「良かれと思った改定が、なぜ…」失敗経験を未来の成功の糧へ
「鳴り物入りで始めた人事制度改定が、いつの間にか立ち消えになってしまった」
「制度は変わったが、現場の運用は旧態依然のままで、完全に形骸化している」
「一度失敗した経験から、社内に人事制度改定へのアレルギーが蔓延し、再挑戦に踏み切れない」
人事制度の重要性を認識し、その改定に挑んだにもかかわらず、志半ばで挫折してしまったという経験は、決して少なくないかもしれません。失敗の経験は組織にとって痛みを伴うものですが、その原因を正しく分析し、次の一手につなげることができれば、それは未来の成功に向けた貴重な学びとなります。
本コラムでは、多くの企業が直面しがちな典型的な失敗パターンと、その対策としてコトラが重要と考える実践的なアプローチについて、具体的にお伝えします。
人事制度改定を阻む「5つの壁」
人事制度改定のプロセスで多くの企業が直面する失敗は、いくつかのパターンに集約される傾向があります。ここでは、代表的な5つの失敗パターンを見ていきましょう。
失敗パターン1:目的が曖昧になる
「他社もジョブ型を導入しているから」「1on1が流行っているから」といった、手段の導入そのものが目的化してしまうケースです。自社の経営課題と結びついていないため、なぜ改定するのかという問いに誰も答えられません。例えば、「とりあえずジョブディスクリプションを作成したが、評価や報酬との連動があいまいで形骸化する」「目的不明確な1on1が管理職・部下双方の負担を増大させる」といった事態に陥ります。
制度の細部で意見が対立した際に立ち返るべき判断基準がなく議論は迷走し、従業員からは「また人事が何か始めた」と冷ややかに見られ、変革へのエネルギーが生まれないままプロジェクトは失速します。
失敗パターン2:経営層の関与が不足する
経営層が人事制度を「管理業務」と捉え、「戦略的投資」と認識していない場合に起こりがちです。「人事に任せた」というスタンスでは、プロジェクトは推進力を失います。例えば、部門間の利害対立(営業部門と管理部門の評価基準など)が発生した際、人事部だけでは調整が難航し、頓挫してしまいます。
経営トップの強いコミットメントとリーダーシップがなければ、結局は各部門の抵抗を乗り越えられず、骨抜きの当たり障りのない制度しかできません。これは、時間とリソースを浪費した末に「何も変えられなかった」という最も避けたい結果と言えるでしょう。
失敗パターン3:現場の意見が反映されない
「現場は忙しいだろうから」「専門家である人事が考えた方が早い」といった、人事側の善意の思い込みや拙速な判断が、致命的な結果を招くことがあります。
理想的と考えた評価システムが現場の業務実態と合わず、入力が煩雑で誰も使わなくなったり、新しい職種の実態を反映しておらず著しい不公平感を生んだりするケースは後を絶ちません。導入後に「こんな制度は使えない」と現場から総スカンを食らうだけでなく、従業員が制度の抜け穴を探し始め、意図しない歪んだ運用がなされるなど、組織の規律を損なう事態にまで発展しかねません。
失敗パターン4:コミュニケーションが不足する
「決定してから伝えればよい」「言わなくても分かるだろう」というコミュニケーションの軽視は、従業員の信頼を根底から覆します。
ある日突然、イントラネットで「来月から新人事制度を導入します」と一方的に告知された従業員はどう感じるでしょうか。「給料が下がるのではないか」「これはリストラの前触れか」といったネガティブな噂や憶測が瞬く間に広まり、組織は不安と不信感に包まれます。
これはエンゲージメントと生産性の著しい低下に直結し、優秀な人材ほど「この会社は従業員を大切にしない」と見切りをつけ、静かに去っていくという最悪のシナリオを招きます。
失敗パターン5:導入後の運用計画が不十分になる
プロジェクトチームが「新制度のリリース」をゴールと設定してしまい、燃え尽きてしまうパターンです。
しかし、真の挑戦は導入後に始まります。例えば、新制度の評価者である管理職へのトレーニングが不十分なまま運用を開始すると、評価基準の解釈が部署や個人によってバラバラになります。「A部長の下では評価が高いが、B部長の下では低い」といった不公平が生まれれば、従業員の不満は爆発し、制度への信頼は完全に失われます。
新制度が効果を発揮しないばかりか、以前より状況を悪化させ、「人事制度改定は失敗だった」という大きな負の遺産だけが組織に残ることになります。
失敗を回避するための5つの実践的アプローチ
では、これらの失敗を回避し、人事制度改定を成功に導くためには、どのようなアプローチが有効なのでしょうか。それぞれの失敗パターンに対応する、具体的な対策を提示します。
