その「人材ポートフォリオ」、本当に活用されていますか?
「全社員のスキルデータを集計し、人材ポートフォリオを可視化した」
「経営会議で、人材ポートフォリオの分析結果を報告した」
人的資本経営への関心の高まりを受け、こうした取り組みに着手する企業は増えています。しかしその一方で、「多大な労力をかけたにもかかわらず、その後の人事異動や育成計画に何も変化が起きていない」「現場からは『また人事が何かやっている』と冷ややかな目で見られている」といった、機能不全を嘆く声も少なくありません。
人材ポートフォリオの策定は、それ自体が目的ではありません。経営や事業の意思決定に貢献し、組織変革のドライバーとなって初めて、その価値を発揮します。本コラムでは、人材ポートフォリオ戦略が「宝の持ち腐れ」で終わってしまう典型的な3つの罠と、その対策について解説します。(人材ポートフォリオについて詳しく知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。)
機能不全の根源は「目的の不在」と「対話の欠如」
人材ポートフォリオ戦略が失敗する背景には、様々な要因が考えられます。しかし、その根源を突き詰めると、多くは「何のためにやるのか(目的)」が曖昧なまま進められ、「誰とやるのか(対話)」が欠如しているという、2つの本質的な課題に行き着くと考えられます。
データを集めて分析すること自体が目的化してしまい、その先にある「どのような組織課題を解決したいのか」「どのような未来を実現したいのか」というビジョンが共有されていない。あるいは、人事部門だけでプロジェクトを抱え込み、本来の主役であるべき経営陣や、施策の対象となる現場の管理職・従業員を置き去りにしてしまう。
これからご紹介する3つの罠は、いずれもこの「目的の不在」と「対話の欠如」から派生する、具体的な状況と言えるでしょう。
人材ポートフォリオ戦略を阻む「3つの罠」とその対策
自社の取り組みが、以下の罠に陥っていないか、ぜひ一度振り返ってみてください。
罠1:「人事の、人事による、人事のための」プロジェクトになってしまう
人材ポートフォリオの構築は、その性質上、人事部門が主導するケースがほとんどです。しかし、それがいつの間にか「人事部門の自己満足」で終わってしまうのが、最も陥りやすい罠と言えます。
- 具体的な状況
経営陣からは「データは分かったが、それで、我々は何を決めればいいのか?」と問われ、事業部門からは「忙しいのに、なぜこんな調査に協力しなければならないのか」と反発を受ける。人事部門内だけで議論が完結し、具体的なアクションに繋がらない。
- 対策:プロジェクトのオーナーは「経営」であることを明確にする。
人材ポートフォリオは人事課題ではなく、経営課題そのものです。プロジェクトの初期段階から経営陣を巻き込み、「この人材ポートフォリオ分析を通じて、どのような経営判断を下したいのか」という目的を共有することが不可欠です。
例えば、「次世代リーダー候補の不足」という経営課題に対して、「候補者層の厚みと質を人材ポートフォリオで可視化し、計画的なサクセッションプランを策定する」といった具体的なゴールを設定します。これにより、人材ポートフォリオは単なる人事部門の管理ツールではなく、経営層が戦略的な意思決定を行うための重要な情報基盤へと、その役割が変わります。
罠2:「完璧なデータ」を追い求めるあまり、動けなくなる
人材ポートフォリオを構築しようとすると、データの精度が気になり始めるのは自然なことです。「全社員のスキル情報を正確に収集しなければ」「最新の評価データが揃うまで待とう」。そうこうしているうちに時間だけが過ぎ、プロジェクトが塩漬けになってしまうケースです。
- 具体的な状況
データ収集・整備に膨大な時間を費やし、分析や施策の検討にまで至らない。データの粒度が細かすぎたり、更新頻度が高すぎたりして、運用負荷に耐えきれなくなる。
- 対策:「完璧な100点」より「対話を生む60点」を目指す。
人材ポートフォリオの価値は、データの完璧さにあるのではありません。むしろ、そのデータを基に「我が社の強みは何か」「次に打つべき手は何か」といった、建設的な対話が生まれることにこそ価値があります。
最初は不完全でも、まずは手元にあるデータで仮説を立て、経営陣や事業部門長と議論を始めることが重要です。その対話の中から、「もっとこういうデータが見たい」「この定義では実態と合わない」といったフィードバックが得られ、結果としてデータの精度や分析の質も向上していく、という好循環が生まれます。
罠3:「分析して終わり」で、現場の行動変容に繋がらない
精緻な分析レポートを作成し、経営会議で報告。「素晴らしい分析だ」と賞賛され、プロジェクトは成功したかのように見えます。しかし、その後、現場では何も変わらない。これは、「分析」と「行動」が断絶している状態です。
- 具体的な状況
分析結果が一方的に「通達」されるだけで、現場の管理職や従業員が「自分ごと」として捉えられない。人事施策(育成、配置など)が、人材ポートフォリオの分析結果と連動しておらず、場当たり的な運用が続く。
- 対策:分析結果を「問い」に変換し、現場を巻き込む。
例えば、「A事業部は、次世代リーダー層が他部門に比べて手薄である」という分析結果が出たとします。これをそのまま伝えるのではなく、「A事業部の5年後を見据えた時、どのようなリーダーシップが必要で、それをどう育成していきますか?」という「問い」として、事業部長に投げかけるのです。
人材ポートフォリオを「評価ツール」としてではなく、「未来を共に考えるための対話ツール」として位置づけることで、現場の当事者意識を引き出し、自律的な行動変容を促すことができます。組織サーベイなどを通じて現場の声を吸い上げ、施策に反映させることも有効なアプローチでしょう。
人材ポートフォリオは、組織の対話を促す「触媒」である
人材ポートフォリオ戦略が失敗する根本原因は、技術やデータの問題ではなく、組織のコミュニケーションの問題にある場合がほとんどです。機能しない人材ポートフォリオは単なる数字の羅列に過ぎませんが、うまく機能する人材ポートフォリオは、経営と現場、そして従業員一人ひとりの対話を活性化させる強力な「触媒」となります。
完璧なデータや計画が整うのを待つことに固執するのではなく、まずは現在ある情報を用いて、経営層や現場を巻き込んだ対話を始めることが肝要です。その対話を繰り返すプロセスを通じてこそ、人材ポートフォリオはより実態に即し、真に企業の意思決定に資するものへと進化し、持続的な成長を支える強固な基盤となるのではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人材ポートフォリオの策定で直面する課題や、現場を巻き込むための具体的なアプローチについて、より深いご相談は、お気軽にお問い合わせください。