その事業計画、実行する「人材」の顔ぶれは見えていますか?
中期経営計画を策定し、意欲的な事業目標を掲げている。市場のニーズを捉えた新サービスも構想している。
しかし、その戦略を実行し、目標を達成するために「どのようなスキルや経験を持つ人材が、何人必要なのか」という問いに、貴社は明確に答えられるでしょうか。多くの経営者や人事担当者の方々が、事業戦略と人材戦略の間に存在する、この見えない溝に課題を感じているのが実情と考えられます。
この溝を埋め、戦略の実行性を飛躍的に高めるための強力な思考のフレームワークが「人材ポートフォリオ」です。しかし、「人材ポートフォリオ」という言葉は知っていても、単なる年齢や役職、所属部署ごとの人員構成をまとめたグラフといった静的なイメージで捉えられてはいないでしょうか。
本コラムでは、そうした静的な理解から一歩踏み込み、人材ポートフォリオが企業の未来を創造する「羅針盤」として機能するために、その本質を紐解いていきます。
「人材ポートフォリオ」とは未来価値創造のための戦略ツール
まず、「人材ポートフォリオ」とは何かを明確に定義しておきましょう。人材ポートフォリオとは、企業の経営戦略・事業戦略の実現に向けて、質(スキル、専門性、役割など)と量(人員数)の両面から、現在および将来のあるべき人材の構成を可視化し、分析するための経営ツールです。
その本質は、現状の人員構成を可視化することだけに留まりません。真の目的は、自社の経営戦略・事業戦略を実現するために、将来的にどのような人材集団(ポートフォリオ)を形成すべきか(To-Be)を描き、現状(As-Is)とのギャップを明らかにし、その差を埋めるための具体的な人事施策(採用・育成・配置・リテンション)へと繋げることにあります。
金融の世界でも資産の最適な組み合わせとしてポートフォリオを考えますが、対象が「人」である点で、より複雑で、動的な視点が求められます。
なぜ、経営戦略と不可分なのか
企業が持続的に成長するためには、事業環境の変化を予測し、競合優位性を築くための戦略が不可欠です。例えば、「5年後に海外売上比率を50%に高める」という戦略を掲げたとします。この場合、人材ポートフォリオの観点では、以下のような問いが生まれます。
- グローバルなビジネス交渉をリードできる人材は、現在何名いるか?
- 異文化を理解し、現地組織をマネジメントできるリーダー候補は育成できているか?
- 今後、どの地域で、どのような専門性を持つ人材を、何名採用または育成する必要があるか?
このように、人材ポートフォリオは抽象的な経営目標を、具体的な「人材」の要件に落とし込む翻訳機の役割を果たします。この翻訳機能なくして、戦略が「絵に描いた餅」で終わってしまうリスクは非常に高いと言えるでしょう。
静的な管理から、動的な価値創造へ
私たちが重視するのは、一度作成して終わりではない、「動的な人材ポートフォリオ」という考え方です。市場環境や事業フェーズは絶えず変化します。それに伴い、企業に求められる人材の質・量も変化し続けます。
重要なのは、定期的に人材ポートフォリオを見直し、経営戦略との整合性を確認し続ける仕組みを構築することです。それにより、事業環境の変化に後追いで対応するのではなく、変化を先読みし、変革をリードする戦略的な人事を実現できると考えます。この動的なアプローチこそが、人材ポートフォリオを真に経営に資するツールへと昇華させる鍵となります。
未来を描くための第一歩:戦略的人材ポートフォリオ構想の視点
では、戦略的な人材ポートフォリオの構築は、どこから手をつければ良いのでしょうか。最初から完璧なものを目指す必要はありません。まずは、自社の現状を正しく認識し、未来の姿を構想するための「視点」を持つことが重要です。
視点1. 事業フェーズと求められる人材像の定義
現在、自社の主要事業はどのようなフェーズにあるでしょうか。事業フェーズによって、求められる人材の特性は異なります。例えば、以下のように分類して考えることができます。
- 創造・創業期:ゼロからイチを生み出す、チャレンジ精神旺盛な人材
- 成長期:事業を拡大し、仕組みを構築する推進力のある人材
- 成熟期:既存事業の効率化や改善を主導する、安定志向の強い人材
