「良い雰囲気」で終わらせない、インクルーシブ・リーダーシップの経営効果
「風通しの良い組織」
これは、多くの経営者や人事責任者が目指す組織の姿でしょう。しかし、その「風通しの良さ」が、具体的な経営成果に結びついているでしょうか。
もし、従業員の定着率やエンゲージメントスコアの伸び悩み、あるいはイノベーションの停滞といった課題を感じているなら、それはインクルーシブ・リーダーシップという視点が欠けているのかもしれません。本コラムでは、インクルーシブ・リーダーシップがもたらす具体的な経営上のメリットについて、深掘りしていきます。
メリット1:イノベーションの加速
現代のビジネス環境において、イノベーションが企業の生命線であることに異論を唱える方はいないでしょう。そして、イノベーションの源泉は、多様な視点やアイデアの衝突と融合にあります。インクルーシブ・リーダーシップは、まさにこの化学反応を誘発する土壌を育みます。
リーダーが、自分とは異なる意見や、時には耳の痛い指摘にも真摯に耳を傾け、尊重する姿勢を示す。これにより、従業員は「自分の意見を言っても大丈夫だ」という心理的安全性を感じることができます。この心理的安全性が確保された環境では、従業員は失敗を恐れずに新しいアイデアを提案したり、既存のやり方に疑問を投げかけたりすることが可能になります。
例えば、ベテラン社員の経験知と、デジタルネイティブ世代の新しい発想。あるいは、営業部門が掴んだ顧客の生の声と、開発部門の技術的知見。インクルーシブ・リーダーシップは、これらの異質な要素が単に存在するだけでなく、有機的に結びつくことを促進します。その結果、これまで誰も思いつかなかったような画期的な商品やサービス、ビジネスモデルが生まれる可能性が飛躍的に高まるのです。
組織サーベイで見出すイノベーションの種
インクルーシブ・リーダーシップの効果を最大化するためには、組織の状態を客観的に把握することが不可欠です。私たちコトラは、定期的な組織サーベイの実施を推奨しています。しかし、その目的は単にエンゲージメントスコアの定点観測に留まりません。
設問設計を工夫することで、「異質な意見が歓迎される風土があるか」「失敗を許容する文化が根付いているか」といった、イノベーション創出の前提となる組織文化を可視化することができます。部署ごと、あるいは階層ごとに分析すれば、インクルーシブ・リーダーシップが十分に機能しているチームと、そうでないチームが明確になります。このデータに基づき、課題を抱える部署のリーダーに対して的確なフィードバックや研修を提供することで、組織全体のイノベーション創出能力を体系的に高めていくことが可能になると考えられます。
メリット2:従業員エンゲージメントと人材定着
従業員エンゲージメント、すなわち「仕事への熱意や貢献意欲」は、企業の生産性を左右する重要な指標です。インクルーシブ・リーダーシップは、このエンゲージメントを高める上で極めて有効なアプローチであると考えられます。
従業員は、自分の個性や能力が認められ、組織の意思決定プロセスに参画できていると感じることで、自身の存在価値が認められ、組織の重要な一員として貢献できているという実感を持つようになります。これにより、より高いレベルのエンゲージメントを示すようになると考えられます。
このようなポジティブな感情は、仕事へのモチベーションを高めるだけでなく、組織への帰属意識や愛着を育みます。結果として、優秀な人材の離職を防ぎ、人材定着率の向上に繋がるという好循環が生まれます。採用コストの削減はもちろん、組織内に知識やノウハウが蓄積されやすくなるというメリットも見逃せません。インクルーシブ・リーダーシップは、優秀な人材が「働き続けたい」と心から思える魅力的な職場環境を創出するのです。
メリットを最大化するための組織的アプローチ
インクルーシブ・リーダーシップのメリットを享受するためには、リーダー個人の努力だけでなく、組織全体での仕組みづくりが不可欠です。ここでは、そのための具体的なアクションをご紹介します。
アクション1:心理的安全性を「測定」し「対話」する文化を作る
心理的安全性は、感覚的に語られるだけでなく、客観的な指標として扱い、改善サイクルを回すことが重要です。
その第一歩として、組織の状態を正しく測定するために、組織サーベイには具体的な行動に関する設問を盛り込む必要があります。例えば、「このチームでは、ミスをしても非難されない」「他のメンバーに助けを求めることが容易だ」といった質問です。この設問設計の参考となるのが、Google社が自社の調査で見出した「チームを成功へと導く5つの鍵」です。以下の5つの要素を参考にサーベイを設計し、半期に一度など定期的に実施します。