アプローチ1:「Why」から始める目的設定
これは「失敗パターン1:目的が曖昧になる」を回避するための、最も重要な初期動作です。手段の議論から始めるのではなく、経営層、事業責任者、人事が集まり、「なぜ改定するのか」を徹底的に突き詰めます。
- 「改定憲章」の策定
自社の経営戦略と接続し、「この改定を通じて何を達成し、何を大切にし、何を変えないか」を明記したドキュメントを作成します。これが、プロジェクト全体を通して判断に迷った際の基盤となります。 - 理想像の共有
「3年後、この制度を通じて会社と社員はどのような状態になっていたいのか」という理想像を具体的に描き、関係者間で確固たる共通認識を築きます。
アプローチ2:経営トップによるオーナーシップの発揮
これは「失敗パターン2:経営層の関与が不足する」を防ぐためのアプローチです。人事制度改定は人事マターではなく、経営マターそのものです。
- 「責任者」としての役割遂行
経営トップは単なる承認者ではなく、プロジェクトの顔として改定の意義を社内に繰り返し発信し、部門間の利害対立を調整し、必要なリソースを確保する責任者としての役割を明確に担います。 - 定例会議体での意思決定
定期的な進捗報告会を設け、経営トップが必ず出席します。そこで進捗を確認するだけでなく、課題に対する具体的な意思決定や次のアクションの指示をその場で行うことで、プロジェクトの推進力を担保します。
アプローチ3:現場を巻き込むプロセス設計
これは「失敗パターン3:現場の意見が反映されない」ことを防ぐためのアプローチです。現場を「説得する対象」ではなく「共に創るパートナー」としてプロセスに組み込みます。
- 多様なメンバーによるプロジェクトチーム
各部門からエース級の人材を公募または推薦で選出し、プロジェクトチームに参加してもらいます。彼らには、部門の意見集約や情報伝達役といった明確な役割を与え、当事者意識を高めます。 - パイロットテスト(試行導入)
全社展開の前に特定の部署で新制度を試行導入し、現場のリアルなフィードバック(「この評価項目は分かりにくい」「運用負荷が高い」など)を収集し、本格導入前に制度を改善します。
アプローチ4:意図的で継続的なコミュニケーション
これは「失敗パターン4:コミュニケーションが不足する」という致命的な問題を回避するためのアプローチです。誰に、何を、いつ、どのように伝えるかを戦略的に計画し、実行します。
- コミュニケーションプランの策定
改定の各フェーズにおいて、対象者(経営層、管理職、一般社員など)ごとに、伝えるべきメッセージ、使用するチャネル(全社集会、イントラネット、Q&Aサイトなど)、タイミングを詳細に設計します。 - 管理職との対話セッション
管理職を、経営・人事と現場とをつなぐ最も重要な橋渡し役と位置づけ、彼らが制度の背景や思想を深く理解し、自分の言葉で部下に説明できるようになるまで、少人数での対話セッションを繰り返し実施します。
アプローチ5:「導入後」から逆算した準備と改善
これは「失敗パターン5:導入後の運用計画が不十分になる」ことを防ぐためのアプローチです。制度のリリースをゴールとせず、その後の定着と改善の仕組みをあらかじめ構築します。
- 運用サポート体制の構築
評価者向けの詳細な運用マニュアルを作成すると同時に、制度に関する疑問や相談にいつでも応じられる人事ホットラインやヘルプデスクを設置し、導入後の混乱を最小限に抑えます。 - 効果検証と改善サイクルの制度化
改定目的に連動したKPI(エンゲージメントスコア、離職率など)を設定し、導入後にどう変化したかを定点観測します。そして導入後1年を目処に本格的な効果検証を行い、その結果に基づき改善計画を策定・実行する「PDCAサイクル」を回すことを制度運用に組み込みます。
失敗はデータである。次なる挑戦への一歩を
人事制度改定の失敗は、組織にとって痛みを伴いますが、決して無駄ではありません。そのプロセスで明らかになった課題や抵抗の根源は、自社の組織文化やコミュニケーションのあり方を見つめ直すための、極めて重要な「データ」です。
失敗の原因を直視し、それを乗り越えるための対策を一つひとつ実行していくこと。その誠実なプロセスこそが、形だけではない、血の通った人事制度を組織に根付かせ、企業の次なる成長を牽引する力となると考えられます。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の人事制度改定プロセスにおける課題分析や、再挑戦に向けたプロジェクト設計をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。