- 変革・再生期:新たな価値を創造し、変革を恐れないリーダーシップを持つ人材
全社一律で同じ人材を求めるのではなく、事業ごとの特性を理解し、それぞれに最適な人材ポートフォリオを構想することが、戦略の解像度を高めます。例えば、成長期の事業には事業拡大を牽引する人材の比率を高め、成熟期の事業にはオペレーション改善を推進する人材を手厚く配置する、といった戦略的な人員配置が求められます。
視点2. 人材を評価する「軸」の検討
人員構成を分析する際、年齢や勤続年数といったデモグラフィック情報だけでは不十分です。経営戦略との連動性を高めるためには、以下のような「軸」で人材を可視化することが有効と考えられます。
- スキル・専門性
単に「何のスキルを持っているか」だけでなく、その「レベル」や「将来性」まで見極めます。例えば、専門スキルをレベル1(指導のもと遂行可能)からレベル5(業界の第一人者)のように段階分けしたり、「将来性が高く、強化すべきスキル」と「陳腐化リスクがあり、学び直しが必要なスキル」に分類したりすることで、より戦略的な育成計画に繋げることができます。 - 役割・貢献度
現在の役職名だけでなく、組織内で実際に果たしている「役割」と「貢献度」を評価します。特に、売上などの直接的な業績貢献に加え、後進の指導やナレッジ共有といった、チームや組織文化への間接的な貢献も評価の対象とすることが重要です。これにより、数字には表れにくいものの、組織にとって価値の高い人材を見出すことができます。 - ポテンシャル・成長意欲
将来の可能性を評価します。その際、単なる素質としての「ポテンシャル」だけでなく、本人の「成長意欲」を重視することが実務上は極めて重要です。キャリア面談での発言、自発的な学習活動、未経験領域への挑戦意欲など、本人の主体的な意志を示す行動を捉えることで、企業が提供する成長機会との最適なマッチングが可能になります。
これらの軸を組み合わせることで、単なる人員数ではなく、「どのような能力を持った人材が、どこに、どれだけいるのか」という、人材ポートフォリオの「質」を捉えることが可能になります。
視点3. 未来を創る人材流動とサクセッションプラン
人材ポートフォリオは、分析して終わりではありません。その分析結果を基に、未来の組織を創るための「人材の動き」を設計することが、最終的な目的です。
- 戦略的な人材配置と異動
人材ポートフォリオの分析によって明らかになった強みや課題に基づき、戦略的な人材配置を実行します。例えば、現状の組織では能力を発揮しきれていないポテンシャルの高い人材を、成長事業の新たなポジションに抜擢する、といった意図的な異動は、本人と組織の双方に大きな成長をもたらす可能性があります。 - サクセッションプラン(後継者計画)への活用
特に重要なのが、経営幹部や基幹事業の責任者といった重要ポジションの後継者計画です。
人材ポートフォリオを用いて、次世代リーダー候補となる人材群を平時から特定・可視化しておくことで、計画的な育成(タフな経験の付与、経営視点を養う研修など)を早期から始めることができます。これにより、不測の事態にも対応できる、サステナブルな経営体制を構築することが可能になります。
人材ポートフォリオは、持続的成長の礎となる
本コラムでは、人材ポートフォリオが単なる人員構成の可視化ツールではなく、経営戦略と人材戦略を統合し、未来の価値創造を導くための鍵となることを解説しました。
重要なのは、人材ポートフォリオを「静的な管理」の対象としてではなく、「動的な価値創造」のエンジンとして捉え直すことです。自社の事業戦略に基づき、将来求められる人材像を定義し、現状とのギャップを埋めるための対話と施策を始めること。その一歩が、変化の激しい時代を乗り越え、企業の持続的な成長を実現するための強固な礎となると、私たちは確信しています。まずは自社の人材ポートフォリオについて、経営層で議論を始めることから推奨いたします。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人材ポートフォリオの構想や、それを支える人材データの可視化・分析について、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。