「立派な人事制度」が、現場で機能しないのはなぜか?
「評価基準を明確にしたはずなのに、結局は管理職によって評価の甘辛がバラバラになっている」
「1on1ミーティングを導入したが、ただの進捗確認の場になっており、部下の育成に繋がっていない」
「組織サーベイの結果を見ても、人事評価への不満が全く解消されていない」
こうした人事制度の形骸化は、多くの企業が直面する深刻な課題です。制度という仕組み(ハード)を整えること以上に、それを運用(ソフト)することの難しさを痛感されている方も多いと拝察します。
どれだけ精緻な人事制度を設計しても、それが現場で正しく、かつ意図した通りに運用されなければ、社員の納得感は得られず、エンゲージメントの向上や人材育成といった本来の目的は達成できません。
本コラムでは、なぜ人事制度は形骸化してしまうのか、その根本的な原因を探るとともに、制度を絵に描いた餅で終わらせず、現場で確実に運用していくための実践的なアプローチについて考察します。
制度の設計思想と現場の運用実態のギャップを埋める
人事制度が形骸化する最大の原因は、制度の設計思想(本来の目的)と、現場での運用実態との間に大きなギャップが生じていることにあると考えられます。このギャップを生む主な要因は3つあります。
評価者(管理職)のスキル不足と負担感
多くの場合、人事制度の運用の成否は、現場の管理職の双肩にかかっています。
しかし、管理職自身がプレイングマネージャーとして多忙を極める中、部下の行動を詳細に観察し、公正に評価し、納得感のあるフィードバックを行うことは、非常に高いスキルと工数を要求されます。 特に、耳の痛いことを伝えるネガティブフィードバックを避けたり、部下との関係性悪化を恐れて評価が甘くなったりするケースは、運用が形骸化する典型的なパターンと言えます。
制度の「目的」の浸透不足
なぜ人事制度を変更したのか、その背景にある経営の意図や、新しい制度を通じて社員にどうなってほしいのか、という目的や思想が、管理職や一般社員に十分に伝わっていないケースも多く見られます。 目的が理解されないまま、やらされ仕事として運用されると、評価は単なる査定のための作業となり、1on1は義務だからやる面談に堕してしまいます。
「言いっ放し」の制度導入
人事制度は、導入して終わりではありません。運用していく中で、必ず「この評価項目は分かりにくい」「自部門の実態に合わない」といった現場の不満や疑問が出てきます。 こうした現場の声を拾い上げ、制度を微調整(チューニング)していく仕組みがなければ、制度への不信感が募り、徐々に使われなくなっていくと考えられます。
人事制度を「動かす」ための3つの処方箋
では、人事制度の形骸化を防ぎ、現場での実効性を高めるためにはどうすればよいでしょうか。3つの実践的なステップを提案します。
ステップ1:徹底した評価者トレーニングの実施
最も重要かつ即効性があるのが、評価者(管理職)に対する継続的なトレーニングです。 制度導入時に一度説明会を開くだけでなく、定期的に実施することが鍵となります。
- 評価基準の目線合わせ(キャリブレーション)
複数の管理職が同じケース(架空の部下)を評価する演習を行い、評価の甘辛やズレを認識し、基準をすり合わせます。 - フィードバックスキル研修
単に評価結果を伝えるだけでなく、部下の成長を促すための問いかけや傾聴、具体的な行動改善に繋げる対話の技術(コーチング)を学びます。 - アンコンシャスバイアス研修
評価者が陥りやすい無意識の偏見(例:自分と似たタイプを高く評価する)に気づき、それを排除する訓練を行います。
ステップ2:運用状況のモニタリングとデータ活用
人事制度が現場でどう運用されているかを、人事が「見える化」する仕組みを構築します。
- 組織サーベイの定点観測
組織サーベイを定期的に実施し、評価の納得感、上司への信頼感、1on1の満足度といった項目を部門別・管理職別で分析します。スコアが低い部門や管理職には、個別にヒアリングやフォローアップを行います。 - 1on1実施状況の把握
単に実施回数(量)をチェックするだけでなく、実施後の部下の満足度アンケートなどを通じて、その質をモニタリングすることも有効です。 - 評価分布の分析
部門ごとや評価者ごとに、評価の分布(S, A, B, Cの割合)に極端な偏りがないかを確認し、必要に応じて評価者会議での調整を促します。
ステップ3:現場の声を反映するチューニングプロセスの確立
現場の管理職や社員から、人事制度の運用に関する意見や改善要望を吸い上げる窓口を常設します。 例えば、社内イントラネットに目安箱を設置する、あるいは、人事部員が定期的に現場をラウンドしてヒアリングするなどです。
集まった声に基づき、評価シートの文言を分かりやすく修正する、評価のウェイトを一部見直すなど、運用実態に合わせた小さな改善(チューニング)を迅速に行います。 人事が現場の声を聞いてくれているという安心感が、制度への信頼と、主体的な運用協力に繋がると考えられます。
人事制度の価値は「運用」で決まる
本コラムでは、人事制度の形骸化という課題に焦点を当て、その運用実態を高めるためのアプローチについて考察しました。
企業の競争力の源泉が人である以上、人事制度は経営の根幹をなす重要なインフラです。しかし、その価値は、設計図の美しさではなく、現場でどれだけ実効性をもって運用され、社員の成長やエンゲージメント向上に貢献しているかによって決まります。
制度を作るフェーズから、育てる(運用する)フェーズへ。人事部門の役割も、制度の番人から、現場の管理職と伴走し、運用を支援するパートナーへと変化していくことが求められているのではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の人事制度の運用実効性向上をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




