なぜ今? 「人材版伊藤レポート2.0」の本質を読み解く

『人材版伊藤レポート2.0』の本質的理解がもたらす企業変革

「『人材版伊藤レポート2.0』は読んだが、結局のところ、自社で何をどう進めれば良いのか、腹落ちしていない」

これは、私たちが日々お話を伺う経営者や人事担当者の方々から、頻繁に聞かれる声です。人的資本の重要性が叫ばれ、情報開示の義務化も進む中、レポートの内容を把握しようと努めていらっしゃる企業は少なくありません。しかし、その本質を捉え、自社の経営に統合するまでには至っていない、という課題が浮かび上がってきていると考えられます。

本コラムでは、なぜ今『人材版伊藤レポート2.0』が重要なのか、その核心に迫ります。単なる情報収集に留まらず、これを機に自社の経営を一段高いレベルへ引き上げるための視点をご提供します。

『人材版伊藤レポート2.0』が示す「実践」への深化

『人材版伊藤レポート2.0』の最も重要なメッセージは、人的資本経営を「構想・理念」の段階から「実践・実行」の段階へと移行させることにあります。初版である「人材版伊藤レポート」が人的資本経営の重要性を社会に問いかけたのに対し、2.0では、それをいかにして企業価値向上に結びつけるか、という具体的な道筋に焦点が当てられています。

レポートでは、この実践に向けたフレームワークとして「3つの視点」と「5つの共通要素」が改めて整理されました。

3つの視点と5つの共通要素

<3つの視点>

  1. 経営戦略と人材戦略の連動
  2. As is – To beギャップの定量把握
  3. 企業文化への定着

<5つの共通要素>

  1. 動的な人材ポートフォリオ
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  3. リスキル・学び直し
  4. 従業員エンゲージメント
  5. 時間や場所にとらわれない働き方

これらの要素は、多くの企業にとって既知のものであるかもしれません。しかし、重要なのは、これらを個別の施策としてではなく、経営戦略と連動した一つのシステムとして捉え、循環させていく視点です。

ここで、私たちコトラが強調したいのは、『人材版伊藤レポート2.0』で語られる課題は、もはや人事部門だけのテーマではなく、紛れもない「経営アジェンダ」そのものだということです。

例えば、「動的な人材ポートフォリオ」の構築は、人事部門だけで完結するものではありません。将来の事業展開を見据え、どのようなスキルや経験を持つ人材が、いつ、何人必要になるのか。この問いに答えるためには、経営層、事業部門、そして人事部門が一体となった議論が不可欠です。

人的資本に関する取り組みが、経営戦略の実現にどう貢献するのか。この論理的な繋がりを構築することこそ、『人材版伊藤レポート2.0』が企業に突き付けている本質的な課題であると考えられます。

自社の「現在地」を問い直すことから始める

では、レポートの本質を理解した上で、企業は何から手をつけるべきなのでしょうか。コトラでは、まず「自社のパーパス(存在意義)と経営戦略、そして人材戦略が、一貫したストーリーで結ばれているか」を問い直すことから始めるべきだと考えています。

壮大な計画を立てる前に、以下の問いに、皆様の会社では明確に答えることができるでしょうか。

  • 問1:自社のパーパスや経営理念は、社員一人ひとりの言葉で語れるほど浸透しているか?
  • 問2:中期経営計画で掲げた目標を達成するために、現在の人材構成で本当に十分と言えるか? 3年後、5年後に必要となるスキルセットを定義できているか?
  • 問3:取締役会や経営会議で、財務指標と同じくらいの熱量で、人材に関する指標(例:エンゲージメントスコア、リスキリングの進捗など)が議論されているか?
  • 問4:現在行っている人材育成や採用活動は、将来の経営戦略に明確に紐づいているか? その投資対効果を説明できるか?

これらの問いに淀みなく答えることが難しい場合、経営戦略と人材戦略の間にギャップが生じている可能性があります。『人材版伊藤レポート2.0』は、このギャップを可視化し、埋めていくための羅針盤とも言えるでしょう。まずは全経営メンバーで、これらの問いについて議論する場を設けることが、実践に向けた意義ある第一歩となり得ます。

未来への投資としての人的資本経営

本コラムでは、『人材版伊藤レポート2.0』が単なるガイドラインではなく、企業の持続的成長を促すための経営変革の契機であることを論じてきました。その本質は、人的資本をコストではなく「資本」として捉え、経営戦略の中核に据えて能動的に価値創造へと繋げることにあります。

『人材版伊藤レポート2.0』への対応は、短期的な義務として捉えるべきではありません。それは、変化の激しい時代を勝ち抜くための、未来への最も重要な投資活動の一つです。自社の現状を真摯に見つめ、経営と人事が一体となって変革への一歩を踏み出すこと。その先にこそ、企業の持続的な成長が待っているのではないでしょうか。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。自社のパーパスと経営戦略、人材戦略の連動性を診断し、具体的なアクションプランを策定するためのご相談など、お気軽にお問い合わせください。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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