「なぜあの人が私より給与が高いのか」を合理的に説明できますか?
「長年勤続している社員の給与が高止まりし、優秀な若手の給与がなかなか上がらない」
「市場価値の高いデジタル人材を採用したいが、既存の給与テーブルでは報酬が合わない」
「結局、基本給は年齢や勤続年数で決まっており、人事制度と報酬制度が実質的に連動していない」
社員の報酬に関してこうしたジレンマを抱えている場合、それは報酬制度が経営戦略と乖離しているシグナルかもしれません。
報酬制度は、企業が社員に対して送る「何を重視し、何に報いるか」という最も強力なメッセージです。しかし、過去の年功序列型の賃金体系を大きく変えられず、経営戦略と報酬制度が乖離してしまっているケースは少なくないようです。
本コラムでは、旧来の「管理のための人事制度」から脱却し、社員を動機づけ、経営戦略の実現を後押しする「戦略的報酬制度」とはいかにあるべきか、その本質的な考え方と設計のポイントを考察します。
「何を基準に報いるか」という経営層の意思を明確にする
戦略的な報酬制度の構築は、単なる賃金テーブルの改定ではありません。その本質は、「自社は、社員の何を評価し、報いる会社なのか」という経営の意思(報酬ポリシー)を明確に定義し、それを実行する仕組みを人事制度に組み込むことにあります。
報酬制度の「3つの公平性」
社員が納得感を持つ報酬制度には、3つの公平性が担保されている必要があると考えられます。
- 内部公平性
社内の他のポジションや役割と比較して、自らの給与は妥当か(例:「部長」という役割(等級)の給与水準は、「課長」という役割(等級)の給与水準と比べて、その責任の重さに見合った差が設定されているか)。 - 外部競争力
同業他社や、同じスキルを持つ人材の市場価値と比較して、自らの給与水準は魅力的か。 - 個人間の公平性
同じ役割の中でも、より高い成果を出したり、優れた能力を発揮したりした個人が、より高く報われているか(例:同じ「課長」等級の中でも、今期S評価(最高評価)だったA課長は、B評価(標準評価)だったB課長よりも、賞与や昇給額で明確に優遇されているか)。
多くの日本企業では、終身雇用を前提とした「内部公平性」(特に勤続年数)が過度に重視され、「外部競争力」や「個人間の公平性」が疎かになってきた傾向があります。
「トータルリワード(総報酬)」の視点を持つ
報酬制度に関する重要な考え方として、トータルリワード(総報酬)というものがあります。これは、報酬を月額の基本給や賞与といった「金銭的報酬」だけで捉えるのではなく、福利厚生、学習機会(人材開発・研修)、働きやすさ、キャリアパス、企業文化といった「非金銭的報酬」も含めて、社員に提供する価値の総体として設計するアプローチです。
特に、スキルベースの人事制度と連動させ、「希少なスキルを習得すれば、金銭的報酬(スキル手当など)も、非金銭的報酬(より挑戦的な仕事の機会)も得られる」という仕組みは、社員の自律的な成長を強力に後押しすると考えられます。
「戦略的報酬制度」へ移行する3つの段階
報酬制度の変更は、社員の生活に直結するため、慎重なプロセスが求められます。
ステップ1:現状分析と報酬ポリシーの策定
まず、自社の報酬制度の現状を客観的に分析します。
- 外部比較
報酬サーベイ(市場調査データ)などを活用し、自社の給与水準が市場(外部競争力)と比較してどの位置にあるかを把握します。 - 内部比較
等級や役職、勤続年数、評価ランクと、実際の報酬額の分布を分析し、意図した通りの配分(内部公平性)になっているか、不合理な逆転現象などが起きていないかを確認します。
この分析に基づき、経営戦略と連動した「報酬ポリシー」を策定します。 (例:「年功要素を廃し、役割等級と成果評価の連動を強める」「市場価値の高いDX人材には、既存の枠に捉われない報酬水準を適用する」)
ステップ2:報酬構成(Pay Mix)の設計
次に、報酬ポリシーに基づき、報酬の構成比率(Pay Mix)を設計します。これは、総報酬を「基本給」「賞与(短期インセンティブ)」「中長期インセンティブ(株式報酬など)」に、どのような割合で配分するかを決定することです。
- 安定志向の企業
基本給の割合を高く設定し、生活の安定を重視します。 - 成果志向の企業(例:スタートアップ)
基本給は抑えめでも、業績や成果に応じたインセンティブの割合を高く設定し、挑戦を促します。 - 経営幹部層
短期的な成果だけでなく、中長期的な企業価値向上へのコミットメントを促すため、株式報酬などの割合を高めることが一般的です。
このPay Mixの設計こそが、経営のメッセージそのものとなります。
ステップ3:基本給テーブルと評価連動の具体化
最後に、Pay Mixの方針に基づき、具体的な基本給テーブル(賃金表)と、人事評価との連動ルールを設計します。
- 基本給テーブルの設計
従来の年齢給や職能給を廃止・縮小し、「役割等級(ミッショングレード)」をベースとしたテーブルへの移行が、近年注目されています。同じ等級内であれば、年齢に関わらず、担う役割の大きさによって基本給のレンジが決まります。 - 評価の反映(昇給・賞与)
人事評価の結果(成果評価、コンピテンシー評価など)が、どのように昇給(基本給の改定)や賞与額に反映されるのか、そのロジックを明確化します。成果(業績)は賞与に、能力や行動(コンピテンシー)は昇給・昇格に、といった形でメリハリをつけることが考えられます。
この移行に際しては、社員の給与が一方的に下がるなどの不利益が生じないよう、十分なシミュレーションと経過措置を講じることが不可欠です。
報酬制度は、経営戦略を実現するための「エンジン」である
本コラムでは、人事制度の中核をなす「報酬制度」について、その戦略的な設計思想を考察しました。 報酬制度は、単なる人件費の配分ルールではありません。それは、社員の行動を方向づけ、経営戦略の実現を加速させるための「エンジン」とも言える重要な仕組みです。
「自社は、どのような人材に、何を基準として報いるのか」 この問いに対する明確な答えを報酬制度として示すことこそが、人的資本経営の時代において、社員のエンゲージメントを高め、企業の持続的成長を支える基盤となると考えられます。
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