なぜ多様な人材を活かせないのか:多くの企業が直面する課題
「多様なバックグラウンドを持つ人材を採用したが、その能力を活かしきれていない」
「会議で発言するのは、いつも同じ役職や立場のメンバーに限られている」
「若手社員から、斬新なアイデアや本音の意見がなかなか出てこない」
もし貴社が、このような課題を一つでも抱えているとしたら、それは個々の従業員や管理職の能力だけの問題ではないかもしれません。その根本的な原因は、多様な個の力を組織の力に転換するためのリーダーシップ、すなわちインクルーシブ・リーダーシップが組織に根付いていないことにあると考えられます。
本コラムでは、この課題を解決する鍵となるインクルーシブ・リーダーシップの導入について、その障壁と解決策を深く掘り下げていきます。
組織変革としてのインクルーシブ・リーダーシップ導入
まず重要なのは、インクルーシブ・リーダーシップの導入が何を意味するのかを正しく理解することです。これは、単にリーダー向けの研修を実施することではありません。多様な個人の能力を最大限に引き出し、組織全体の成果に繋げるための「①経営戦略」「②リーダーの行動」「③組織の仕組み」という3つの要素を、三位一体で変革していく継続的な組織変革プロセスそのものを指します。
- 経営層のコミットメントと戦略策定(基盤づくり)
全ての土台となるのが、経営トップの明確な意思表明と戦略的な位置づけです。なぜ今インクルーシブな組織を目指すのか、そのビジョンと覚悟を繰り返し社内外に発信することが重要です。 - リーダーの行動変容(実践者の育成)
経営層が描いたビジョンを、現場で具体的に体現するのが各階層のリーダー(管理職)です。リーダーの意識と行動を変えるための働きかけが不可欠となります。 - 組織的な仕組みと文化醸成(環境整備)
リーダー個人の努力だけに依存せず、インクルーシブな行動が自然と促され、評価される環境を組織全体で整備します。
しかし、多くの企業では、これら3つの階層それぞれに根深い障壁が存在するため、理念は掲げられつつも、その導入がうまく進まないのが実情です。以下では、その代表的な障壁を分析し、具体的な解決策について考察していきます。
【障壁1:経営層の壁】短期志向と成功体験のジレンマ
変革を阻む最も根源的な障壁は、往々にして「①経営戦略」を司る経営層自身の中に存在します。
インクルーシブ・リーダーシップの醸成は、効果が出るまでに時間がかかる中長期的な投資です。しかし、経営層が四半期ごとの業績など短期的な成果を強く求められる環境下では、「コストはかかるが、すぐに利益に繋がらない施策」と見なされ、優先順位が低くなりがちです。
加えて、経営層自身の「過去の成功体験」が、変革を阻むバイアスとして作用するケースも少なくありません。現在のトップダウン型リーダーシップで成功してきた経験から、多様な意見が交錯する状態を「意思決定の遅延」や「管理コストの増大」といったリスクとして捉えてしまうのです。
その結果、言葉では「多様性は重要だ」と唱えつつも、本質的な変革に必要なリソース(予算、時間、そして経営層自身の情熱)を投じる覚悟が定まらない、という事態に陥ります。
【解決策】非財務価値の可視化と外部からの客観的視点
この経営層自身の壁を乗り越えるには、インクルーシブ・リーダーシップへの投資が、コストではなく、未来の企業価値を創造するための戦略であることを論理的に示す必要があります。
エンゲージメントスコアや離職率といった人的資本KPIの改善が、将来の生産性向上やイノベーション創出にどう繋がるかをデータで示し、投資対効果への懸念を払拭します。また、社外取締役や外部の専門家といった客観的な視点を積極的に取り入れ、内部の固定観念や成功体験バイアスを打ち破るための健全な議論を促すことも極めて有効です。
【障壁2:管理職の壁】個人の「アンコンシャス・バイアス」
