5年後、貴社を支える「スキル」は何か?
「5年後、10年後、我々の主力事業を支えているのは、どのようなスキルを持った人材なのだろうか?」
「AIや自動化が進む中で、人間にしかできない仕事、生み出せない価値とは一体何なのか?」
経営者であれば、一度ならずこうした根源的な問いを自らに投げかけたことがあるのではないでしょうか。ほんの数年前まで、これほど多くのビジネスパーソンが日常的に「プロンプトエンジニアリング」を意識し、自律的にタスクを処理するAIエージェントの登場を現実のものとして捉えていたでしょうか。
2025年8月現在、私たちは生成AIの進化がもたらす、不可逆的な変化の渦中にいます。これは単なる業務効率化のツールではありません。ビジネスの前提、仕事の進め方、そして人に求められる能力の定義そのものを根底から覆す、巨大なパラダイムシフトです。
このような予測不能な時代において、企業が持続的に成長するための鍵は、間違いなく「人材」です。しかし、その「人材」に求めるべき「スキル」の中身は、かつてないスピードで変化し、陳腐化していきます。
本コラムでは、こうした時代認識を前提に、スキルベース型人事制度という新しい概念を、未来を構想するための「組織OS」としていかに進化させていくべきか、考察していきます。
*スキルベース型人事制度について知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。
静的な「スキル管理」から、「動的な人材ポートフォリオ」の構築へ
DX時代における人材戦略の本当の難しさは、「特定のスキル(例:データサイエンス)を持つ人材の不足」といった短期的な課題への対応だけではありません。より本質的な課題は、「今はまだ存在しない事業や職務に、将来対応できる能力を、いかに組織として育んでいくか」という、未来への適応力そのものにあると考えられます。
この課題に対する最も有効なアプローチが、「動的な人材ポートフォリオ」を構築・運用するという考え方です。人材ポートフォリオとは、企業の事業戦略を実現するために必要な人材の集合体を指します。そして「動的」とは、このポートフォリオが固定されたものではなく、事業戦略の変化や市場の動きに合わせて、常に最適な状態に入れ替え・更新され続けることを意味します。
- スキルの陳腐化と獲得
ある事業で必要とされたスキルが、技術革新によって急速に陳腐化する。一方で、新たなビジネスチャンスを掴むためには、全く新しいスキルセットが必要になる。 - 人材の流動化
終身雇用が前提でなくなったことで、必要なスキルを持つ人材を外部から獲得するだけでなく、社内の人材が新たなスキルを学び(リスキリング)、より価値の高い役割へと自律的に移動していくことが必要になる。
このような絶え間ない変化に対応し、常に最適な人材ポートフォリオを維持するためには、「静的なスキル管理」の考え方では限界があります。そこで求められるのが、スキルベース型人事制度を、この「動的な人材ポートフォリオ」を構築・運用するための戦略的エンジンとして進化させるという発想です。
進化したスキルベース型人事制度は、以下の機能を果たすOS(オペレーティングシステム)として機能します。
- 現在地の可視化(As-Is)
個々の従業員が持つスキルをデータとして蓄積し、「現在の人材ポートフォリオ」を客観的に把握する。 - 未来とのギャップ分析(To-Be)
経営戦略に基づいて「未来のあるべきポートフォリオ」を描き、現在地とのギャップを特定する。 - ギャップを埋めるための打ち手
そのギャップを埋めるための具体的なアクション(戦略的採用、ターゲットを定めた育成、データに基づいた配置転換)を迅速に実行する。
つまり、これは単にスキルを評価するだけの仕組みではありません。組織と個人がスキルという共通言語を通じて繋がり、事業戦略の変化に合わせて自律的に成長し、移動し、新たな価値を創造していくための、まさに「動的な仕組み」そのものなのです。
未来志向の「組織OS」を実装する3つの視点
では、この「動的な人材ポートフォリオ」を支えるOSとしてスキルベース型人事制度を構築するためには、どのような視点が必要でしょうか。
