その研修、本当に「DX人材育成」に繋がっていますか?
激化するDX人材の獲得競争を背景に、多くの企業が外部からの採用と並行して、社内での人材育成、すなわち「リスキリング」に力を入れ始めています。
自社の事業内容や企業文化を深く理解した社員がデジタルの知識・スキルを身につけることは、外部から採用した人材が組織に馴染むまでの時間やコストを考慮すると、極めて合理的かつ効果的な打ち手であると考えられます。
しかし、その一方で、「多額の費用をかけて研修プログラムを導入したが、現場の業務に活かされていない」「社員の学習意欲が続かない」といった課題を抱える企業は少なくありません。
なぜ、多くのリスキリング施策は「研修のやりっぱなし」で終わってしまうのでしょうか。その原因は、育成を単発の「イベント」として捉え、社員が学び、挑戦し、成長するための「仕組み」として設計できていないことにあると考えられます。本コラムでは、投資を無駄にせず、着実にDX人材を社内で育成するための本質的な考え方と、その具体的な仕組みづくりについて考察します。
「学び」と「実践」を繋ぐループの欠如が失敗を招く
多くの企業がリスキリングに失敗する最大の理由は、インプット(学習)の機会を提供するだけで、アウトプット(実践)の場を用意できていない点にあります。eラーニングで最新のプログラミング言語を学んでも、データ分析講座を受講しても、その知識やスキルを実際の業務で使う機会がなければ、あっという間に錆びついてしまいます。
「学習の孤立」がモチベーションを奪う
社員の立場から見れば、日々の業務に追われる中で、いつ使うかわからないスキルのために学習時間を確保するのは容易ではありません。「これを学んで、自分のキャリアはどうなるのか」「会社は自分の成長をどう評価してくれるのか」という疑問に対する明確な答えがなければ、学習へのモチベーションを維持することは困難です。
結果として、リスキリングは一部の意欲の高い社員だけが取り組むものとなり、組織全体への広がりを失ってしまう傾向があります。
育成と配置を「To-Be実現の打ち手」として連動させる
この問題を解決するためには、育成や配置といった施策を「あるべき人材ポートフォリオ(To-Be)を実現するための具体的な打ち手」として、戦略的に位置づける必要があります。つまり、研修はやりっぱなしにせず、その後の配置(実践機会の提供)までをセットで設計するのです。
具体的には、以下のサイクルを組織的に回す仕組みが有効です。
- To-Beの定義とスキルの可視化
事業戦略上、今後必要となる人材ポートフォリオ(To-Be)を定義し、そこに至るためのスキルや経験を可視化します。 - 育成機会の提供(インプット)
現状(As-Is)とのギャップを埋めるための学習パス(研修プログラムなど)を明示します。 - 実践機会の提供(アウトプット)
新たなスキルを習得した社員に対し、そのスキルを活かせる部署やプロジェクトへ戦略的に配置(アサイン)します。
この「目標設定 → 学習 → 実践」のサイクルこそが、社員の自律的な学びを促し、組織全体のDX人材輩出力を高めるための本質的なアプローチです。
社員の「学びたい」「挑戦したい」を引き出す3つの仕組み
学びと実践のサイクルを回すためには、具体的な制度や文化といった「仕組み」が必要です。ここでは、リスキリングを成功に導くための3つの鍵となる仕組みをご紹介します。
仕組み1:キャリアの羅針盤となる「スキルタクソノミー」の提供
社員が自律的に学ぶためには、まず「何を学ぶべきか」が明確でなければなりません。そこで有効なのが、企業として定義するDX人材の役割(例:データアナリスト、プロダクトマネージャー)ごとに、求められるスキルレベルを体系的に整理した「スキルタクソノミー」です。 社員はこのスキルマップを参照することで、
- 自分が目指したいキャリアパス
- そのために現在地から不足しているスキル
- 習得するために受講すべき研修プログラム
を客観的に把握できるようになります。これは、社員にとってはキャリアプランニングの羅針盤となり、会社にとっては戦略的な人材育成の土台となります。
仕組み2:挑戦の場としての「社内プロジェクト」の創出
インプットした知識を定着させ、本物のスキルへと昇華させるには、実践経験が不可欠です。しかし、既存の業務の中で新しいスキルを試す機会は限られています。そこで、経営層が意図的に「挑戦の場」を創出することが重要になります。
- DX推進プロジェクト
部門横断でメンバーを公募し、実際の業務課題のデジタル化に取り組みます。 - 実験環境の提供
本番の業務システムとは切り離された、安全な実験環境を用意します。これにより、社員は失敗を恐れることなく、新しいツールや技術を自由に試すことができます。 - メンター制度
すでに高いスキルを持つ社員が、学習中の社員をOJTでサポートする体制を整えます。
こうした実践の場は、スキル向上だけでなく、社内のDX人材同士のネットワークを形成し、ナレッジ共有を促進する効果も期待できます。
仕組み3:学びと挑戦を正当に評価する「人事制度」
リスキリングへの取り組みが、昇進や昇給といった形で報われなければ、社員の努力は続きません。人事制度を、学びと挑戦を後押しするものへとアップデートする必要があります。
- スキルベースの評価
従来の年功や役職だけでなく、新たに習得したスキルの市場価値や難易度を評価や処遇に反映させる「スキル評価」の導入が考えられます。 - 挑戦プロセスの評価
プロジェクトの結果が失敗に終わったとしても、その挑戦のプロセスや得られた学びを評価する文化を醸成します。 - キャリア自律の支援
上司との1on1ミーティングなどを通じて、社員一人ひとりのキャリアプランとリスキリングの進捗を確認し、会社として必要なサポートを提供します。
リスキリングは、組織の未来を育む息の長い活動である
DX人材の育成は、特効薬のような万能な研修プログラムを導入すれば解決する、という単純な話ではありません。本コラムでご紹介したように、社員一人ひとりのキャリア自律を促し、学びと実践が循環するサイクルを組織全体で回していくための、息の長い仕組みづくりが求められます。
自社の事業と文化を知る社員が、新たな武器であるデジタルスキルを身につけることのインパクトは計り知れません。それは、単にDX人材の頭数を増やすだけでなく、組織全体の変革対応力を底上げし、持続的な成長を可能にする原動力となるでしょう。
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