まずは自社にとって最も重要だと考える指標を一つ定め、そのデータ活用サイクルを回し始めること。その積み重ねが、やがては持続的な企業価値向上という大きな成果に結実していくはずです。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人的資本開示のためのデータ収集・分析基盤の構築や、組織サーベイの設計・分析支援など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。