視点1:「スキル」の定義を拡張し、変化対応力そのものを組み込む
未来の事業に必要な専門スキルを予測することは困難です。そこで重要になるのが、どのような環境変化にも対応できる、ポータブルな基礎能力です。
- 定義すべきスキル
これからの制度では、特定の専門スキルに加えて、「認知的柔軟性」「クリティカルシンキング」「複雑な問題解決能力」といった、変化の時代にこそ価値を発揮するコンピテンシーを評価・育成の対象に加えるべきです。これらは、AIには代替されにくい、人間ならではの価値の源泉と言えるでしょう。 - 評価方法
これらの能力は、従来の知識テストでは測定困難です。具体的な業務行動を評価する「行動評価(コンピテンシー評価)」や、上司・同僚・部下など多角的な視点から評価する「360度評価」などを組み合わせ、多面的に個人の能力を捉える工夫が求められます。
視点2:データを活用し、「タレントマーケットプレイス」を構築する
動的なスキル創造・更新を実現するには、テクノロジーの活用が不可欠です。社内の人材データを一元化し、それを最大限に活かす仕組みを構築します。
- 社内タレントマーケットプレイス
これは、AIを活用して「社内にある仕事(プロジェクトやタスク)」と「従業員のスキル・経験・キャリア志向」を動的にマッチングさせる仕組みです。従業員は自律的にキャリア機会を探し、企業は事業に必要な人材を迅速に発掘・配置できます。これにより、人材のサイロ化を防ぎ、組織全体の知見を最大限に活用することが可能になります。 - 外部データとの連携
さらに、労働市場のスキル需要データや競合他社の採用動向といった外部データと自社のスキルデータを比較分析することで、自社のスキル戦略が市場の変化から乖離していないかを常に検証し、軌道修正を行っていくことが重要です。
視点3:アジャイルな人材配置を前提とし、キャリアパスを流動化する
事業環境の変化に迅速に対応するには、組織構造やキャリアの考え方そのものも変革する必要があります。
- アジャイル型組織への移行
従来の固定的な部署の壁を低くし、事業課題に応じて最適なスキルを持つ人材が集まり、解決すれば解散するような、プロジェクトベースの柔軟な組織運営が求められます。スキルベース型人事制度は、このようなアジャイルなチーム編成を円滑に行うための情報基盤となります。 - 多方向なキャリアパスの許容
キャリアパスはもはや、一つの部門で昇進していく直線的な「はしご(ラダー)」ではありません。専門性を深める道、関連領域に挑戦する道、マネジメントと専門職を柔軟に行き来する道など、従業員一人ひとりが自らの意志で、多方向のキャリアを築いていける、より柔軟な考え方が主流になります。
企業は、従業員がこうした多様なキャリアを自由に描き、挑戦できるよう、多様な学習機会と活躍の場を提供し続ける責務があります。
スキルベース型人事制度がもたらす変化への対応力
本コラムで論じてきた、未来を構想するための進化したスキルベース型人事制度。それはもはや、単なる人事管理ツールではありません。変化を脅威ではなく機会と捉え、組織と個人が共に学び、進化し続けるための「OS(オペレーティングシステム)」と呼ぶべきものです。
しかし、留意すべき最も重要な点があります。それは、いかに精巧なOSを設計し、導入したとしても、それだけで組織が自動的に変革されるわけではない、ということです。未来を創造するのは「制度」そのものではなく、その制度を活用する「人」に他なりません。
従業員一人ひとりが、自らのキャリアと向き合い、主体的にスキルを磨く意欲を持つこと。そして経営層や管理職は、その挑戦を全力で支援し、組織全体の学習と変革を粘り強く推進していくこと。この双方の継続的なコミットメントがあって初めて、スキルベース型人事制度は真の価値を発揮します。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。未来を見据えた動的な人材ポートフォリオの構築や、戦略的な要員計画の策定支援について、より具体的なご相談をご希望の場合は、お気軽にお問い合わせください。