「静かな退職」と人材流出のリスク
「苦労して採用した優秀な人材が、組織に馴染めず早期に離職してしまう」
「エンゲージメントサーベイを実施しているものの、具体的な改善アクションにつながっていない」
このような課題に直面し、頭を抱えている人事責任者の方は少なくありません。 経営会議で「離職率」という変えられない「結果」だけを見て議論していても、有効な対策は打てず、対応は常に後手後手になってしまいます。その間にも、組織の疲弊は進み、明確な不満を口にしない「静かな退職」や、人材流出の連鎖が止まらなくなってしまうリスクがあります。
手遅れになる前に有効な手を打つためには、離職の予兆を捉える「先行指標」を管理できていなければなりません。その鍵を握るのが、従業員のエンゲージメント(意欲や組織との結びつき)を測るKPIです。
本コラムでは、離職率の先行指標となる「エンゲージメント」を正しく測定・分析し、組織の健康状態を可視化する方法と、具体的な改善アクションにつなげるためのKPI設定について解説します。
エンゲージメントを「測定」から「戦略」へ
エンゲージメントや組織風土に関する指標は、従業員の意欲や会社への愛着を数値化するものであり、離職の前兆を捉える「先行指標」として極めて重要です。
しかし、単にサーベイを実施し、「スコアが〇点だった」「昨年より微増した」と一喜一憂するだけでは、本質的な経営改善にはつながりません。収集したデータを戦略的に活用し、成果につなげるためには、以下の3つの視点で測定・分析を行う必要があります。
「平均値」の罠を抜け出す属性分解
KPIとして「エンゲージメントスコア」をモニタリングすることは大切ですが、組織全体の平均値を見るだけでは、課題の所在が見えなくなってしまいます。
重要なのは、属性による分解です。部署別、職種別、年代別、あるいは入社年次別などでスコアを細分化し、「どの層の意欲が低下しているのか」を特定しなければなりません。データの解像度を高め、ピンポイントで課題を特定して初めて、実効性のある対策を打つことが可能になります。
「なぜ低いのか」を特定するドライバー分析
スコアの高低だけでなく、「何がそのスコアに影響を与えているか(ドライバー)」を把握するKPIも不可欠です。エンゲージメントを構成する要素は多岐にわたります。
- 理念への共感:会社のミッションに腹落ちしているか
- 成長実感:仕事を通じてスキルアップできているか
- 心理的安全性:率直な意見を言える風土か
- 承認・報酬:成果に対して正当に報われているか
総合スコアに加え、これらの「構成要素ごとのスコア」をKPIとして設定することで、「報酬には満足しているが、成長実感がない」といった具体的な不満の正体を突き止めることができます。
eNPSによる簡易・高頻度なモニタリング
詳細な分析には設問数の多いサーベイが必要ですが、日々の変化を捉えるには「重すぎる」という欠点があります。
そこで有効なのが「eNPS(Employee Net Promoter Score)」です。これは「親しい友人や知人に、あなたの職場をどの程度勧めたいか」を0~10のスケールで問い、推奨者(スコア9-10)の割合から批判者(スコア0-6)の割合を引いて算出します。
この指標は、「親しい友人にあなたの職場を勧めたいか」という極めてシンプルな設問への回答のみで算出できるため、回答者の負担が少なく、高い頻度で定点観測を行うことが可能です。従業員のロイヤリティや組織の健全性を測るバロメーターとして、非常に有効な指標と言えるでしょう。
内面(エンゲージメント)と行動(離職)の答え合わせ
エンゲージメント指標で組織の「内面」を把握した後は、その結果として表れる「行動」、すなわち離職の状況と照らし合わせる必要があります。スコアが高いにもかかわらず離職が増えている場合、測定方法に問題があるか、待遇面などサーベイには表れにくい外部要因があるかもしれません。
組織の課題を正確に捉えるためには、離職率を単なる「総数」ではなく、中身を分解したKPIで管理することが重要です。
組織の求心力を測る「自己都合離職率」
まず注視すべきは、会社都合や定年退職を除いた「自己都合離職率」です。これは、社員が「この会社で働き続けること」よりも他社を選択した結果であり、組織の求心力や魅力の低下をダイレクトに反映します。特に、次世代リーダー候補やハイパフォーマー層におけるこの数値の上昇は、経営にとって重大なアラートとなります。
採用と育成の質を問う「早期離職率」
次に重要なのが、入社後1年〜3年以内といった短期間での離職率です。採用には多大なコストと労力がかかっていますが、入社直後の社員はまだ十分な収益を生み出していません。この時期の離職は、採用時のミスマッチや受け入れ体制(オンボーディング)の不備を示唆しており、投資対効果の観点からも大きな損失となります。
「なぜ辞めたのか」という定性情報の分析
数字としての離職率だけでなく、その背景にある「離職理由」の分析も欠かせません。退職理由を「給与・待遇」「人間関係」「キャリアパス」「業務内容」などに分類し、経年変化を追うことで、打つべき対策の優先順位が見えてきます。例えば、報酬への不満が急増しているなら給与改定が必要ですし、キャリアへの不安が主因であれば評価制度や配置の見直しが求められます。
具体的なアクションとPDCAサイクル
KPIによって「どの層(Who)」の「何(What)」に課題があるかが可視化されたら、次はアクションに移ります。重要なのは、以下のようなPDCAサイクルを回し続けることです。
- Plan(計画)
サーベイ分析により「部門間の連携不足」が課題と判明した場合、それを重点改善項目に設定し、「社内交流イベント」や「部門横断プロジェクト」などの施策を立案します。 - Do(実行)
立案した施策を現場に落とし込み、実行します。この際、施策の実施率や参加率もモニタリングします。 - Check(評価)
再度サーベイやパルスサーベイを実施し、該当項目のスコアが改善しているかを確認します。 - Action(改善)
スコアが改善していれば施策を継続・制度化し、変化が見られなければアプローチを見直して次のサイクルへ移行します。
分析で終わらせず、組織を変える「駆動力」にするために
KPIの測定はゴールではありません。それはあくまで、組織をより良くするためのスタートラインです。 重要なのは、可視化された課題(マテリアリティ)に対し、経営や人事がどう向き合い、具体的なアクションを起こしたかという「変化のプロセス」です。
スコアが低かったとしても、それを真摯に受け止め、改善に向けたPDCAサイクルを回し続ける姿勢があれば、従業員の信頼は必ず回復します。逆に、調査だけして何も変わらなければ、失望は深まるばかりでしょう。 「測定し、対話し、行動する」。このサイクルを回し続けることこそが、人材定着を実現する最短の道です。KPIという羅針盤を手に、強い組織を作るための第一歩を踏み出しましょう。
▼ 領域別の詳細KPIリストはこちら
エンゲージメントや離職率、健康・安全など、組織の状態を可視化するための主要KPIと計算式を網羅した『人的資本KPI大全』をご用意しました。具体的な改善アクションにつなげるための指標選びの参考資料として、ぜひご活用ください。

★ こんなお悩みをお持ちの方におすすめ
・どの領域に、どのようなKPIがあるのか?
・このKPIはどのように計算すればよいのか?
・先進企業はどのようなKPIを、どのように開示しているのか?
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




