はじめに
日本企業は今、急速に変化する労働市場に対応するための新しい人事制度を模索しています。その一つがジョブ型人事制度です。
従来のメンバーシップ型人事制度は、一括採用や年功序列を前提とした長期雇用が基本でしたが、グローバル化、テクノロジーの進展、そして労働市場の多様化により、多くの伝統的な日本企業が限界を感じ始めています。
2024年8月28日に内閣官房から公開された「ジョブ型人事指針」は、2023年4月から2024年7月までの全10回にわたって開催された、「三位一体労働市場改革分科会」の議論をもとに策定されています。
この分科会では、労働市場改革を通じて日本企業の競争力を高め、より効果的な人材活用を促進するための議論が行われれ、「個々の職務に応じて必要となるスキルを設定し、スキルギャップの克服に向けて、従業員が上司と相談をしつつ、自ら職務やリ・スキリングの内容を選択していくジョブ型人事に移行する必要がある」と結論づけられました。
本コラムでは、ジョブ型人事制度とメンバーシップ型人事制度の比較をした上で、日本企業がどのようにジョブ型を取り入れるのか、4つのパターンに分けて、「ジョブ型人事指針」から事例を引用しつつ解説します。
ジョブ型人事制度とメンバーシップ型人事制度の比較
メンバーシップ型人事制度
メンバーシップ型は、従業員を長期的に雇用し、企業が主導してキャリアを形成する制度です。新卒一括採用や年功序列が特徴で、職務範囲は広く、異動は会社主導。社員はさまざまな業務に携わり、柔軟な対応が求められますが、専門性が育ちにくく、外部市場での競争力は限定的です。
ジョブ型人事制度
ジョブ型は、職務に基づいて採用・評価を行う制度で、専門性を重視します。職務ごとにスキルや役割が明確で、社員は自らキャリアを選択します。市場価値に基づく報酬や、外部労働市場との連動性が高く、即戦力となる人材確保に適していますが、柔軟性に欠ける部分もあります。
日本企業におけるジョブ型人事制度導入のパターンと事例
コーンフェリーによると、日本企業のジョブ型人事の取り入れ方は4パターンに類型されます。
本コラムでは、「ジョブ型人事指針」に挙げられている企業の事例と併せて解説します。
パターンA
- 一定職以上にジョブ型を導入。
- 例えば管理職以上にジョブ型を導入し、一般社員には従来通りのメンバーシップ型を適用。
- 新卒一括採用を継続する場合に相性が良く、一方で一般社員段階からのキャリア自律志向の醸成が肝となります。
オムロン株式会社
同社は2012年に経営基幹職(管理職及びスペシャリスト)、そして2015年に主査(非管理職の係長級)に対して、職務の役割・責任に応じた評価・報酬制度を導入しています。
一方で、新卒入社後3~5年の主査未満の社員には、ジョブ型人事は導入していません。これは、最初の数年間は、色々な仕事を経験し、自分の強み・やりたいことを見つけていく段階にあるとしています。
中外製薬株式会社
同社は2020年より、管理職以上にジョブ型の「職務等級制度」を導入し、一方で、非管理職は「役割等級制度」を維持しています。
同社のジョブ型人事は、職務に従事する社員の要件を厳格に定義した上で、高い専門性が求められる難易度の高い職務を担う人材を育成することを重視しています。
非管理職は育成の観点から、柔軟な職務のアサインを重視しており、現状では職務等級制度の対象とはせず、役割に応じた等級制度を導入しています。
パターンB
- 一部の組織、職種にジョブ型を導入。
- 例えばIT部門にジョブ型を導入し、営業部門、管理部門には従来通りのメンバーシップ型を適用。
- 労働市場の形成状況を反映しやすく、一方でジョブ型⇔メンバーシップ型をまたぐ異動の難易度が高いと言えます。
ソニーグループ株式会社
同社は「ジョブグレード制度」を、ソニーグループ株式会社、ソニー株式会社、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社の3社と、そのグループ会社に所属する約5万人を対象に、管理職と非管理職で区別せず、全社的に導入しています。
