【完全解説】ISO30414認証:プロセスからメリットまで、全てを学ぶ 第1回

ISO30414認証に関する正しい認識を広めるため、本連載では全10回にわたり、その本質と実践的な情報を徹底解説。ISO規格の分類や認証制度のプロセス、ISO30414の具体的な58指標、「認証」と「保証」の違い、さらには認証取得支援実績を通じた認証取得のプロセスやメリットまで、専門家がその複雑な制度を紐解きます。

間違いだらけのISO30414

ISO30414に関する情報は、近年インターネット上に溢れかえっています。人的資本経営への関心の高まりとともに、この国際規格への注目度も増していることは喜ばしいことです。ISO30414は認証取得が可能なISO規格ですので、認証取得に関する情報も多く見られるのですが、その多くが誤った記述や、本質を捉えきれていない説明となっているのが現状です。

こうした情報の誤りは、執筆者のISO認証制度に対する理解不足に起因するものか、あるいは人事に関する知識不足なのか、はたまたその両方であり、AIによって生成された文章を鵜呑みにしているのかは定かではありませんが、結果として多くの企業や担当者に対し、誤解に基づいた対応を促してしまっています。

本連載の目的は、こうした誤解を解消し、「ISO30414の認証制度」について読者の皆様に正しく理解していただくことです。筆者の知る限り、ISO30414の認証制度に関する正確かつ実践的な情報はほとんど出回っておらず、その空白を埋めることが本連載の使命であると考えています。

はじめに:なぜISO30414の誤解が広まるのか

ISO30414に関する誤解が広がる背景には、次の2つの要因があると考えられます。

  • ISO認証制度の複雑性
  • 人的資本という比較的新しい領域がISO規格の対象となったこと

多くの人々は「ISO認証」と聞くと、ISO9001(品質マネジメントシステム)やISO14001(環境マネジメントシステム)、ISO27001(情報セキュリティマネジメントシステム)のような、ISO本部と関連する「公的な」機関が発行する、普遍的な「お墨付き」をイメージしがちです。

この強い連想の基盤には、ISO9001が1987年に「品質保証のモデル規格」として発行され、製造業でのサプライヤー要請や建設業の官公庁案件の入札条件となったことで広く普及した歴史的経緯があります。「品質管理」という文脈での成功体験が、ISO30414のような「ガイドライン」であり、かつ「人的資本」という新しい領域の規格に対する理解を難しくしている側面があると考えられます。過去の成功体験が、現在の誤解の温床となっているという構造がここには存在します。

よくある誤解1:『ISO30414の認証は「ISOの認証機関」から取得できる』

最もよく見かける誤った情報の一つに、「ISO30414の認証はISOの認証機関から審査を受け、合格すると取得可能。審査機関は日本に約50団体ある」という説明があります。これは根本的に誤りです。現時点でISO30414の認証を与えられる「ISOの認証機関」(一般的なISOマネジメントシステム規格の認証を行う機関)は存在しません。

そもそも「ISOの認証機関」という表現自体が正確ではありません。これは、「何らかのISOの認証規格についてISOのルールに基づいた認証審査を行うことができる機関」を総称して呼んでいるに過ぎず、ISOの認証機関だからといって全てのISO規格を認証できるわけではないのです。例えば、ある団体はISO27001やISO9001の認証が可能である一方、別の団体はISO14001のみを扱うといった具合です。この認証範囲の限定は、ISO認証制度の基本的なルールです。

さらに言うと、スイスのジュネーブに本社を置くISO本部と、日本国内に約50団体あるとされる認証機関との間には、資本的・人的な関係は一切ありません。これらの機関は、あくまで独立した民間組織で、ISO本部とは別法人であり、「個別の規格に対する扱い」においてのみつながっている関係です。なので、各認証機関が認証を行える規格は、機関ごとに明確に定められています。

そして、最も重要な点として、ISO30414が「ガイドライン規格」と呼ばれる性質を持つことが挙げられます。ガイドライン規格とは、その規格自体に認証基準が明記されていないものです。したがって、現状のISOのルール上、この規格を用いて他のISO認証規格と同様の認証を与えることはできません。ISO認証制度の範囲や定義と、ガイドライン規格というISO30414の特殊な位置づけを理解することが、この誤解を解消する鍵となります。

読者が期待する「公的なISO認証機関による公式な認証」は、ISO30414には適用されないのです。

よくある誤解2:『ISO30414はガイドライン規格なので認証取得は不可能』

前述の誤解と矛盾するように聞こえるかもしれませんが、「ISO30414はガイドライン規格なので認証取得はできません」という説明もよく見かけます。これもまた誤りです。実際には、認証取得は可能です。ただし、その方法は一般的なISO認証規格のルールとは異なる形で実施されています。

ISO30414の認証は、日本においては、HCプロデュース社のようなISO30414に関する専門知識を持つ認証機関から第三者認証を受ける形で取得することができます。HCプロプロデュース社以外ではBSIグループジャパン社もISO30414に関する第三者保証サービスを提供しています。

