人的資本経営の実践 形骸化させない、経営戦略と連動する第一歩

人的資本経営、その「実践」に悩むすべての企業へ

「人的資本の情報開示義務化を受け、我が社でも取り組みを始めた。しかし、どうも『開示のための開示』になっており、経営への貢献実感がない」
「経営戦略と人材戦略が噛み合わず、人的資本経営の実践が掛け声倒れになっている」

企業の経営者や人事責任者の方々から、このような切実なお悩みを伺う機会が増えています。人的資本経営の実践とは、単に情報を開示したり、流行りの人事施策を導入したりすることではありません。その本質は、企業の持続的な成長を実現するために、経営戦略と人材戦略をダイナミックに結びつけ、価値創造の原動力である「人」への投資を最適化していく経営アプローチそのものにあると考えられます。

本コラムでは、人的資本経営を形骸化させず、真に企業価値向上へ繋げるための本質的な考え方と、具体的な第一歩について解説します。

経営戦略の「実現」から逆算する人材戦略の構築

人的資本経営における最も重要な視点は、人材戦略を経営戦略の「実行部隊」として捉えるのではなく、経営戦略と「両輪」で考えることにあります。多くの企業で陥りがちなのは、策定済みの経営戦略に対して、後付けで人事施策を当てはめてしまうケースです。これでは、戦略と現場の間に溝が生まれ、従業員のエンゲージメント向上やイノベーション創出には繋がりにくいでしょう。

本質的なアプローチとは、自社が「どのような価値を社会に提供し、将来どのように成長していきたいのか」という価値創造ストーリーを明確に描くことから始まります。そして、そのストーリーを実現するために、 「3年後、5年後、どのようなスキル、経験、価値観を持った人材が、どの部署に、何人必要になるのか?」 という問いを突き詰めていくことが求められます。

これは、未来の事業ポートフォリオから逆算して、理想の人材ポートフォリオを定義するアプローチです。現状の人員構成を静的に把握するだけでなく、未来のあるべき姿とのギャップを可視化し、そのギャップを埋めるための採用・育成・配置を戦略的に行う。このような動的な人材ポートフォリオの視点こそが、コトラが考える人的資本経営の中核です。この視点を持つことで初めて、人材への投資がコストではなく、未来への戦略的投資へと転換されるのです。

戦略を計画倒れにしないための実践的アプローチ

経営戦略と人材戦略の連動を具体的に推進するためには、地に足の着いた仕組みとプロセスが不可欠です。ここでは、多くの企業が躓きがちなポイントを踏まえ、実務に落とし込むための3つのアクションを詳述します。

経営トップによる「パーパス」の熱量ある発信と覚悟

これは単なるセレモニーではありません。経営トップが、株主総会や経営方針説明会といった公式の場だけでなく、タウンホールミーティングや社内報のコラムなど、あらゆるチャネルを通じて、自らの言葉で、情熱を持って語り続けることが重要です。特に、「なぜ今、人的資本経営の実践が重要なのか」「短期的な業績が厳しい時でも、人への投資を止めない覚悟があるか」といった点について、従業員の心に直接響くようなメッセージを発信し続けることが、全社の意識変革の起点となります。

価値創造ストーリーに紐づくKPIの戦略的設定と運用

KPI設定は、開示義務のある項目を並べる作業ではありません。「自社の価値創造の鍵は何か」を起点に、バックキャスティングで設定します。

  • KPI選定のワークショップ
    経営層、人事、事業部門のキーパーソンを集め、「我々の5年後のビジョン達成に最もインパクトを与える人材面の指標は何か」を徹底的に議論します。このプロセス自体が、部門間の共通認識を醸成します。
  • モニタリングの仕組み化
    設定したKPIは、経営会議のアジェンダに定常的に組み込み、最低でも四半期に一度は進捗と課題をレビューします。単なる報告会にせず、「このギャップを埋めるために、来四半期、具体的に何をするか」というアクションプランにまで落とし込むことが肝要です。
    BIツールなどを活用し、リアルタイムで進捗を可視化できるダッシュボードを構築することも有効でしょう。
  • 担当役員(CHRO)の権限と責任
    人的資本経営を牽引するCHRO(最高人事責任者)や担当役員に、予算執行や人事異動に関する相応の権限と、結果に対する明確な責任を持たせることが、実効性を担保します。

全社横断での人材データ基盤の整備と活用

戦略的人事を阻む最大の壁の一つが、データのサイロ化です。人事情報、勤怠情報、財務情報、現場のスキル評価などがバラバラに管理されていては、精緻な分析は不可能です。

  • データ標準化の推進
    まずは「スキル」「役職」「職務」といった基本用語の定義を全社で統一します。地味ですが、この作業が後の分析精度を大きく左右します。
  • スモールスタートでの成功体験
    全社一斉のシステム導入が難しい場合は、特定の部門や階層をパイロットケースとして、タレントマネジメントシステムの導入・活用を始めます。「〇〇部門で人材配置を最適化した結果、生産性が△△%向上した」といった具体的な成功体験を創出し、横展開していくアプローチが現実的です。

未来を創造するための経営アジェンダ

人的資本経営とは、単なる人事制度改革ではなく、企業の未来を創造するための重要な経営アジェンダです。経営戦略と人材戦略を緊密に連動させ、描いた価値創造ストーリーに基づいて具体的なアクションを一つひとつ実行していく。この地道な取り組みこそが、不確実な時代を勝ち抜くための競争優位性を築き、持続的な企業価値向上へと繋がっていくと考えられます。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の価値創造ストーリー策定からKPI設定、具体的なアクションプランの実行まで、課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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