【成長企業向け】等級制度の作り方:「30人の壁」を越える人事制度

その「仕組み」、事業の成長スピードに追いついていますか?

「創業当初は気にならなかったが、社員それぞれの給与の決め方に一貫性がない」
「役割分担が曖昧で、誰が何に責任を持つのか不明瞭になってきた」
「中途で入社した社員から『この会社でのキャリアパスが見えない』と相談された」

企業の成長が軌道に乗り、社員数が30人、50人と増えるにつれて、こうした「組織の歪み」が顕在化してくるのは、多くの成長企業が経験する道です。創業期には、経営者の想いや暗黙のルールで回っていた組織も、規模の拡大とともに行き詰まりを見せ始めます。この課題の根源には、組織の土台となる等級制度の不在、あるいは陳腐化があると考えられます。

本コラムでは、サクセッションプランといった遠い未来の話ではなく、今まさに成長の痛みを乗り越えようとしている企業に向けて、事業フェーズの変化に追従し、組織の成長を加速させるための「進化する等級制度」の設計思想と、その具体的な導入ステップについて解説します。

なぜ成長企業にこそ等級制度が必要なのか

創業期の企業にとって、等級制度のような「仕組み」は、官僚的でスピードを阻害するもの、と敬遠されがちです。しかし、組織が一定の規模を超えると、等級制度の不在は、むしろ成長の足かせとなり得ます。その理由を多角的に掘り下げていきましょう。

公平性と納得感の欠如が組織の活力を奪う

成長企業が最初に直面するのが、処遇の公平性の問題です。創業初期は、経営者と社員の距離が近く、個別の期待や事業への貢献度を経営者が直接把握し、感覚的に処遇を決定することが可能です。しかし、社員数が増えるにつれ、その方式は限界を迎えます。

  • 処遇のブラックボックス化
    個別の入社交渉や、経営者の一存で給与が決まる状況が続くと、「なぜあの人の給与が高いのか」「評価の基準は何か」といった疑問が社員の心に生まれます。処遇決定のプロセスが不透明な「ブラックボックス」と化し、不公平感の温床となります。
  • エンゲージメントの低下
    自分の頑張りが正当に評価・処遇に反映されないと感じた社員は、徐々に仕事への熱意を失います。これはいわゆる「静かな退職」にも繋がりかねない、深刻な問題です。
  • 採用競争力の低下
    近年、企業の口コミサイトなどを通じて、組織内部の情報は外部に伝わりやすくなっています。「評価制度が整っていない」「給与の基準が曖昧」といった評判は、優秀な人材を獲得する上での大きな障壁となります。

キャリアパスの不透明性が人材流出を招く

成長意欲の高い優秀な人材ほど、自身の将来のキャリアパスを重視する傾向があります。等級制度が不在の組織では、その道筋を示すことができません。

  • 成長実感の欠如
    自分が今、組織の中でどのレベルに位置し、次に何を目指せば成長できるのかが分からない状態では、社員は成長実感を得にくくなります。
  • 育成計画の行き詰まり
    等級ごとに求められるスキルや経験が定義されていなければ、計画的な人材育成は不可能です。研修やOJTも場当たり的になり、効果的な能力開発に繋がりません。
  • 優秀層の離反
    特に、ある程度のキャリアを積んできた中途採用者は、キャリアアップの展望を重視します。明確なキャリアパスを示せない企業は、彼らにとって魅力的とは言えず、定着率の低下、ひいては優秀な人材の流出という最悪の事態を招きます。

組織運営の非効率化が成長を鈍化させる

等級制度は、単なる人事のためだけの仕組みではありません。組織全体の運営効率にも深く関わっています。

  • 責任と権限の曖昧化
    等級による序列や役割定義がないと、「誰が最終的な意思決定者なのか」「どこまでが自分の責任範囲なのか」が不明確になります。結果として、部門間の連携が滞ったり、意思決定のスピードが著しく低下したりと、事業成長のボトルネックとなります。
  • マネジメントの機能不全
    部下一人ひとりを評価する際の基準がなければ、評価は個人の主観に偏りがちになり、適切なフィードバックや指導ができません。結果、マネジメントが機能不全に陥り、チーム全体のパフォーマンス向上も期待できなくなります。

事業フェーズで進化させる等級制度の導入ステップ

企業の成長フェーズは、その規模や事業の状況によって大きく分けられます。それぞれの段階で求められる等級制度の姿は異なります。重要なのは、いきなり完璧な制度を目指すのではなく、組織の成長に合わせて制度を進化させていくという視点です。

