「将来のキャリアが不安だ」その声、聞こえていますか?
「最近、若手や中堅社員との面談で、『このまま今の仕事を続けていて、将来大丈夫でしょうか』といったキャリア不安の声をよく聞くようになった」
「給与や待遇に大きな不満はなさそうなのに、『もっと成長できる環境を求めて』という理由で、優秀な人材が辞めていく…」
経営者や人事担当者の皆様は、こうした状況に直面していないでしょうか。
かつての日本企業のように、終身雇用と年功序列が前提であれば、従業員は会社にキャリアを「預ける」ことができました。しかし、現代のように変化が激しく、個人の「市場価値」が問われる時代において、従業員が企業に求めるものは「安定」から「成長」へと大きくシフトしています。
この「成長実感」への渇望に応えられない企業は、どれだけ手厚い福利厚生や高い給与を提示したとしても、優秀な人材を惹きつけ、留めておくことが難しくなっています。つまり、現代のリテンションマネジメントにおいて、従業員の「キャリア自律」をいかに支援できるかが、最も重要な論点の一つとなっているのです。
本コラムでは、なぜ「成長実感」がリテンションマネジメントの核となるのか、そして従業員のキャリア自律を促す具体的なアプローチについて考察します。
リテンションマネジメントのパラダイムシフト
リテンションマネジメントの考え方は、時代と共に変化しています。かつての「囲い込み型」から、現代の「自律支援型」へのパラダイムシフトが求められています。
旧来型:「囲い込み」のリテンションマネジメント
旧来型のリテンションマネジメントは、従業員を「会社の資産」として、いかに流出させずに「囲い込む」か、という発想に基づいています。
- 「他社では通用しない」スキル(社内固有のノウハウ)を習得させる。
- 高額な退職金や長期勤続を前提とした福利厚生(例:住宅ローン補助)で、転職の障壁を高くする。
しかし、こうした「囲い込み」策は、従業員の自律性や市場価値を損なう可能性があり、優秀な人材ほど早い段階で「見切り」をつけ、離脱してしまうリスクを孕んでいます。
現代型:「キャリア自律支援」のリテンションマネジメント
一方、現代において効果的とされるリテンションマネジメントは、全く逆のアプローチをとります。
それは、「他社でも通用するような優秀な人材に育てる。その上で、それでも『自社に留まりたい』と従業員自身に選ばれる企業になる」という発想です。
これを実現する鍵が、「キャリア自律」の支援です。キャリア自律とは、従業員が会社任せにするのではなく、自ら主体的に自身のキャリアを考え、必要なスキルや経験を習得していこうとする姿勢を指します。
企業が従業員のキャリア自律を積極的に支援し、「この会社にいれば、自分の市場価値が高まる(=成長できる)」という実感を提供し続けること。それこそが、現代における最も強固なリテンションマネジメントであると考えられます。
「スキルの可視化」が成長の地図になる
私たちは、この「キャリア自律」と「成長実感」を具体的に支援する仕組みとして、「スキルの可視化」が極めて重要であると考えています。
「成長」とは、曖昧な精神論ではなく、「具体的なスキルの習得」として定義されるべきです。
- 自社の経営戦略を実現するために、どのようなスキルが(どのレベルで)必要なのか?
- 従業員は今、どのスキルを保有しているのか?
- 目指すキャリアに必要なスキルと、現状とのギャップは何か?
- そのギャップを埋めるために、どのような研修やOJT、挑戦的な機会が用意されているのか?
こうした「スキルベース」でのキャリアの「地図」を企業が明確に示すこと。そして、従業員がその地図の上で、自らの成長の「現在地」と「目的地」を把握できるように支援すること。この「地図」の有無こそが、従業員が「成長実感」を持ち、リテンションマネジメントが機能するか否かを分ける、本質的な分岐点であると私たちは捉えています。
スキルベースの人事制度や体系的な研修プログラムの整備は、まさにこの「地図」を提供する、リテンションマネジメントの根幹的な施策と言えるでしょう。
「成長実感」を醸成するリテンションマネジメントの実践
従業員のキャリア自律を促し、「成長実感」というリテンションマネジメントのドライバーを機能させるために、企業は具体的に何に取り組むべきでしょうか。
実践1:「スキル」を可視化し、共通言語化する
前述の通り、まずは「スキル」を定義し、可視化することが出発点です。ただし、ここで「完璧なスキル定義の罠」に陥らないことが重要です。
スキルの可視化は確かに重要ですが、実際に全職種のスキルを精緻に定義し、マップ化しようとすると、膨大な労力と時間を要します。そのため、多くの企業が、完成する前に力尽きるか、完成した頃には事業環境が変わり陳腐化している、という失敗に陥ります。
現実的なリテンションマネジメントの実践としては、以下の「アジャイルなアプローチ」を推奨します。
- 「重要ポスト」から始める
全社員分を一気に作るのではなく、事業戦略上特に重要な「キーポジション」や、離職リスクが高い「若手ハイレイヤー層」に絞ってスキル定義を行います。 - 「粗い粒度」で運用を回す
最初から100点満点の定義を目指さず、60点の精度でも良いので運用(評価とフィードバック)を開始します。
重要なのは、完璧なスキル定義書を作ることではなく、上司と部下の間で「このスキルが足りないから、次はこういう経験を積もう」という「対話」が生まれることです。この対話こそが、リテンションに繋がります。
実践2:「キャリアパス」を多様化し、選択肢を示す
「成長」の道筋は、一つではありません。従来の単線的な「昇進・昇格」ルートだけでなく、多様なキャリアの選択肢を提示することが、リテンションマネジメントに繋がります。
- 専門職ルートの確立
マネジメント職だけでなく、高度な専門性を追求する「専門職(エキスパート)」としてのキャリアパスを制度化します。 - 社内公募制度の活性化
従業員が自ら手を挙げ、希望する部署やプロジェクトに異動できる機会を設けることで、主体的なキャリア形成を支援します。これは、リテンションマネジメントにおける「配置の最適化」にも寄与します。
実践3:「対話(1on1)」の質を高め、キャリアに伴走する
制度や仕組み(ハード)を整えるだけでは不十分です。それらを活用し、従業員のキャリアに伴走する上司の役割(ソフト)が、リテンションマネジメントの成否を分けます。
- 1on1ミーティングの目的の再定義
1on1を、単なる業務の進捗確認の場ではなく、「部下の中長期的なキャリアについて対話する場」として明確に位置づけます。 - 管理職へのコーチング研修
上司が部下のキャリアプランを「引き出す」ためのコーチングスキルや、適切なフィードバックスキルを習得するための研修を実施します。上司自身が、部下のリテンションマネジメントに責任を持つ、という意識を醸成することが重要です。
「成長」への投資こそが、最大のリテンションマネジメント
本コラムでは、「成長実感」と「キャリア自律」を軸とした、現代のリテンションマネジメントについて考察しました。
従業員を「囲い込む」時代は終わり、企業は従業員から「選ばれ続ける」努力を求められています。そして、その選択の最大の基準こそが、「この会社で、自分は成長できるか」という問いへの答えです。
従業員の「成長」に本気で投資し、キャリア自律を支援する仕組みを構築すること。それは、短期的にはコストや手間がかかるように見えるかもしれません。
しかし、長期的には、それが従業員のエンゲージメントと能力を最大限に引き出し、結果として企業の競争力を高め、持続的な成長を実現する、最も確実なリテンションマネジメント戦略であると、私たちは確信しています。
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