議決権行使助言会社が注視する「人的資本」:評価のポイント解説

企業の命運を左右する「議決権行使助言会社」の視点

企業の経営者、人事責任者、あるいはIR担当役員の皆様にとって、「議決権行使助言会社」という存在の重要性は、年々高まっているのではないでしょうか。

特に株主総会のシーズンが近づくと、ISS(Institutional Shareholder Services)やグラスルイスといった主要な議決権行使助言会社が発行するレポートが、機関投資家の議決権行使に大きな影響を与え、時には取締役選任案や報酬議案の行方を左右しかねない現実に、緊張感をお持ちかもしれません。

※議決権行使助言会社とは、機関投資家に対し、株主総会の議案について、賛成・反対のどちらに投票すべきかを分析・助言する専門機関のこと。

そして今、皆様が直面している新たな、そして非常に深刻な課題は、彼ら議決権行使助言会社の評価基準に、「人的資本」に関する項目が、かつてないほど強く組み込まれ始めていることです。

「自社の人的資本に関する取り組みは、彼らにどう評価されるのか?」
「開示が不十分だと、重要な議案で反対推奨を受けるのではないか?」

本コラムでは、こうした切実な疑問と不安に対し、議決権行使助言会社がなぜ今「人的資本」に注目するのか、その本質的な背景と、企業がとるべき対応の方向性について、人的資本経営の専門家の視点から考察します。

なぜ議決権行使助言会社は「人的資本」を重視するのか

議決権行使助言会社が人的資本関連の項目(例:取締役会の多様性、役員報酬とESGの連動、従業員のエンゲージメント)への監視を強めている背景には、彼らのクライアントである機関投資家の意識変革が明確に存在します。

企業価値の源泉の変化

かつて、企業の価値は主に工場や設備といった有形資産で測られていました。しかし、現代の知識集約型経済において、企業の競争優位性の源泉は、従業員の持つスキル、知識、創造性、そして組織文化といった無形資産へと大きくシフトしています。その中核を成すのが「人的資本」です。

機関投資家は、人的資本への投資や取り組みが、単なるコストではなく、将来のイノベーションや生産性の向上、ひいては中長期的な財務パフォーマンス(企業価値)の先行指標であるという認識を急速に強めています。

機関投資家からの負託

議決権行使助言会社は、機関投資家から負託を受け、彼らに代わって企業の議案を分析・評価し、助言を提供しています。投資家自身が「人的資本は中長期的な価値創造に不可欠である」と判断するようになれば、議決権行使助言会社がその視点を評価基準に反映させるのは、必然的な流れと言えるでしょう。

彼らは、人的資本の開示が不十分であったり、多様性の確保や人材育成といった重要な取り組みが遅れていたりする企業を、「中長期的なリスクを抱えている」あるいは「持続的成長の基盤が脆弱である」と評価する傾向を強めています。

問われる「開示の質」

ここで、私たちコトラが強調したい本質的な視点があります。それは、議決権行使助言会社の基準を形式的にクリアするためだけに対策を講じることは、根本的な解決にはならない、ということです。

例えば、多様性の基準を満たすために、急ごしらえで女性取締役を登用する、といった対応は「開示のための開示」に陥る危険性を孕んでいます。

本当に問われているのは、以下の点です。

  • 自社の経営戦略と人材戦略が、論理的に連動しているか?
  • その戦略の実行度合いを、客観的なデータやKPIで示せているか?
  • その取り組みが、いかにして将来の企業価値向上に繋がるのか、そのストーリーを説明できるか?

例えば、自社の人材ポートフォリオを分析し、「将来の事業戦略に必要なスキル」と「現在の保有スキル」とのギャップを特定し、そのギャップを埋めるための採用・育成戦略を実行している、といった具体的なロジックです。

このような「戦略と連動した実態」と「客観的データに基づく説明責任」こそが、議決権行使助言会社、ひいては機関投資家からの真の信頼を勝ち得るために不可欠であると、私たちは考えています。

投資家の信頼を得るための実践的アプローチ

では、具体的に何から始めるべきでしょうか。短期的な視点と中長期的な視点に分けて、実践的なアクションを提案します。

現状の「ギャップ」を正確に把握する

まずは、自社の立ち位置を客観的に知ることがスタートラインです。

  • 主要な議決権行使助言会社(ISS、グラスルイス等)の最新の議決権行使ポリシーを確認し、彼らがどのような人的資本項目(特に多様性、役員報酬、開示の透明性など)を重視しているかを理解する。
  • 自社の現在の取り組みや開示状況(有価証券報告書、統合報告書、サステナビリティレポート等)と、それらのポリシーとの間にどのようなギャップがあるかを洗い出す。
  • 競合他社の開示状況と比較し、自社の強みと弱みをベンチマークする。

開示と改善の「優先順位」を決定する

全てのギャップを一度に埋めることは困難です。洗い出されたギャップに対し、以下の観点から優先順位をつけ、ロードマップを策定することが求められます。

  • 緊急性
    • 株主総会で反対推奨を受けるリスクが特に高い項目は何か?(例:取締役会の多様性の著しい欠如)
  • 重要性
    • 自社の経営戦略上、特に重要となる人的資本の課題は何か?
  • 実現可能性
    • 短期的に改善・開示が可能なデータは何か?
    • 中長期的なシステム改修が必要なものは何か?

「戦略的ストーリー」を構築し対話する

優先順位に基づき、単にデータを羅列するのではなく、自社の文脈に沿った「戦略的ストーリー」として開示内容を再構築します。

  • なぜ、その人的資本課題(例:リスキリング)が自社の持続的成長に重要なのか。(経営戦略との連動)
  • その課題に対し、どのような方針(KPI)で、どのような施策を実行しているのか。(具体的なアクション)
  • その結果、どのような進捗・成果が出ているのか。(データによる進捗管理)

このストーリーを携え、平時から機関投資家や議決権行使助言会社と積極的に対話を行うことも、誤解を防ぎ、理解を深めてもらう上で非常に重要です。

議決権行使助言会社は「未来への鏡」である

本コラムでは、議決権行使助言会社が人的資本を重視する背景と、企業がとるべき本質的なアプローチについて考察してきました。

議決権行使助言会社の視点は、時に厳しく、企業にとっては対応を迫られるプレッシャーと感じられるかもしれません。しかし、視点を変えれば、彼らの視点は「グローバルな投資家が、企業の中長期的な成長のために何を期待しているか」を映し出す鏡とも言えます。

彼らが問うているのは、「貴社は、未来に向けて最も重要な資産である『人』に、真剣に向き合い、投資し、その価値を最大化する経営を行っていますか?」という、極めて本質的な問いです。

この問いに誠実に向き合い、自社の経営戦略と連動した人的資本経営を実践し、その取り組みを説得力を持って開示していくこと。それこそが、議決権行使助言会社を含む全てのステークホルダーからの信頼を獲得し、企業の持続的な成長を実現する礎となると、私たちは確信しています。

株式会社コトラでは、議決権行使助言会社をはじめとするステークホルダーの視点を踏まえた、実効性のある人的資本開示の高度化支援(有価証券報告書、統合報告書対応など)を行っております。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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