毎年恒例の研修、本当に「意味」がありますか?
「今年もまた、管理職研修の時期か…」
「若手向けの研修、アンケートの満足度は高いが、現場の行動は何も変わらない」
企業の経営者や人事担当者の皆様にとって、このようなお悩みは決して他人事ではないかもしれません。多大なコストと時間を投じて実施する社員研修。しかし、その研修が本当に企業の成長、ひいては経営成果に繋がっているのか、確信を持てずにいるケースは少なくないと考えられます。
研修が単なる年中行事となり、参加する社員にとっては「やらされ感」のある業務の一環、企画する人事部門にとっては「実施すること」自体が目的化してしまう。このような「研修の形骸化」は、多くの組織が抱える根深い課題といえるでしょう。
本コラムでは、なぜ研修が本来持つべき「意味」を失ってしまうのか、その構造的な問題を紐解き、人的資本経営という大きな潮流の中で、研修をいかに再定義し、企業の持続的な成長を支える戦略的投資へと転換していくべきか、その本質的なアプローチと実践的な視点について考察します。
なぜ研修は「意味」を失うのか:経営戦略との断絶
研修が形骸化する最も根本的な原因は、研修が経営戦略や事業戦略と切り離され、独立した施策として存在している点にあると考えられます。多くの研修は、階層別(新入社員、中堅、管理職など)や職種別といった画一的な区分で行われ、そこで学ぶべき内容が、自社のビジネスが今どこへ向かおうとしているのか、そのためにどのような人材やスキルが必要なのか、という経営の根幹にある問いと必ずしも連動していません。
一般的な人材育成論として、学習の効果を最大化するための「70:20:10の法則」が知られています。これは、人の成長における学習源の割合を示したもので、「70%が経験」「20%が他者からの薫陶(上司や先輩からの指導・フィードバック)」「10%が研修(Off-JT)」であるとする考え方です。この法則が示唆するのは、研修(10%)単体で完結するのではなく、日常業務での経験(70%)や周囲との関わり(20%)と有機的に結びついたときに、初めて人材育成は意味を持つということです。
人材ポートフォリオを構築するための戦略的投資としての研修
ここで私たちコトラが提唱したいのは、研修を単発の学習イベントとして捉えるのではなく、企業の競争力の源泉である「人材ポートフォリオ」を、未来の経営環境に適応させるために動的に構築・最適化していくための一連のプロセス、すなわち「戦略的投資」として再定義することです。
企業の持続的な成長は、将来の事業戦略を実現するために必要な人材を、質・量の両面で確保できるかにかかっています。そのためには、まず自社の「あるべき人材ポートフォリオ」を定義し、現状とのギャップを正確に把握した上で、そのギャップを埋めるための具体的な打ち手として、研修や人材開発を位置づける必要があります。
つまり、研修の目的は、個々の社員のスキルアップに留まりません。組織全体としてどのような能力(ケイパビリティ)を獲得し、強化していくべきか、という経営戦略レベルの問いに応えるものでなければならないのです。このような視点に立つことで、研修はコストセンターから、未来を創るためのプロフィットセンターへとその意味合いを変えることができると考えられます。
形骸化からの脱却:「意味」ある研修を設計する3つのステップ
では、具体的にどのようにすれば、研修を経営戦略と連動させ、意味のあるものへと転換できるのでしょうか。ここでは、そのための実践的な3つのステップを提示します。
ステップ1:経営戦略との接続ー「あるべき人材像」の明確化
全ての出発点は、経営戦略と人材戦略を完全に同期させることです。そのために、経営陣、事業責任者、人事部門が参画する「未来逆算型ワークショップ」の実施が極めて有効です。
この場では、中期経営計画や技術革新、市場動向といった外部環境の変化を踏まえ、「3〜5年後、我が社が勝ち続けるために、どのような事業・機能が重要になり、そこではどのようなスキル、コンピテンシー(行動特性)、マインドセットを持った人材が必要か」を徹底的に議論します。
ここで重要なのは、人材要件の解像度を上げることです。
- スキル
業務遂行に必要な専門知識や技術(例:データ分析、特定のプログラミング言語)。 - コンピテンシー
高い成果を継続的に生み出す行動特性(例:課題発見力、計画実行力、チームマネジメント)。 - マインドセット
仕事に取り組む姿勢や価値観(例:挑戦意欲、学習意欲、顧客志向)。
これらの要件を具体的かつ明確に定義することで、研修で何を獲得すべきかの「ゴール」が初めて定まります。
ステップ2:現状とのギャップ分析ー人材ポートフォリオの可視化
次に、ステップ1で定義した「あるべき姿」と「現状」との間に存在するギャップを、客観的なデータに基づいて可視化します。この分析の目的は、単に課題を洗い出すだけでなく、限られたリソースをどこに集中投下すべきか、育成課題の「優先順位」を決定することにあります。
- スキルアセスメントの多角化
特定のスキルについて、本人の自己申告だけでなく、上司評価や必要に応じて外部のテストなどを組み合わせ、評価の精度を高めます。これにより、「本人は得意だと思っているが、客観的には不足しているスキル」といった隠れた課題が明らかになります。 - 組織サーベイの深掘り分析
エンゲージメントサーベイやパルスサーベイのデータを分析し、学習意欲や成長実感に関する項目が低い部門や階層を特定します。スコアが低い背景に、過重労働や心理的安全性の低さといった組織文化的な要因が潜んでいないか、仮説を立てて探る視点が重要です。 - ギャップの戦略的評価
明らかになったスキルギャップを、「事業戦略上の重要度」と「現在の充足度」の2軸でマッピングします。「重要度が高く、充足度が低い」領域こそが、全社的に取り組むべき最優先の研修・育成課題となります。
ステップ3:学習効果の最大化ー最適な学習手法を戦略的に組み合わせる
育成すべき優先課題が定まったら、それを解決するための最適な学習体験を設計します。重要なのは、画一的な集合研修に固執せず、個々の目的や対象者に合わせて、最適な学習手法を戦略的に組み合わせる視点です。
- 次世代リーダー候補の場合
思考のフレームワークを学ぶ「集合研修」を入り口としながら、実際の経営課題に取り組む「アクションラーニング」で実践経験を積み、定期的な「エグゼクティブコーチング」を通じて内省を深めるといった組み合わせが考えられます。 - DX推進人材の場合
まずは「e-learning」でデジタルの基礎知識を網羅的に習得し、次に社外の専門家を招いた「勉強会」で応用知識を深め、最終的には実際の「業務改善プロジェクトへのアサイン」を通じて、学んだことを実践知へと昇華させます。
このように、冒頭で触れた「70:20:10の法則」を意識し、研修(10%)が、現場での経験(70%)や他者からの薫陶(20%)に繋がり、促進されるような一連の流れを設計することで、学習効果を最大化し、確実な行動変容を促すことが可能になります。
研修の意味を問い直すことが、人的資本経営の第一歩
本コラムでは、形骸化しがちな研修の「意味」を問い直し、それを経営成果に繋げるための視点とアプローチについて論じてきました。これからの時代、研修は、企業の未来を創るための「人材ポートフォリオ」を構築するための戦略的投資として、その意味を再定義しなければなりません。
経営戦略と連動させ、現状の課題をデータで可視化し、一人ひとりに最適化された学習機会を提供する。この一連のプロセスを通じて、研修は初めてその真価を発揮し、企業の持続的な成長を支える強力なエンジンとなり得ます。研修の意味を問い直すこと、それこそが、本格的な人的資本経営を推進するための、確かな第一歩となるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。貴社の経営戦略に連動した効果的な研修の企画立案・実行支援など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。