なぜ、あの部署ばかり人が辞めるのか?
「特定のマネージャーの下で、退職が相次いでいる」
このような事態に直面したとき、多くの経営者や人事責任者様は、その管理職個人の資質を疑い、「マネジメントに向いていないのではないか」と断じてしまいがちです。
しかし、その上司をすげ替えるだけで、本当に問題は解決するでしょうか? 現場を深く分析すると、多くのケースで真犯人は「個人の能力不足」ではなく、プレイングマネージャーとしての「構造的な業務過多」にあることが浮かび上がってきます。彼らは部下をケアしたくても、その物理的・精神的な余裕を完全に奪われているのです。
本コラムでは、疲弊する現場管理職を精神論ではなく「仕組み」で救い出し、離職の連鎖を断ち切るための組織的支援について解説します。
プレイングマネージャーが陥る「負の連鎖」
「名ばかり管理職」の限界と構造的要因
現代の日本企業の多くでは、課長や部長といった管理職が、自身の個人目標(売上数字など)を持ちながら、同時に部下の育成や組織運営も担う「プレイングマネージャー」化が常態化しています。特に近年の働き方改革による一般社員の残業規制強化は、皮肉にも「管理職への業務集約」という副作用を招いています。部下が残した仕事や、時間内に終わらない調整業務が、労働時間規制の緩い(あるいは対象外の)管理職に一点集中しているのです。
自身の数字を達成しなければならないプレッシャーの中で、部下の1on1を実施し、キャリア相談に乗り、メンタルヘルスにも配慮し、さらにはコンプライアンス遵守も徹底する。これらを全て完璧にこなすというのは現実的ではありません。リソースが枯渇した時、人は無意識に「緊急度が高く、成果が見えやすい業務(=個人の実務)」を優先し、「緊急度は低いが、長期的には重要で成果が見えにくい業務(=部下の育成・管理)」を後回しにします。
「悪循環」のメカニズム
その結果、何が起きるでしょうか。 まず、部下との対話の時間が削られます。部下からすれば「上司はいつも忙しそうで話しかけられない」「相談しても生返事しか返ってこない」「自分のことを見てくれていない」という不満が蓄積します。これがエンゲージメント低下の第一歩です。
次に、適切な指導やフィードバックが行われないため、部下の成長が停滞し、ミスやトラブルが発生します。その尻拭いをするのは、当然上司である管理職です。ただでさえ忙しい管理職の時間がさらに奪われ、精神的な余裕も失っていきます。余裕のない上司は、部下に対して感情的になったり、強権的なマイクロマネジメントに走ったりしがちです。
最終的に、耐えられなくなった部下が離職します。すると、欠員補充ができるまでの間、その部下の業務を管理職や他の残された部下が被ることになります。業務負荷はさらに増大し、残された部下へのケアはさらに手薄になり、次の離職者を呼ぶ…。
これが、多くの現場で起きている「離職の負の連鎖」です。この連鎖を断ち切らない限り、いくら採用しても人材流出は止まらず、組織は疲弊する一方です。
組織が講じるべき2つの具体的支援策
離職率を改善するためには、管理職個人を責めるのではなく、この崩壊したバランスを組織として是正する必要があります。研修などで新たなスキルを付加する前に、まずはマイナスを解消する以下の2つのアプローチが有効です。
支援1:業務の「引き算」と役割分担
まず行うべきは、管理職の業務負荷を物理的に減らす「引き算のマネジメント」です。
- 個人目標の緩和とKPIの変更
「個人の実務」の比重が極端に高い(例えば50%以上)場合、その管理職は実質的に「トッププレイヤー」であり、マネジメント機能は果たせません。思い切って個人目標を削減し、その分を「チームの離職率低減」や「部下の育成目標達成」といったマネジメント指標に置き換える評価制度への改定が必要です。「部下の話を聞くこと」が、ボランティアではなく「評価される仕事」であると定義し直すのです。 - 「管理職一人当たりの部下の人数」の適正化
一人の管理職が直接ケアできる部下の人数には限界があります(一般的には5〜7名と言われます)。もし10名以上の部下を抱えているなら、組織図を見直す必要があります。
具体的には、実務能力の高い部下を「チームリーダー」や「メンター」に任命し、新人・若手の実務指導権限を委譲します。管理職はリーダー層のケアに集中するという「階層化」を行うことで、コミュニケーションの質を維持します。 - 人事部門による「業務代行」
キャリア面談や退職予兆のある社員へのフォローを、全て現場任せにしていませんか? 人事部が「社内キャリアカウンセラー」として、定期的に社員と面談を行ったり、管理職の手が回らない事務作業を巻き取ったりするなど、人事が「管理職のパートナー」として実務を分担する体制を作ります。
支援2:考える時間を短縮する「データという武器」
多忙な管理職にとって、部下一人ひとりの状況をゼロから把握し、悩みを探り当てる作業は、非常に大きな認知負荷と時間を要します。そこで、組織サーベイなどのデータを活用し、マネジメントの「効率」と「精度」を高める支援を行います。
- 「診断」ではなく「処方箋」を渡す
サーベイ結果のスコア一覧を渡して「分析して対策を立てろ」と指示するのは、管理職の仕事を増やすだけです。人事部がデータを分析し、「Aさんのエンゲージメントが下がっている要因は『業務量』にある可能性が高い」という仮説まで立てて渡します。
さらに、「次の1on1では『今の業務で何か減らせるものはないか?』と聞いてみてください」といった具体的なトークスクリプト(台本)やアクションリストまでセットで提供します。これにより、管理職は悩む時間を省略し、実行のみに集中できます。 - アラート機能で「手遅れ」を防ぐ
勤怠データ(残業の急増)や組織サーベイ(急激なスコアの悪化)の変化を自動検知し、管理職にプッシュ通知する仕組みを導入します。「何かあったら相談して」という待ちの姿勢ではなく、システムが「今すぐ声をかけてください」と教えてくれる環境を作ることで、限られた時間でもタイムリーなケアが可能になります。
「管理職を守ること」が「部下を守ること」になる
離職率の高い組織において、最もケアが必要なのは、実は退職者予備軍の若手社員よりも、彼らと経営陣の板挟みになり、プレッシャーに晒され続けているミドルマネジメント層かもしれません。管理職自身のエンゲージメントが低く、疲弊しきっている状態で、部下のエンゲージメントを高めることなど不可能です。まずは管理職自身が、心理的安全性を感じ、自身の仕事にやりがいを持てる環境を作らなければなりません。
貴社の管理職は、プレイング業務という重荷を背負ったまま、孤立無援で戦っていないでしょうか。 精神論で頑張らせるのではなく、仕組みとデータで彼らを支えること。それが、人的資本経営時代の離職防止策です。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




