厚生労働省の「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下、労働施策総合推進法)が改正されました。これにより企業の「中途採用比率の公表」について、2021年4月1日から義務化の運用が開始されます。
本記事では、中途採用比率の公表義務化に至った経緯と企業に求められる対応をお伝えいたします。
中途採用比率の公表義務化に至った経緯
「労働施策総合推進法」の改正自体は2020年に実施されましたが、同法律の第27条2の「中途採用比率の公表」については2021年4月からの実施となっています。(労働市場における「中途採用」の状況については、厚生労働省から公表されているこちらの資料で詳しく結果が出されていますので、ご興味のある方はご参照下さい。)
この第27条の「中途採用比率の公表」は以下の経緯で成立に至りました。
・「成長戦略実行計画」(2019 年 6 月 21 日閣議決定)
→労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会決定 ( 2019 年12月 25 日)
→「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(2020年3月31日決議、同法第27条2「中途採用比率の公表」については2021年4月1日より施行)
→同法のガイドライン公表(2020年12月28日官報に掲載)
「中途採用比率の公表」を義務化する意図とは?
第27条2の「中途採用比率の公表」ですが、( )や但し書きが多用され、別途定めるとしている部分もあり、条文のみからはその意図を汲み取ることは非常に難しく、理解のためには労働審議会部会の決定まで遡る必要があります。
Ⅱ.中途採用に関する情報公表について
※労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会決定より一部抜粋
中途採用に関する情報の公表により、職場情報を一層見える化し、中途採用を希望する労働者と企業のマッチングをさらに促進することが必要である。
1 企業規模について
情報公表を求める対象は、中小企業の中途採用が既に活発であることや中小企業への負担を踏まえ、労働者数 301 人以上の大企業についてのみ義務とすることが適当である。
2 公表項目について
情報公表を求める項目については、正規雇用労働者の採用者数に占める正規雇用労働者の中途採用者数の割合とすることが適当である。
また、経年的に企業における中途採用実績の変化を把握するため、直近3事業年度の割合を公表することが適当である。
3 公表方法について
情報公表の方法については、企業のホームページ等の利用などにより、求職者が容易に閲覧できる方法によることが適当である。
また、2020年12月28日付官報に「中途採用比率の公表についてのガイドライン」が掲載され、一部詳細につき補足されました。
同法第二十七条の二第一項の規定 による公表は、おおむね1年に1回以上、公表した日を明らかにして、直近の3事業年度について、インターネットの利用その他の方法により、求職者が容易に閲覧できるように行わなければならない。
官報 令和2年12月28日(本紙 第403号)
中途採用比率の公表に関する最新情報(2021/02/16)
本コラムで解説しております「中途採用比率の公表」につきまして、厚生労働省より最新情報が公開されました。
【資料1】リーフレット:正規雇用労働者の中途採用比率の公表の概要
【資料2】正規雇用労働者の中途採用比率の公表Q&A
資料1につきましては、制度概要のリーフレット。資料2については、運用上の詳細なQ&Aとなっております。特に企業の人事部様など、中途採用比率公表の実務に関わる方々はご一読頂くことをお勧めいたします。
なお、資料2のQ&Aをご覧頂くとわかりますが、中途採用比率の公表という開示項目ひとつをとっても、各企業間での比較が可能となるような基準を設定すると、様々な疑問点や運用上のルール決めなどが必要となってきます。
後述する情報開示のガイドライン「ISO30414」では全部で58項目の開示項目が定められておりますが、それぞれがこれと同様(もしくはそれ以上)の内容となっており、対応を進めるうえでは専門的な知識が必要となります。ISO30414対応にてご不明点等ございましたら弊社までお問い合わせ下さい。
公表する内容と対象企業
上記のような議論、法律改正を経て、下記内容が企業に課されることとなりました。
- 「令和3年4月1日より」
- 「従業員301人以上の企業」については、
- 「全正社員採用数(新卒含む)に対する中途採用正社員の割合※」を、
- 「少なくとも年1回」「過去3年分」を
- 「公表日を明示」し「インターネット上で公開する」こと
※正社員や中途社員の定義については同法27条2およびガイドラインで規定。
政府の狙い
政府の意図としては、企業の採用状況を透明化することにより企業側と求職者側のマッチング率を上げ、適切な人材配置によって会社の長期的成長を後押しすることにより、日本全体の経済成長を推進するという大きな経済目標があります。
経済成長を支える原動力は「人」である。劇的なイノベーションや若年世代の急減が見込まれる中、国民一人一人の能力発揮を促すためには、社会全体で人的資本への投資を加速し、高スキルの職に就ける構造を作り上げる必要がある。
「成長戦略実行計画(2019)」より一部抜粋
(中略)
終身雇用や年功序列を基盤とした日本型の雇用慣行を社会の変化に応じてモデルチェンジし、多様な採用や働き方を促す必要がある。
足元で進む新卒一括採用の在り方の見直しと同時並行的に、中途採用・経験者採用、あるいはキャリア採用と呼ばれている採用形態の拡大や、評価・報酬制度の見直しを促していく必要がある。
ここで重要なキーワードが2つ出てきます。「人的資本」と「多様な採用や働き方」です。