【フェーズ1】創業期(〜約30名):「等級」より「役割」で定義する

この段階は、事業の生存と成長が最優先される時期です。厳密な等級制度は、むしろ事業のスピードを阻害する可能性があります。

<方針とアクション>
このフェーズでは、厳密な等級は設けず、給与は個人のスキルセットや市場価値を鑑みて個別交渉で決定するのが現実的です。ただし、将来の制度化を見据え、最低限の準備はしておくべきです。

具体的には、採用するポジションごとに簡易的な「ジョブディスクリプション(職務記述書)」を作成することです。「ミッション」「主な職務内容」「必要な経験・スキル」を言語化しておくだけでも、「誰が何を担うのか」という役割の認識が揃い、後の等級設計の貴重なインプットとなります。

<注意点>
この時期に生じた給与のアンバランスは、将来的に是正が難しい「構造的な歪み」となる可能性があります。なぜその報酬額なのか、その背景にある市場価値や期待役割を、経営者自身が記録しておくことが重要です。

【フェーズ2】成長・拡大期(約30〜100名):シンプルな等級フレームを導入する

「30人の壁」を越え、経営者が全社員を直接把握することが物理的に不可能になるこのフェーズで、いよいよ等級制度の導入が本格的なテーマとなります。ここでの成功の鍵は、「シンプルさ」と「丁寧なコミュニケーション」です。

<方針とアクション>

  1. シンプルな等級フレームの設計
    まず、全職種に共通で適用できる3〜5段階程度のシンプルな等級フレームを導入します。ここでの等級定義は、複雑なコンピテンシー項目を並べるのではなく、「期待される行動レベル」で定義するのが良いでしょう。
    例えば、「L1:指示のもとで定型業務を遂行できる」「L2:自律的に担当業務を遂行し、改善提案ができる」「L3:チームやプロジェクトを牽引し、周囲を巻き込みながら成果を最大化できる」といった形です。
  2. 現社員の格付けと処遇調整
    設計した等級フレームに、現社員を一人ひとり当てはめていきます。このプロセスは、社員への期待を再定義する重要な機会です。同時に、既存の給与が等級の定義と大きく乖離している場合は、移行措置などを設けながら、時間をかけて是正を図ります。
  3. 評価制度との連動と運用開始
    等級定義に基づいたシンプルな評価制度を設計し、半期や通期での目標設定・評価・フィードバックのサイクルを回し始めます。

<注意点>
最も重要なのは、なぜ等級制度を導入するのか、その目的と背景を全社員に丁寧に説明することです。説明会やQ&Aセッションの場を設け、社員の疑問や不安に真摯に向き合う姿勢が、新制度への納得感を醸成します。また、他社の精緻な制度をそのまま模倣するのではなく、自社の文化や価値観に合った、身の丈の制度を設計することが肝要です。

【フェーズ3】成熟期(約100名〜):単一な物差しからの脱却

社員数が100名を超え、職種の専門分化が進むと、フェーズ2で導入した「全社共通のシンプルな等級制度」が機能不全に陥り始めます。貢献の尺度が全く異なる職種を、同じ物差しで測ることの限界が露呈し、現場の管理職や社員から不満の声が上がり始めるのです。

<方針とアクション>
この段階では、全社共通の等級グレード(G1〜G5など)は維持しつつ、「職種群(ジョブファミリー)」ごとに期待される役割を具体的に定義し、制度を精緻化します。

例えば、同じ「G4」という等級でも、セールスは「大手企業の戦略的アカウントを開拓」、エンジニアは「大規模システムの技術設計を主導」といった形で、それぞれの専門性に即した評価基準を設けることで、現場の納得感を高めます。

<注意点>
職種群ごとの定義を設ける際は、等級の難易度に部門間で差が出ないよう、経営層や人事が全体を俯瞰して調整することが不可欠です。 専門性を尊重しつつも、組織の一体感を損なわないバランスが求められます。

等級制度は、企業の成長に合わせて進化させる経営インフラ

成長企業における等級制度は、一度作って終わり、という完成品ではありません。本コラムで見てきたように、それは企業の成長フェーズや事業戦略の変化に応じて、継続的に見直しと改善が求められる動的な経営インフラです。

最も重要なのは、完璧な制度を追い求めることではなく、自社の「今」のフェーズに合った、最適な仕組みを導入し、組織の成長に合わせて育てていくという視点です。等級制度を事業成長のエンジンとして機能させ、企業の持続的な発展の礎を築いていきましょう。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の成長フェーズに合わせた等級制度の設計・導入・進化をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

kotora

コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


サービスについての疑問や質問、
その他お気軽にお問い合わせください!