HRテックのROIを問う経営層、企業価値向上への貢献を問う投資家
「そのHRテック投資のROI(投資対効果)はどれだけ見込めるのか?」
経営会議で、経営層から投げかけられるであろう厳しい問いです。一方で、統合報告書やIRミーティングの場では、投資家からこう問われます。
「貴社の人材戦略は、いかにして未来の企業価値に貢献するのか?その証拠(データ)を示してほしい」
これら社内(経営層)と社外(投資家)からの問いは、一見異なっているようで、その本質は同じです。それは、「『人』に関する投資が、いかにして持続的な企業の成長と価値向上に結びつくのか、客観的な根拠をもって説明してほしい」という要請に他なりません。
本コラムでは、これら社内外のステークホルダー双方の問いに応え、HRテック投資を真の企業価値向上に繋げるための、戦略的な思考法と実践的アプローチを解説します。
HRテックの本質的価値:「説明責任」を果たすデータ基盤
HRテック投資の効果を、短期的なコスト削減効果だけで測ろうとすると、その本質的な価値を見誤る可能性があります。例えば、勤怠管理システムの導入による給与計算業務の工数削減は分かりやすい効果です。しかし、それだけではHRテックの投資価値を十分に説明することはできません。
経営層や投資家が真に知りたいのは、それが未来の事業成長にどう貢献するかです。HRテックの本質は、これまで感覚的にしか語れなかった「人への投資」と「未来の企業価値」の関係性を、客観的なデータで可視化・分析し、社内外への「説明責任」を果たすための基盤となることにあります。
例えば、以下のような、より多面的な価値をデータで示せるようになります。
- 生産性の向上
エンゲージメント向上施策が、半年後の労働生産性をどれだけ高めたか。 - リスクの低減
リスキリング投資が、重要ポジションの後継者不足リスクをどれだけ低減させたか。 - イノベーションの創出
D&I(多様性)推進が、新製品開発のスピードにどう貢献したか。
こうした非財務的な価値をデータで示すこと。それこそが、経営層には「賢明な投資である」という確信を、投資家には「この企業は持続的に成長する」という信頼を与える鍵となります。
経営層と投資家、双方を納得させるデータ活用の3ステップ
では、具体的にどのようにHRテックを活用し、社内外への説明責任を果たしていけば良いのでしょうか。そのための3つのステップをご紹介します。これは、経営会議での報告(内部管理)」と「人的資本開示(外部発信)」の両方に共通するプロセスです。
ステップ1:自社の「価値創造ストーリー」から逆算したKPIを設計する
まずは、社内・社外どちらにも通用する「共通言語」として、自社の戦略と連動したKPIを設計します。重要なのは、単に流行りの指標を並べるのではなく、自社の経営戦略と人材戦略がどう連動し、企業価値を生み出すのかという「価値創造ストーリー」を描くことです。
- ストーリーの構築
「当社の成長戦略は『DX推進』であり、その成功の鍵は『デジタル人材の確保・育成』である。故に、我々は『デジタル人材比率』と『リスキリング投資額』、そして彼らの『定着率』を最重要指標とする」といった論理を構築します。 - KPIの設計
このストーリーに基づき、経営会議でモニタリングすべきKPIと、投資家に開示するKPIを定義します。多くの場合、これらは表裏一体となります。- 先行指標(プロセス)
デジタル人材採用数、リスキリング研修時間、エンゲージメントスコア - 結果指標(ゴール)
デジタル人材比率、イノベーション件数、労働生産性
- 先行指標(プロセス)
ステップ2:HRテックで「信頼できるデータ」を一元的に収集・分析する
設計したKPIを計測するためには、HRテックを活用したデータ基盤が不可欠です。重要なのは、そのデータが「信頼できる」状態であること、そして「示唆に富む」分析に繋がっていることです。
- データの信頼性を担保する
経営層の意思決定や、投資家への開示に使うデータは、正確で、客観的で、網羅的でなければなりません。例えば、「研修時間」一つとっても、Excelの手集計では信頼性が揺らぎます。HRテックを用いて、eラーニングのログや研修履歴を自動で一元管理することで、初めてそのデータは「信頼できる資産」となります。 - 「可視化」の先にある「分析」を行う
HRテックの真価は、データを集めることではなく、分析することにあります。
例えば、「エンゲージメントスコアの向上が、半年後の離職率低下にどう相関しているか」を分析するとしましょう。その分析結果は、経営層には「HRテック投資のROI」の証拠として、投資家には「人材戦略の有効性」の証拠として機能します。
ステップ3:「未来志向のストーリー」として戦略的に情報発信する
収集・分析した「信頼できるデータ」を、社内・社外のステークホルダーに発信します。ここでの鍵は、単なる数字の報告ではなく、「未来志向のナラティブ(物語)」として語ることです。
- 経営層(社内)に向けて
「現状のKPIはこうだが(As is)、このデータに基づき次なる施策(例:スキルギャップの解消)にこれだけ追加投資すれば、3年後にはこうなる(To be)」というように、未来の企業価値向上に繋がる、次なる投資判断を促す材料としてデータを提示します。 - 投資家(社外)に向けて
「我々の人材戦略と、その結果としてのKPIはこうである(実績)。このデータを基に、今後はこの分野に投資を集中させ、持続的な成長を目指す(未来)」と、過去の実績と未来への展望をセットで語ります。これにより、開示は「義務」から「攻めのIR活動」へと変わります。
HRテックは、社内外との「対話」を支える戦略的基盤
HRテックは、単なる人事部門の業務効率化ツールではありません。それは、「人への投資が、いかに未来の企業価値に繋がるか」という、経営層および投資家という最も重要なステークホルダーからの問いに対し、客観的な「データ」をもって応えるための戦略的基盤です。
経営層の言葉でHRテック投資の価値を語り、信頼できるデータでその成果を社内外に示すこと。このサイクルを確立することができれば、HRテックはコストセンターから、企業成長を牽引するプロフィットセンターへとその役割を変えることができるでしょう。
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