まさに今世界では「人的資本」に対する重要性が非常に注目されており、ISOによる国際標準化(ISO30414)や各国での法制度化が行われています。日本における今回の「中途採用情報公開」は、まさにこの世界的な時流のもとでの情報公開の一部であり、第一歩と言える重要な法制度化と言えるのです。
人的資本についての世界の状況
上述の通り現在世界では「人的資本」が注目を浴びています。その背景には、2015年に国連で採択され、現在では全世界で共通目標となっている「SDGs」があります。
人や企業の「持続的成長」(Sustainable Development Goals)が最も重視される世の中にあって、企業が持続的に成長するため最も重要なものは「人」であるということが近年世界の共通認識となっています。
アメリカの状況
アメリカでは2020年11月より、SEC(全米証券取引委員会)によって、アメリカの全ての上場企業に対して「人的資本」の情報公開が義務付けられました。
主に投資家からの要望で成立した制度ですが、その企業に属する「人的資本」について、定性的な内容も含め、アニュアルレポートにより株式市場を通じて多様なデータの公表が義務付けられています。
欧州の状況
欧州においては、主に企業を主体とした動きが目立ちます。例えばドイツ銀行は人的資本の公開を積極的に進めている企業のひとつで、2013年より、人的資本のみに焦点を当てた年次報告書「Human Resource Report」を開示しています。2013年版では、ダイバーシティや教育などを中心に全37ページで始まり、年々その質や量の発展を重ね、2019年版ではエンゲージメント、ダイバーシティ、リーダーシップ、障碍者雇用率、採用戦略、教育手法、昇進状況、育児休暇後の職場復帰率に至るまで、全56ページに渡り非常に詳細な人事データが公表されています。
もともとESGへの意識が高く、積極的に開示を行っている企業が多い欧州において、ドイツ銀行の取組は他の金融機関、企業にも大きく影響を与え、今では欧州は人的資本公開について先進的な地域となっています。
日本の状況
日本における動向としては、2021年3月とされているコーポレートガバナンスコードの改訂において、「社外取締役の割合」「管理職における男女比の割合」などの多様性についての公表が義務付けられると予想されております。これにより日本の上場企業においては、「中途採用比率」とともにこれらの人的資本に関する公表も行うことが義務付けられます。
アメリカでは投資家から、欧州では企業から、日本では政府からと起点は異なりますが、目指すところは同じで、「企業の持続的成長を達成するために、企業の人材活用状況を透明化する(=人的資本の公開)」ということで、これが昨今の全世界的な流れとなっています。
コーポレートガバナンス・コードの改定についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
関連記事:【2021年】コーポレートガバナンス・コード改訂のポイント 〜「独立社外取締役」と「サステナビリティ」が重要テーマに〜
大企業だけでなく中小企業も義務化の可能性がある
話を厚生労働省の「中途採用比率」の法律に戻します。
第27条2についての説明は冒頭で致しましたが、この条文には続きがあります。
2 国は、事業主による前項に規定する割合その他の中途採用に関する情報の自主的な公表が促進されるよう、必要な支援を行うものとする。
これは何を意味するかと言うと、理解するにはやはり元となる審議会決定を参照する必要があります。
大企業については、法的義務を求める項目以外にも自主的な公表が進むよう、中高年齢者、就職氷河期世代の中途採用比率等といった定量的な情報、中途採用に関する企業の考え方、中途採用後のキャリアパス・人材育成・処遇等といった定性的な情報の公表を支援することが適当である。
※労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会決定より一部抜粋
また、中小企業についても、大企業に法的義務を求める項目と併せて他の情報の公表が自主的に進むよう、支援を行うことが適当である。
つまり、法律で明記した公表項目は「中途採用比率」のみであるが、国は大企業に対してはその他定性的な項目の公表も促進すべく「支援」して行く(求めていく)ということ、また、中小企業に対しても程度は別として大企業と同様のものを「支援」していく、ということが暗に示されている条文と理解できます。
今後も法律やガイドラインなどの改正や追加によって企業に対する様々な情報公開が求められていくことが予想されます。
【備考】情報公開のガイドライン「ISO30414」
世界的に進む人的資本の公開についてですが、「中途採用比率の公表」のようにその公表項目の詳細が法的義務によって定められているケースというのは実はほとんどありません。先述したアメリカでの上場企業に課せられている情報公開にについても、その項目の選定から計算方法、目標値の設定に至るまで全て企業側の裁量に任されています。上記の第27条2-2についても同様です。
このような状況下で、情報の発信側(企業)にとっても受け取り側(投資家や労働者)にとっても有益なガイドラインとなるのがISO30414です。
ISO30414では11領域58項目の詳細公表項目が規定されており、企業側はこれに沿った報告を行うことで、上述のSECの義務化要求にも対応する報告を作成することが可能となっています。2022年4月とされている東証プライム市場開設にあたっても、企業に対して要求される一段高い、国際的なガバナンスへの対応方法として、国際標準であるISO規格が採用されていくことは非常に自然な流れです。
ISO30414については下記の記事で詳細に記載しています。
関連記事:ISO30414が注目される理由とは?企業への影響についても解説