『人材版伊藤レポート2.0』が示す価値創造への道筋
「人的資本に関する取り組みが、人事部門の活動報告で終わってしまっている」
「CHRO(最高人事責任者)を設置してはいるものの、その役割が従来の『人事部長』の延長線上に留まっている」
経営戦略と人事戦略が分断され、人的資本への投資が企業価値の向上にどう結びついているのか、誰にも説明できない。これは、人的資本経営を推進しようとする多くの企業が直面する、共通の課題ではないでしょうか。
『人材版伊藤レポート2.0』は、この深刻な断絶に警鐘を鳴らし、CHROに対して、単なる人事のトップではなく「経営の当事者」として、企業価値創造の中心的役割を担うことを強く求めています。本コラムでは、これからのCHROに求められる新たな使命と、それを果たすための具体的なアクションについて論じます。
「守りの人事」から「攻めの経営パートナー」へ
『人材版伊藤レポート2.0』がCHROに期待する役割の核心は、人事機能を「管理・運用」から「戦略・価値創造」へと転換させることにあります。これからのCHROは、経営チームの一員として、CEOやCFOと対等な立場で経営戦略の策定に関与し、その実現に不可欠な人材戦略を立案・実行する責任を負います。
特に重要になるのが、投資家をはじめとするステークホルダーとの対話です。現代の資本市場では、企業の非財務情報、とりわけ人的資本に関する情報が、企業価値を測る上で極めて重要な要素となっています。投資家が知りたいのは、個別のKPIの数値そのものよりも、「その企業のパーパス(存在意義)と経営戦略、そして人材戦略が一貫したストーリーで結ばれており、その実行をCHROが責任を持って主導しているか」という点です。
私たちコトラは、CHROがこの期待に応えるためには、自らを「事業を理解し、数字で語れる経営パートナー」へと変革させることが不可欠だと考えています。人事の専門領域に閉じこもるのではなく、事業の収益構造や市場環境を深く理解し、人材への投資が将来のキャッシュフローにどう貢献するのかを、論理的に説明する能力が求められるのです。『人材版伊藤レポート2.0』は、CHROに対して、こうした「攻めの姿勢」への転換を迫っていると言えるでしょう。
価値創造を主導するCHROの3つのアクション
では、経営パートナーとしての役割を果たすために、CHROは具体的に何から着手すべきなのでしょうか。コトラは、以下の3つのアクションが極めて重要だと考えています。
1. 経営会議の議題を「人事」から「人材戦略」へ変える
CHROが主導すべき最初の変革は、経営会議のあり方です。議論のテーマを、採用数や人件費といった「管理指標」から、「中期経営計画の達成に必要な人材ポートフォリオの充足率」や「競合に対するエンゲージメントスコアの優位性」といった「戦略指標」へと転換させます。事業目標と人材KPIの進捗を連動させて報告することで、経営陣に「人材が戦略実行の鍵である」ことを認識させ、議論の質を高めます。
2. 人事データを「投資判断情報」として可視化・開示する
CHROは、人事データを投資家にとって価値のある情報へと昇華させる責任を負います。
例えば、「リスキリングへの投資が、3年後の新事業における生産性を〇%向上させる」といった仮説を立て、その進捗をKPIとしてトラッキングし、統合報告書などで開示します。このように、人材投資のリターンを予見させるデータを示すことで、投資家との建設的な対話が生まれ、企業価値への期待を高めることができます。
3. 取締役会を巻き込み、ガバナンスを機能させる
人的資本経営の実効性を担保するのは、取締役会による監督機能です。『人材版伊藤レポート2.0』が示す通り、CHROは取締役会に対して、人材戦略の進捗や課題を定期的に報告し、健全な監督・助言を引き出す役割を担います。これにより、人的資本経営が経営トップの独断ではなく、透明性の高いガバナンス体制の下で推進されていることを社内外に示すことができます。
CHROの変革が、企業の未来を創る
『人材版伊藤レポート2.0』の公表は、日本のCHROにとって、自らの役割を再定義し、企業価値創造の主役へと躍り出るための、またとない機会です。経営の視座を持ち、事業を深く理解し、未来への投資としての人材戦略を語り、実行する。
CHROがこうした変革を成し遂げ、CEOの真のパートナーとなったとき、人的資本は初めてそのポテンシャルを最大限に発揮し、企業の持続的な成長を牽引する最も強力なエンジンとなるのではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。CHROの役割定義や、経営判断に資する人事KPIの策定、投資家に響く価値創造ストーリーの構築支援など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。