中小企業の人的資本開示|取引先と求職者に選ばれる「信用」戦略

「開示義務がない」=「開示しなくていい」ではない

「うちは上場していないから、有価証券報告書も関係ない。人的資本の開示なんて必要ない」

そうお考えの中小企業経営者様は多いかもしれません。確かに、非上場の中小企業にとって、上場企業や大企業ほどの人的資本開示は求められません。

しかし、ビジネスを取り巻くステークホルダー(取引先、顧客、求職者など)の視点は、急速に変化しています。彼らは今、企業の「財務諸表」だけでなく、「非財務情報」を厳しくチェックしています。特に「人」に関する情報は、その企業が将来にわたって存続・成長できるかを判断する上で、最も重要な要因の一つとなっています。

少子化が進む日本において、人材を確保し、定着させ、育成できているかどうか。これは、企業の生存能力そのものです。つまり、中小企業にとっての人的資本開示は、「取引先や求職者に対し、自社の将来性と信用力を証明するための最強のプレゼンテーション」になり得るのです。

本コラムでは、非上場企業があえて情報を開示することのメリットと、リソースをかけずに効果的に発信するための実践ステップについて解説します。

ステークホルダーが見ている「2つの信用」

では、具体的に誰が、何のために企業の人的資本情報を見ているのでしょうか。主な2つの視点から、開示の意義を紐解きます。

取引先の視点:サプライチェーンの信頼性

大手企業を中心に、サプライチェーン全体での人権対応や労働環境への配慮(CSR調達)が求められています。取引先を選定する際、価格や品質だけでなく、「その企業が人を大切にしているか」「コンプライアンスを守っているか」が重要なチェックポイントになります。

人的資本に関する情報をオープンにしていること自体が、「健全な組織運営を行っており、安心して長く取引できるパートナーである」という証明になります。逆に、情報が全くない企業は「リスクがあるかもしれない」と判断され、新規取引の機会を逃したり、既存取引の見直し対象になったりする可能性すらあります。

求職者の視点:入社後の安心感

採用難の時代、求職者は企業をシビアに見定めています。「働きやすさ」や「成長環境」に関するデータが開示されていない企業は、「何か隠しているのではないか(ブラック企業ではないか)」という疑念を持たれかねません。

一方で、求職者の関心が高い「安定性(離職率)」「成長環境(研修費用・時間)」「ワークライフバランス(有給取得率)」といったデータが公開されていれば、透明性の高い企業であると認識される可能性が高まります。

中小企業の武器は「改善のプロセス」

ここで重要なのは、「今の数値が完璧である必要はない」ということです。 大企業に比べてリソースの少ない中小企業が、最初から高い数値を出すのは困難です。しかし、ステークホルダーが評価するのは「現時点の点数」よりも「改善のプロセス(変化率)」です。

  • 「女性管理職比率はまだ低いが、3年前と比べてこれだけ上昇している」
  • 「研修予算を年々〇%増額している」

このように、課題を認識し、改善に向けて経営層が意志を持って動いている姿勢を見せることこそが、成長企業ならではの魅力的なストーリーとなります。

中小企業が取り組むべき開示のアクション

では、実際にどのように開示を進めればよいのでしょうか。統合報告書のような大掛かりな冊子を作る必要はありません。現実的かつ効果的な3つのステップをご提案します。

ステップ1:自社の「強み」と「意志」を表す指標を選ぶ

領域すべて網羅しようとする必要はありません。自社の経営戦略や強みに関連する項目を3〜5つ程度絞り込みます。

  • 定着に自信があるなら⇒「離職率」や「平均勤続年数」
  • 育成に力を入れているなら⇒「一人当たり研修費用」や「研修時間」
  • 働きやすさを伝えたいなら⇒「育児休業復帰率」や「リモートワーク実施率」

「何を開示するか」を選ぶプロセス自体が、自社が何を大切にしているかの再確認になります。

ステップ2:Webサイトに「ストーリー」と共に掲載する

開示場所は、自社コーポレートサイトの「採用情報」や「会社概要」ページの中に、1セクション追加するだけで十分です。 単に数字を羅列するのではなく、必ず経営者のメッセージ(ストーリー)を添えてください。

  • 課題がある数字の場合
    隠さずに、「現在は〇%という課題があるが、これを解決するために××という施策を導入し、3年後には△%を目指している」と記述します。この誠実さが信用になります。
  • 良い数字の場合
    「なぜこの数字が良いのか」という背景(組織風土や具体的な取り組み)を解説します。

データという「客観的事実」と、ストーリーという「熱量」がセットになることで、読み手の納得感が最大化されます。

ステップ3:社内への共有でインナーブランディングにつなげる

対外的な開示は、実は社内への強力なメッセージにもなります。「会社は本気で働きやすい環境を作ろうとしている」「自分たちのことを大切に考えてくれている」という姿勢を公表することで、既存社員のロイヤリティ(帰属意識)が向上します。 「うちの会社、Webサイトでこんなことを宣言しているよ」と社員が家族や友人に誇らしく語れるような開示を目指しましょう。

透明性が競争力を生む

情報は隠すものではなく、活用するものです。自社の課題も含めてオープンにし、改善に向けた努力を発信できる企業は、誠実で信頼できる企業として評価されます。

「人的資本経営に取り組んでいる」と口頭で言うのは簡単ですが、それをデータとして開示する覚悟を持つ企業はまだ多くありません。だからこそ、今取り組むことで「先進的な企業」「透明性の高い企業」としてのブランドを確立できるチャンスがあります。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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