なぜ、期待した人材が早期に離職してしまうのでしょうか?
「コストをかけて採用した優秀な人材が、数ヶ月で辞めてしまった」
「入社当初は意欲的だったのに、次第にパフォーマンスが低下している」
多くの経営者や人事担当者の皆様が、こうした「早期離職」の問題に頭を悩ませているのではないでしょうか。厚生労働省の調査「新規学卒就職者の離職状況」でも、新卒の3人に1人が3年以内に離職する傾向が示されていますが、これは新卒に限らず、中途採用市場においても深刻な課題となっています。
この背景には、単に個人の適性や労働条件の問題だけではなく、企業側の「受け入れ体制」、すなわちオンボーディングのプロセスに根深い課題が潜んでいるケースが多く見受けられます。
本コラムでは、なぜ従来のオンボーディングでは早期離職を防げないのか、その本質的な課題を深掘りし、人材が真に定着し活躍するための戦略的なオンボーディングのあり方について考察します。
早期離職を引き起こすオンボーディングの3つの「落とし穴」
多くの企業で実施されているオンボーディングは、残念ながら「手続き」や「初期研修」に終始してしまいがちです。しかし、入社者が直面する現実はもっと複雑であり、既存のプロセスでは対応しきれない「落とし穴」が存在すると考えられます。
落とし穴1:期待値のズレ(リアリティ・ショック)の放置
入社前に抱いていた期待と、入社後の現実(業務内容、裁量、組織文化など)とのギャップ、いわゆる「リアリティ・ショック」は、多かれ少なかれ発生するものです。
問題は、このズレを放置してしまうことにあります。 面接時にはポジティブな側面が強調されがちですが、入社後に直面する地道な業務や、組織特有の「暗黙のルール」に戸惑い、モチベーションが低下するケースは少なくありません。オンボーディングの初期段階で、こうしたギャップを早期に検知し、すり合わせる仕組みがなければ、不信感や失望感が募り、離職の引き金となり得ます。
落とし穴2:組織内における「関係性の孤立」
業務スキルは高くても、組織内で信頼できる人間関係を築けなければ、パフォーマンスの発揮は困難になります。特に中途採用者は、即戦力としての期待が高い反面、既存のコミュニティに溶け込むまでに時間がかかる場合があります。
- 相談できる相手がいない
- 部署間の連携が取りづらい
- 上司とのコミュニケーションが不足している
こうした「関係性の孤立」は、業務上の困難を増幅させ、組織への帰属意識を低下させます。従来のオンボーディングが、OJT担当者任せになっていたり、部署内での交流に限定されていたりすると、この問題はより深刻化する傾向があります。
落とし穴3:「文化的適応」の軽視
多くのオンボーディングプログラムは、「業務スキル」の習得に重点が置かれています。しかし、それ以上に重要なのが、その企業独自の価値観や行動規範、すなわち企業文化への適応です。
「成果至上主義なのか、プロセス重視なのか」
「挑戦を推奨する文化か、失敗を許容しない文化か」
こうした文化的な側面に馴染めないことは、本人にとっても組織にとっても不幸な結果を招きます。採用段階でいかにスキルがマッチしていても、組織文化とのミスマッチは、エンゲージメントの低下と早期離職の強力な要因となると考えられます。
人材定着を実現する「戦略的オンボーディング」への転換
早期離職を防ぎ、人材に長く活躍してもらうためには、これまでのオンボーディングを「単なる受け入れプロセス」から「戦略的な定着・活躍支援プロセス」へと転換する必要があります。
視点1:採用プロセスとの一貫性を持つ
オンボーディングは、入社日(Day1)から始まるのではありません。採用選考の段階から始まっています。 例えば、採用面接において構造化面接(あらかじめ評価基準や質問項目を定め、一貫したプロセスで候補者を評価する面接手法)のような手法を用い、候補者の価値観やコンピテンシーを客観的に評価すると同時に、良い面も課題も含めた自社のリアルな情報を誠実に開示することが重要です。
これにより、入社前の期待値のズレを最小限に抑えることができます。さらに、面接で得られた「候補者が重視する価値観」や「懸念している点」といった情報を、入社後のオンボーディング担当者や配属先上司に引き継ぎ、きめ細やかなフォローに活かすことが、スムーズな適応を強力に後押しします。
視点2:パルスサーベイによる早期検知
入社者の不安やギャップは、表面化しにくいものです。本人が「言い出しにくい」と感じているうちに、問題が深刻化するケースも少なくありません。
そこで有効なのが、オンボーディング期間中に特化した「パルスサーベイ(短期・高頻度の意識調査)」の活用です。
- 入社1週目、1ヶ月後、3ヶ月後など、定点的にコンディションを測定する。
- 「業務内容の理解度」「人間関係の構築状況」「上司のサポート」といった項目に加え、「組織の価値観への共感度」なども含める。
これにより、個々の入社者が抱える課題をデータに基づいて早期に検知し、人事や上司がタイムリーに介入・支援することが可能になります。これは、感覚的なOJTに頼るのではなく、客観的な事実に基づいたオンボーディングを実現するための鍵となります。
視点3:「対話」を中心とした能動的な適応支援
最終的に、入社者が組織に適応できるかどうかは、周囲との「対話の質と量」に大きく左右されます。
- 上司との1on1ミーティング
業務の進捗確認だけでなく、キャリアへの期待、感じている不安や戸惑いなどを率直に話し合える場を定期的に設けることが不可欠です。 - メンター制度の活用
業務ラインとは別の、利害関係のない先輩社員(メンター)が、精神的なサポートや社内ネットワーク構築の橋渡し役を担うことも有効です。 - 部署横断の交流機会
同期入社者や他部署のメンバーとの交流を意図的に設計し、社内における「関係性の資本」を築く支援を行います。
これらの対話を通じて、入社者は自身の役割を再確認し、組織文化への理解を深め、自ら課題を乗り越えていく力を養うことができると考えられます。
オンボーディングは「定着」への第一歩
早期離職は、企業にとって大きな損失であると同時に、人的資本経営の観点からも重大な課題です。優秀な人材を惹きつけ、採用する努力と同様に、あるいはそれ以上に、入社した人材が組織にしっかりと根付き、その能力を最大限に発揮できる環境を整えることが求められています。
本コラムで述べたように、オンボーディングを「採用」と「定着」を繋ぐ戦略的なプロセスとして再設計し、入社者が直面する「期待値のズレ」「関係性の孤立」「文化的適応」といった課題に真摯に向き合うことこそが、早期離職を防ぎ、企業の持続的な成長を支える基盤となると言えるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




