有価証券報告書の「マンネリ」を防ぐ、持続的な人的資本開示の深化

開示の「マンネリ化」、貴社は乗り越えられていますか?

有価証券報告書における人的資本の情報開示が義務化されてから、数年が経過しました。多くの企業で開示のプロセスは定着しつつある一方で、担当者の皆様からは次のような、より本質的な悩みが聞かれるようになっています。

「毎年、同じような指標を更新するだけで、取り組みの『進化』を示せていない…」
「開示が目的化してしまい、経営への貢献が見えづらくなっている」
「投資家から『他社との違いが分からない』『進捗が見えない』というフィードバックを受けた」

このような「開示のマンネリ化」や「形骸化」は、継続性が求められるからこそ生じる根深い課題です。本コラムでは、こうした状況を打破し、情報開示を持続的に深化させるための仕組み作りについて考えていきます。

なぜ「開示のマンネリ化」は起こるのか?

開示内容が年々停滞してしまう根本原因は、情報開示が「報告義務」の遵守で終わってしまっている点にあると考えられます。本来、有価証券報告書での開示は、自社の人的資本経営の進化の過程をステークホルダーに伝え、対話を深めるための「手段」であるはずです。

「点」の報告から「線」のストーリーテリングへ

マンネリ化に陥る企業では、開示が過去1年間の実績を報告する「点」の作業になりがちです。これでは、単年度の状況は分かっても、企業がどのように課題を認識し、改善し、成長しているのかという「線」の物語、すなわち進化のストーリーを伝えることはできません。

投資家が真に知りたいのは、単年のデータよりも、むしろ経年での変化とその背景にある戦略的な意図です。持続的に開示を深化させている企業は、人的資本に関する情報を常に収集・分析し、次のアクションに繋げる経営サイクルの中に情報開示を位置づけています。

属人的な対応から「ガバナンス体制」へ

コトラでは、この課題を単なる担当者レベルの実務の問題ではなく、経営アジェンダとして人的資本データを活用するための「ガバナンス体制」の問題として捉えるべきだと考えています。

誰が、どのような目的で、何のデータを、いつまでに収集し、その進捗をどう評価するのか。その責任体制やプロセスが明確になっていなければ、担当者の属人的な努力に依存せざるを得ず、開示内容の深化は望めません。有価証券報告書の継続的な作成を通じて、このガバナンス体制そのものを毎年見直し、強化していくことが重要です。

開示を持続的に深化させる3つの仕組み

では、マンネリ化を防ぎ、毎年進化する有価証券報告書を作成するためには、どのような仕組みを構築すればよいのでしょうか。ここでは3つの重要な要素を挙げます。

1. データ収集・活用の目的の明確化と合意形成

まず最も重要なのは、「何のために人的資本データを集め、開示するのか」という目的を経営レベルで明確にし、関係部署間で合意を形成することです。

  • 企業のパーパスや経営戦略の実現のため
  • 投資家との建設的な対話のため
  • 従業員のエンゲージメント向上のため

目的が明確になることで、収集すべきデータの優先順位が自ずと決まります。これにより、やみくもなデータ収集から脱却し、効率的で戦略的な情報管理が可能になります。

2. 人的資本データの「動的な」収集・統合基盤

次に、必要なデータを継続的かつ効率的に収集・統合するためのデータ基盤を整備することが求められます。人事システム、勤怠システム、研修管理システムなど、社内に散在する人的資本データを一元的に集約し、可視化できる仕組みが理想的です。

近年では、こうした人的資本データを統合管理するためのHRテクノロジーも進化しています。こうしたツールを活用することで、有価証券報告書の作成時期に慌てることなく、常に最新のデータを参照し、分析できる状態を維持できます。これは、情報開示のためだけでなく、経営の意思決定を迅速化・高度化する上でも極めて有効です。

3. 組織サーベイによる「生きたデータ」の定点観測

開示府令で例示されている指標の多くは、結果としての「状態」を示すものです。しかし、開示を深化させるためには、その状態を生み出している従業員の意識や意欲といった「生きたデータ」の経年変化を捉えることが不可欠です。

そのために有効なのが、エンゲージメントサーベイやパルスサーベイといった組織サーベイの活用です。これらのサーベイを定点観測することで、従業員の働きがい、上司との関係性、組織文化への共感度といった、目に見えない資本の状態を数値で捉えることができます。こうしたデータの経年変化と、それに対する打ち手を有価証券報告書で示すことができれば、ストーリーに深みと説得力が生まれます。

仕組み化が、開示の価値を継続的に高める

有価証券報告書における人的資本の情報開示は、一度きりの花火で終わらせてはなりません。開示が始まって数年が経過した今、その真価が問われているのは「継続的に進化を示せるか」という点です。

その場しのぎの対応を繰り返し担当者が疲弊するのではなく、データ活用の目的を明確にし、それを支えるデータ基盤とガバナンス体制という「仕組み」を構築すること。それが、開示のマンネリ化を打破し、企業の人的資本経営そのものを深化させることに繋がるのです。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。組織サーベイを用いた価値観分析や、開示の深化に繋がる動的なデータ基盤の構築支援など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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