研修の「やらされ感」をなくすには? キャリア自律を促しエンゲージメントを高める秘訣

「また研修か…」その一言に潜む、深刻な経営課題

「来週、終日研修が入ってしまった…ただでさえ忙しいのに」
「正直、今の自分の仕事に直接役立つとは思えない」

人事部門が良かれと思って企画した研修に対して、社員からこのようなネガティブな反応が返ってくることに、心を痛めている人事担当者の方も少なくないでしょう。会社が提供する学びの機会が、社員の意欲を高めるどころか、むしろ負担となり「やらされ感」を醸成してしまっているのだとすれば、それは極めて深刻な問題です。

研修への参加が受け身である限り、その内容は右から左へと受け流され、貴重な時間とコストが無駄になるだけでなく、社員のエンゲージメントを低下させる要因にすらなり得ます。

本コラムでは、社員が「受けたい」と自発的に思える研修、すなわち、一人ひとりの成長意欲とキャリア自律を促す研修とはどのようなものか、その本質的な「意味」と設計思想について考察していきます。

「やらされ感」はなぜ生まれるのか:学びの主権の不在

研修への「やらされ感」が生まれる根源は、その研修プログラムの決定プロセスにおいて、当事者である社員が不在である、という構造的な問題にあると考えられます。会社が一方的に「あなたにはこれが必要だ」と学習内容を決め、トップダウンで提供する。この「会社から与えられたもの」という受け身の構図が、社員から学びの主権を奪い、内発的な動機づけを阻害してしまうのです。

アンドラゴジーと呼ばれる成人学習の理論においても、大人は子どもと異なり、自らの経験と関連付けられ、直面している課題解決に役立つと認識した事柄に対して、学習意欲が高まるとされています。つまり、社員一人ひとりのキャリア観や問題意識を無視した画一的な研修は、原理的に効果を発揮しにくいといえるのです。

「育てる」から「自律的な成長を支援する」へのパラダイムシフト

この課題を乗り越えるために、私たちは研修に対する基本的なスタンスを転換する必要があると考えています。すなわち、「会社が社員を一方的に育てる」という発想から、「社員一人ひとりが自律的にキャリアを形成し、成長していくプロセスを、会社が支援する」という発想へのパラダイムシフトです。

このアプローチの鍵は、研修の企画・設計プロセスそのものに、現場を巻き込むことにあります。研修を人事部門主導のトップダウン施策として押し付けるのではなく、現場との対話を通じて、本当に必要な学びを共に創り上げていく。

このような共創プロセスを経ることで、研修は「会社からの命令」ではなく、「自分たちの課題を解決し、自己実現するための機会」へとその意味合いを大きく変えるでしょう。

現場との対話で創る:「意味」ある研修の3つのステップ

では、具体的にどのように現場を巻き込み、社員の主体的な学びを引き出せばよいのでしょうか。ここでは、その鍵となる3つのステップを提示します。

ステップ1:「現場起点」での研修ニーズ把握と企画

「やらされ感」を払拭する最初のステップは、研修企画の出発点を、人事部門の会議室から「現場」に移すことです。従来の階層別・職種別といった画一的な発想から一旦離れ、「今、現場で本当に困っていることは何か」「成果を出す上でボトルネックとなっているスキルは何か」を徹底的にヒアリングします。

  • 現場マネージャーへのヒアリング
    チームの目標達成を阻んでいる課題や、部下の育成に関する悩みを具体的に聞き取ります。
  • ハイパフォーマーへのインタビュー
    高い成果を上げている社員が、無意識に行っている思考プロセスや行動特性(コンピテンシー)を抽出し、他の社員が学ぶべき要素を明らかにします。
  • 部門横断での課題共有ワークショップ
    複数の部門から参加者を募り、共通する組織課題や必要なスキルについて議論する場を設けます。

これらの現場の声こそが、最も価値のある研修コンテンツの源泉です。現場のリアルな課題に基づいた研修は、社員にとって「自分ごと」となり、学習意欲を自然に引き出します。

ステップ2:「個」との対話によるキャリアとの接続

現場全体のニーズを把握したら、次はその学びを「個人の成長」へと接続するステップです。ここで決定的な役割を果たすのが、現場の上司による1on1ミーティングなどを通じた、部下との対話です。

上司は、ステップ1で明らかになった「チームとしての課題」を部下と共有した上で、研修の目的を個人のキャリア志向と結びつける「意味づけ役」を担います。

「この研修は、我々のチームが抱える〇〇という課題を解決するために不可欠だ。そして、君が将来目指している△△というキャリアにとっても、ここで学ぶスキルは必ず強力な武器になるはずだ」

このように、「組織の目標達成」と「個人のキャリア目標」の両方に貢献するという文脈を丁寧に伝えることで、社員は研修の「意味」を深く納得し、主体的に臨むことができるようになります。

ステップ3:「学び合い」を促進する組織文化の醸成

最後のステップは、研修で得た学びを一過性のものにせず、組織の血肉としていくための「文化づくり」です。研修を「点」で終わらせず、日常業務の中で学びが実践され、共有される「線」や「面」の活動へと繋げていくことが重要です。

  • 研修報告会・ナレッジ共有会の実施
    研修参加者が講師役となり、他のチームメンバーに学びの要点を共有する場を設けます。これにより、参加者の学びが深まると同時に、組織全体の知識レベルの底上げに繋がります。
  • 現場主導の勉強会の支援
    研修内容に関連するテーマで、社員が自発的に開催する勉強会や読書会などを、会社として奨励・支援(書籍購入費補助など)します。
  • 実践の称賛と評価
    研修で学んだことを現場で実践し、成果に繋げた社員やチームを、朝礼や社内報などで積極的に称賛し、その行動を評価に反映させる仕組みを検討します。

社員の成長意欲が、組織の成長エンジンとなる

研修の「意味」を、会社目線から、現場で働く社員一人ひとりの目線へと転換させること。それは、人事部門だけで完結するものではなく、現場のマネージャーを巻き込み、組織全体で取り組むべきプロジェクトです。

現場との対話を通じて、本当に必要な学びを共創し、社員一人ひとりのキャリアに寄り添う。そうして生まれた「自分たちのための研修」は、社員のエンゲージメントと成長意欲を飛躍的に高め、変化に強く、自律的に進化し続ける「学習する組織」を創り上げることにつながります。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。エンゲージメントサーベイを用いた組織課題の分析や、社員のキャリア自律を促す研修体系の企画など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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