- 心理的安全性
対人関係のリスク(例えば、無知だと思われる、否定的な印象を与えるなど)を安心して取れる状態。他の4つの鍵の土台となる。 - 相互信頼
チームのメンバーが、お互いに高い品質で時間通りに仕事を仕上げてくれると信頼している状態。 - 構造と明確さ
チームの役割、計画、目標が明確で、各メンバーがそれを理解している状態。 - 仕事の意味
メンバー一人ひとりが、自分の仕事やその成果に対して、個人的な意味や価値を見出している状態。 - インパクト
メンバーが、自分たちの仕事が組織の目標達成に貢献していると実感できている状態。
しかし、測定するだけでは意味がありません。その結果を各チームにフィードバックし、対話を通じて改善に繋げることが不可欠です。
結果を共有する際は、単なる説明会で終わらせないよう、注意が必要です。例えば、管理職がファシリテーターとなり、「なぜこの項目のスコアが低いのだろう」「スコアを1点上げるために、私たちは明日から何ができるだろう」といったテーマで、全員が安心して意見を出し合える場を設けることが有効でしょう。
ここで重要なのは、「スコアが低い=悪いチーム」というレッテル貼りではなく、「改善の機会を発見したチーム」という前向きな雰囲気を作ることです。そして、対話会で決まったアクションプランは、次のサーベイまでチームで追いかけ、組織的なPDCAを回していくことが文化の定着に繋がります。
アクション2:「行動変容」をゴールとした体験型研修を設計する
知識として学ぶだけでなく、現場での行動が変わらなければ意味がありません。研修の設計段階から「行動変容」をゴールに据えることが重要です。
- 研修内容の具体化
- 自己認識
まず、アンコンシャス・バイアスの診断ツールなどを用いて、自分自身の無意識の偏見に気づくことから始めます。 - スキル習得
次に、「意見が対立した場面で、両者の意見を尊重しながら議論を前進させる」といった具体的なケーススタディを用いたグループワークを行います。ここで、インクルーシブ・リーダーシップを発揮するためのファシリテーションスキルや傾聴スキルを実践的に学びます。 - 意識改革
マイノリティの従業員が経験しがちな場面をロールプレイングで疑似体験し、当事者意識を醸成することも有効と考えられます。
- 自己認識
- 効果測定の連携
研修の効果は、満足度アンケートだけでなく、研修の前後で360度評価におけるインクルージョン関連項目のスコアがどう変化したか、といった客観的な指標で測定することが望ましいでしょう。
アクション3:「インクルーシブな行動」のロールモデルを可視化し、称賛する
どのような行動が望ましいのか、具体的な手本を組織全体で共有することが、文化の定着を加速させます。
例えば、インクルーシブ・リーダーシップを実践し、高いエンゲージメントや成果を上げたチームやリーダーを表彰する制度(例:インクルーション・アワード)を設けることが有効です。
さらに、受賞者の取り組みを単なる結果として紹介するのではなく、「どのような課題意識から、具体的にどんな行動を起こし、チームにどんな変化が生まれたのか」というストーリーとして社内メディアで発信することで、他の従業員は自分ごととして捉え、具体的な行動のヒントを得ることができます。
また、こうした「称賛されるべき行動」をより確固たるものにするためには、人事評価制度との連携が欠かせません。「多様な意見の尊重」や「部下の主体性の引き出し」といった項目をリーダーのコンピテンシー評価に明確に組み込み、その達成度を昇進・昇格の要件の一つとすることで、インクルーシブな行動が単なる「良いこと」ではなく、「リーダーとして必須の行動」であるという強いメッセージを組織に示すことができます。
持続的成長のエンジンとしてのリーダーシップ
本コラムでは、インクルーシブ・リーダーシップがもたらすメリットと、その効果を最大化するための組織的なアプローチについて解説しました。イノベーション、エンゲージメント、生産性の向上は個別のメリットであると同時に、相互に深く関連し合っています。
インクルーシブ・リーダーシップは、このようなポジティブなサイクルを生み出し、組織を持続的な成長軌道に乗せるための強力なエンジンとなります。自社の競争優位性をどこに求めるのか。その答えの一つが、多様な人材の力を最大限に引き出すインクルーシブ・リーダーシップにあるのではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社のエンゲージメント向上や組織文化の改革をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。