これは特に「②リーダーの行動」の土台となる、個人の認知レベルにおける根深い課題です。
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)とは、過去の経験や社会通念から、無意識のうちに特定の属性を持つ人々に対して抱いてしまう固定観念や評価の偏りを指します。問題の根深さは、バイアスを持つ本人に悪意がなく、自覚がない点にあります。この無自覚な偏りが、採用、評価、昇進といった人事のあらゆる場面で不公平な判断を生み出し、インクルーシブ・リーダーシップが機能するための土台である「公平性」を損なう原因となります。
【解決策】継続的なトレーニングと仕組みによるバイアスの影響低減
この課題に対処するには、個人の意識改革と制度的アプローチの両輪が必要です。
- 継続的なトレーニングの導入
一度の研修で終わらせず、全階層を対象としたトレーニングを計画的に実施します。知識付与だけでなく、具体的なケーススタディを用いて「もし自分がこの場面の評価者だったらどう判断するか」を議論させ、バイアスの影響を体感させることが重要です。また、新任管理職研修の必須科目とすることも有効でしょう。 - 採用・評価プロセスの見直し
勘や印象に頼る面接を改め、評価基準を明確にした「構造化面接」を導入します。応募書類の氏名や性別、年齢といった情報を隠して選考する「ブラインド採用」も、バイアスの介入を防ぐ上で効果的です。客観的な事実に基づいて判断する仕組みを構築することが、インクルーシブ・リーダーシップの土壌を育みます。
【障壁3:組織の壁】同質性を生む文化と制度の相互作用
最後に、「③組織の仕組み」に根差した、極めて重要な課題です。多くの企業では、「出る杭は打たれる」といった同質性を志向する組織文化と、「短期的な業績のみを評価する」人事制度が、相互に影響し合い、変革を阻む強固な壁を形成しています。
異質な意見や挑戦的な行動が評価されず、むしろ「和を乱す」と見なされる文化。そして、その文化を強化するように、評価は短期的な数値目標の達成度に偏っている。この負のループの中で、リーダーがインクルーシブ・リーダーシップを発揮しようとしても、個人的な努力だけでは評価に繋がらず、やがては諦めてしまうという事態を招きます。
【解決策】評価指標の再定義と客観的な人材配置の連動
この文化と制度の負のループを断ち切るには、両輪での改革が不可欠です。
- 評価制度の再定義
リーダーの評価項目に「インクルージョンの推進」といった項目を設け、「多様な部下の意見を引き出し、成長を支援したか」といった具体的な行動を評価する仕組みや、360度評価を導入します。 - 戦略的な人材配置
勘や経験に頼った配置をやめ、「動的な人材ポートフォリオ」などを活用し、データに基づいて多様な個性が活きるチームを意図的に編成します。
インクルーシブな行動が正しく「評価」され、多様な人材が意図的に「配置」される。この二つが連動することで、初めて組織の文化は変わり始めるのです。
障壁の特定と体系的なアプローチの重要性
冒頭で挙げたような「多様な人材を活かせない」という課題を解決し、インクルーシブ・リーダーシップを組織に根付かせるためには、単発の施策では不十分です。本コラムで述べた「経営層の壁」「管理職の壁」「組織の壁」といった障壁を、3つの階層にまたがる構造的な課題として捉え、それぞれに的確な解決策を体系的に講じていく必要があります。
この変革を成し遂げた先にこそ、多様な人材が活き活きと働き、持続的に成長できる企業の未来が待っています。自社の変革を阻む障壁は何か。まずは、その特定から始めてみてはいかがでしょうか。
株式会社コトラでは、インクルーシブ・リーダーシップを阻むバイアスや組織文化の壁を乗り越えるため、客観的データに基づく「動的な人材ポートフォリオの構築支援」や、公平な選考を実現する「構造化面接の導入支援」を行っております。組織の根深い課題について、ぜひ一度ご相談ください。