一方で、ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画を担う事業会社は、アメリカに本社を置き、既にジョブ型人事制度が導入されていたことを踏まえ、別の人事制度としています。
三菱UFJ信託銀行株式会社
同社は2021年4月から、ファンドマネージャーだけを対象として職務給のみの報酬体系を導入し、2023 年4月からは定年後の再雇用者にも導入しました。
そして、2024年4月からは、事業部門から希望が強い、具体的には「外部提携運用」、「サイバーセキュリティー」、「データサイエンティスト」、「ビジネスアーキテクト」の領域に、第一弾として「プロフェッショナルジョブ人事制度」を適用しています。
パターンC
- 高度専門人材にジョブ型を導入するパターン。
- 例えば中途採用者を中心とする高度専門人材にジョブ型を導入し、その他は従来通りのメンバーシップ型を適用。
- タイプBと同様に労働市場の形成状況を反映しやすく、一方で同じ組織体にジョブ型とメンバーシップ型の人材が併存するため、マネジメントの難易度が高いと言えます。
富士通株式会社
同社はパターンC、Dの併用型と言えます。
既に管理職だけでなく非管理職にジョブ型を導入し、2026年4月入社者からは、入社時からのジョブ型適用を開始します。
それに加えて、中長期的に同社のビジネス拡大に向けて重要で、かつ市場価値が急騰している領域、例えばセキュリティ、データサイエンス、AI等の領域を対象に、市場価値に照らして魅力的な報酬を設定する「高度専門職系人材処遇制度」を適用しています。各領域で特に高いスキルを持っている社員を認定した上で、等級に基づく基本給に加えて、当該領域のスキル・専門性の高さに応じて一定額を加算する仕組みとしています。
ENEOS株式会社
同社は現状、パターンA、Cの併用型と言えます。
既に同社と同社の持株会社であるENEOSホールディングス株式会社の管理職、そして60歳以上のシニア社員にジョブ型を導入しています。
それに加えて、即戦力人材を確保するために、高度専門人材、具体的には高度なITスキルの保有者や法務・プロジェクトマネジメントの専門家に対しては、市場価値に応じて処遇を設定できるコースを別途新設し、通常の等級における報酬区分にあてはまらない処遇を適用しています。
パターンD
- 全社員にジョブ型を導入。
- 新卒採用時からの職種別採用が前提となるため、移行の負担が大きいものの、全社の人事制度に一貫性を持たせることができます。
株式会社レゾナック・ホールディングス
同社は2023年1 月の事業統合に伴う「レゾナック」への商号変更と同時に、全社でジョブ型を導入しました。
株式会社リコー
同社は2022年4月、国内グループ企業の管理職・非管理職に対して、一斉にジョブ型人事を導入しました。人材マネジメントの在り方を変革するにあたって、制度は一貫性を持たせる必要があると考え、導入範囲を管理職のみに限定せず、全社に導入したとのことです。
おわりに
日本企業におけるジョブ型人事の導入は、企業ごとの経営戦略や組織文化に応じてさまざまな形で進められています。
管理職から導入し、段階的に全社的に導入する企業もあれば、特定職種に絞った部分的な導入を選択する企業もあります。ジョブ型とメンバーシップ型をどのようにバランスよく取り入れるかが、今後の人材活用の鍵となるでしょう。
本コラムでは特に、各社のジョブ型制度の導入範囲に焦点を当てて事例を紹介しましたが、「ジョブ型人事指針」では、ⅰ)制度の導入目的、経営戦略上の位置付け、ⅱ)導入範囲、等級制度、報酬制度、評価制度等の制度の骨格、ⅲ)採用、人事異動、キャリア自律支援、等級の変更等の雇用管理制度、ⅳ)人事部と各部署の権限分掌の内容、ⅴ)労使コミュニケーション等の導入プロセスの共通したフォーマットで、20社の事例が解説されています。
「ジョブ型人事指針」を参考に、自社のスタイルに合った導入方法を検討してみてはいかがでしょうか。
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