人的資本開示を次のステージへ導くピープルアナリティクス活用術

その人的資本開示、投資家は「読んで」いますか?

2023年3月期決算より、有価証券報告書における人的資本情報の記載が義務化されました。多くの企業が、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金格差といった指標の開示に対応されていることと存じます。しかし、ここで一つの問いが生まれます。

「その開示情報には、貴社の成長ストーリーは描かれているでしょうか?」

投資家が本当に知りたいのは、単なる数値そのものではありません。その数値の背景にある「戦略」、戦略を実行するための「指標」、そして具体的な目標である「目標」が一貫したストーリーとして語られているかどうかです。このストーリーに説得力を持たせる上で、極めて重要な役割を果たすのがピープルアナリティクスです。

本コラムでは、「守りの義務対応」に留まりがちな人的資本開示を、ピープルアナリティクスによって「攻めの企業価値向上」へと転換するアプローチについて論じます。

なぜ「開示のための開示」では意味がないのか

人的資本開示の本質は、人材戦略が経営戦略と深く結びつき、持続的な企業価値創造に貢献していることを、客観的なデータを用いてステークホルダーに説明することにあります。しかし、現状は「他社が開示しているから」「義務だから」という理由で、数値をただ並べるだけの開示に留まっているケースが散見されます。

このような「ナラティブ(物語)のない開示」は、投資家から評価されにくいという傾向があります。なぜなら、そこに企業の独自性や未来への展望が見えないからです。例えば、単に「女性管理職比率15%」と開示するだけでは不十分です。

コトラが重要だと考えるのは、その背景にある戦略的な文脈です。

  • なぜ、女性管理職比率の向上を目指すのか?(例:多様な視点を取り入れ、イノベーションを創出するため)
  • 目標達成のために、どのような施策を講じているのか?(例:女性リーダー育成プログラムの実施、アンコンシャスバイアス研修の導入)
  • 施策の効果を、どのように測定しているのか?

これらの問いに答える鍵こそが、ピープルアナリティクスなのです。ピープルアナリティクスを用いることで、施策と成果の因果関係をデータで示すことが可能になり、開示情報に厚みと信頼性が生まれます。

ピープルアナリティクスが開示を「戦略的ナラティブ」に変える

ピープルアナリティクスは、人的資本に関する様々なファクトを明らかにし、それらを戦略的な文脈で結びつける強力なツールです。具体的に、開示情報の価値をどのように高めることができるのか、いくつかの側面から見ていきましょう。

1. 人材戦略の妥当性をデータで裏付ける

例えば、「リスキリングへの投資」を開示項目として選んだとします。その際、ピープルアナリティクスを活用すれば、「特定のデジタルスキルを習得した従業員は、新規事業領域での生産性がXX%高い」といった分析が可能になります。

これは、リスキリングという投資が、企業の成長戦略にどう貢献しているかを具体的に示す強力なエビデンスとなり、戦略の妥当性を補強します。

2. 人材ポートフォリオの最適化プロセスを示す

将来の事業戦略を実現するために、どのようなスキルや経験を持つ人材が、どの程度必要になるのか。ピープルアナリティクスは、この「To-Be(あるべき姿)」と「As-Is(現状)」のギャップを定量的に可視化します。

このギャップ分析の結果と、それを埋めるための採用・育成計画を開示情報に盛り込むことで、経営戦略と人事戦略の連動性を明確に示すことができます。これは、投資家に対して、企業が将来の変化に備えて計画的に手を打っているという安心感を与えるでしょう。

3. ISO30414等の国際基準に対応した精緻なレポーティング

人的資本開示の国際的なガイドラインであるISO30414では、生産性、ダイバーシティ、リーダーシップなど11の領域にわたる指標が示されています。これらの指標を継続的に測定・分析し、改善のプロセスを報告するためには、ピープルアナリティクスの仕組みが不可欠です。体系的なデータ管理と分析基盤を構築することは、グローバルな投資家からの信頼を獲得する上でも重要な意味を持ちます。

ピープルアナリティクスを駆使した人的資本開示とは、いわば企業の「健康診断書」を、詳細なデータと医師(経営者)の見解付きで提出するようなものです。単なる数値の報告ではなく、現状の診断、将来のリスク、そして健康を維持・向上させるための処方箋までを示すことで、その価値は何倍にも高まるのです。

データが語る成長ストーリーこそが最強のIR戦略

人的資本開示は、単なるコンプライアンス対応ではありません。自社の人材戦略の優位性と独自性を、客観的なデータに基づいて社内外に発信する絶好の機会です。ピープルアナリティクスを用いて人材戦略と経営戦略の連動性をデータで具体的に示すことは、企業の成長性や持続可能性をステークホルダーに伝え、深い理解と信頼を構築する上で不可欠と言えるでしょう。

データに基づいた説得力のあるナラティブを構築し、人的資本を企業価値向上の源泉として語ること。それこそが、これからの時代に求められるIR戦略の核心であり、ピープルアナリティクスがその実現を力強く後押ししてくれます。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人的資本開示の高度化や、そのためのピープルアナリティクス活用に関するご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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