多くの情報源が「ガイドライン規格だから認証できない」と主張する中で、HCプロデュース社のような民間の審査機関が「認証」を提供している事実は、認証という概念が単一ではないことを表しています。これは、ISOの「公式」な認証ではなくても、専門性を持つ第三者による検証が市場において充分に価値が認められていることを意味します。

企業は、この「私的」認証がもたらす信頼性や対外的なアピール効果を理解し、その戦略的意義を評価する必要があります。「私的な」認証は、市場のニーズに応える形で新たな認証のエコシステムが形成されていると捉えることができるでしょう。

よくある誤解3:『「公的なISO認証機関」が存在する』

「ISO27001は認証規格なので公的なISO認証機関が認証しますが、ISO30414は私的な認証機関が認証します」という説明も、よくある誤解です。この「公的」という言葉の定義にもよりますが、一般的に「公的」とは政府機関などの公共的な組織を指しますが、ジュネーブにあるISO本部は非政府組織(NGO)であり、政府から独立して活動する非営利の民間組織と定義されています。日本の認証機関も大半がいわゆる民間企業で構成されています。例えば、ISO27001(ISMS)の認証機関28社のうち、21社が営利を目的とした株式会社です。

標準化という性格上、公共性を帯びたものであることは理解できます。しかし、ISO自体が民間組織であり、規格の策定も民間企業からの有志を中心に行われ、認証も民間企業が民間企業に対して行っているという現状を理解すれば、「公的」という言葉を選ぶことには違和感があります。同様に「公式」という表現も違和感があります。(このコラム全体で筆者が「公式な」認証、「私的な」認証機関、などと「 」をつけているのは、一般的にそう言われているということを表すためにあえて付けています。)

「ISOの認証機関」が行っている「公的な」認証も、いち民間企業が行っている「私的な」認証も、「外部組織が客観性をもって組織を評価し、保証を与える」という本質にはなんの違いもありません。ISOという組織が歴史、実績、プロセス、知名度などで信頼性が高いということは言えるでしょうが、あくまで程度問題であり、本質的な違いではありません。

ISOが国際的な影響力を持つがゆえに、その性質が「公的」と誤解されやすいということは理解できますが、ISO認証は、あくまで「民間による信頼性保証サービス」であるという理解が求められます。

ISOの認証制度について
出典:コトラ作成

ISO30414に対する誤解がもたらす影響と本連載の目的

これらの数々の誤解に基づいた情報に惑わされ、ISO30414を理解・導入しようとすると、期待する効果が得られないだけでなく、無駄なコストや労力を費やすリスクがあります。特に人的資本は、従来のISO認証制度が中心としてきた品質、環境、情報セキュリティといった分野とは異なり、人事領域に属します。そのため、ISOに詳しい人材と人事に詳しい人材の接点が少なかったことが、正しい情報が発信されにくかった背景にあると考えられます。

ISO30414のコンサルティング提供を売りにしている企業や、ISO30414のリードコンサルタントでさえも、Webサイトなどで堂々とそのような誤った情報を流している状況をほぼ毎日目にする中で、会社を良くするツールであるISO30414に対する誤解によってせっかくの機会を失ってしまう企業がこれ以上増えないように、との思いがこのコラム執筆のきっかけになっています。

筆者が企業様からISO30414の問い合わせを受ける際、認証を取りたいとおっしゃるお客様に対して「ISO30414の認証はISO9001などとは少し違うのです」という説明をすると、「じゃあそれは公式ではなくニセモノの認証なのですね」という反応でトーンダウンしてしまうことがたまにあります。認証にニセモノも本物もないのですが、筆者の説明力不足によりそのお客様企業の社内改善の機会が失われるかと思うと忸怩たる思いを感じたりもします。

本連載では、筆者の長年の知識と実務経験に基づき、人事部・IR部・経営企画部・経営者を中心とした読者の皆様に対し、まだ十分に認知されていないISOの認証制度について、正しいISO30414の認証に関する情報を提供することを目的としています。

次回予告

今回は、ISO30414を取り巻く具体的な誤解を一つひとつ解きほぐしてきました。しかし、「なぜ、これほどまでに多くの誤解が生まれてしまうのか」という根本的な疑問が残ります。その鍵は、ISO規格そのものの全体像と、その複雑な体系を理解することにあります。

次回は、視点を一歩引いて、多岐にわたるISO規格がどのように分類されているのかを詳しく解説します。「モノ規格」と「マネジメント規格」、「~しなければならない」と定められた要求事項規格と「~することが望ましい」とされるガイドライン規格。この全体像を掴むことで、ISO30414が規格全体の中でどのような立ち位置にあるのかが明確になり、今回取り上げた数々の誤解の根源が腑に落ちるはずです。ぜひ次回のコラムもご覧ください。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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