なぜ、あの新入社員は輝きを失ったのか?
「大きな期待を寄せて採用した人材が、入社後なかなかパフォーマンスを発揮できない」
「新入社員のエンゲージメントが低く、早期離職に繋がってしまっている」
こうした課題は、多くの企業が直面する深刻な問題です。様々な対策を講じているにもかかわらず、なぜ状況は改善しないのでしょうか。その答えのヒントは、実は入社前、すなわち採用段階の「候補者体験」に隠されているかもしれません。
採用活動と入社後のエンゲージメントは、断絶されたものではなく、密接に連動しています。本コラムでは、候補者体験が従業員エンゲージメントの土台をいかにして形成するのか、そのメカニズムを解き明かし、両者を一貫して高めるための戦略的アプローチを考察します。
候補者体験とエンゲージメントは地続きである
従業員エンゲージメントは、一般的に「従業員の企業に対する貢献意欲や、仕事への熱意」などと表現され、従業員の生産性や定着率、ひいては企業の業績にまで大きな影響を与えることが知られています。しかし、重要なのは、このエンゲージメントという感情が、入社日に突然芽生えるわけではない、という点です。
エンゲージメントの種は、候補者体験という土壌で育まれます。候補者は、採用プロセスを通じて、その企業の文化、価値観、働く人々の姿に触れ、「この組織の一員として貢献したい」という思い、すなわちエンゲージメントの原型を形成していきます。
逆に、もし候補者体験がネガティブなものであれば、たとえ内定を承諾して入社したとしても、心の中には企業に対する不信感や疑念の種が残ってしまいます。この小さな種が、入社後に「リアリティショック」――つまり、入社前に抱いていた期待と現実とのギャップ――に直面した際に発芽し、エンゲージメントの低下や早期離職という形で現れるのです。
候補者体験は「期待値マネジメント」の最前線
入社後エンゲージメントの最大の阻害要因は、候補者が抱いた「期待」と入社後の「現実」のギャップです。このギャップは入社初日に突然生まれるのではなく、採用プロセス全体を通じて形成(あるいは防止)されます。
私たちコトラは、候補者体験を単に企業の魅力を伝える場ではなく、企業と候補者双方の「期待値」を適切に調整し、すり合わせるための戦略的なマネジメントプロセスであると捉えています。良い面も課題も率直に共有し、相互理解を深めることで、入社後のリアリティショックを最小化する。この信頼関係に基づいた土台作りこそが、持続的なエンゲージメントの源泉となります。
後述する3つのポイントは、まさにこの「期待値マネジメント」を実践するための具体的なアプローチです。
エンゲージメントを高める候補者体験の3つのポイント
では、入社後の高いエンゲージメントに繋がる候補者体験を設計するためには、具体的にどのような点に留意すればよいのでしょうか。ここでは、3つの重要なポイントを提示します。
価値観のマッチングを重視した対話
スキルや経歴の確認に終始する面接では、候補者のエンゲージメントを高めることはできません。重要なのは、候補者一人ひとりの価値観やキャリア観に寄り添い、自社のミッションやビジョンとどう共鳴するのかを共に探る「対話」の場を設けることです。
- オープンな質問
「これまでのキャリアで、最もやりがいを感じた瞬間はどんな時でしたか?」「どのような環境で働くときに、ご自身の能力が最も発揮されると感じますか?」といった質問を通じて、候補者の内面的な動機や価値観を深く理解しようと努めます。 - 現場社員との交流
面接官だけでなく、将来の同僚となる可能性のある現場社員とカジュアルに話す機会を設けます。これにより、候補者はリアルな組織文化やチームの雰囲気を肌で感じることができ、入社後の働くイメージを具体化できます。このようなリアルな候補者体験が信頼を醸成します。
透明性の高い、リアルな情報提供
企業のポジティブな側面だけを強調するのではなく、課題や困難な側面も含めて正直に伝える姿勢が、候補者の信頼を獲得し、リアリティショックを防ぎます。
- RJP(Realistic Job Preview)の実践
日本語では「現実的な仕事情報の事前開示」と訳されます。仕事の魅力だけでなく、厳しさや泥臭い部分についても具体的に伝えます。例えば、「新規事業のため、まだ整っていない部分も多いですが、それを一緒に創り上げていく面白さがあります」といった伝え方です。 - 失敗談の共有
面接の場で、社員が自らの失敗談やそれをどう乗り越えたかを語ることも有効です。完璧な組織など存在しないという前提に立ち、課題に誠実に向き合う企業文化を示すことで、候補者は心理的安全性を感じ、より深いレベルでの共感を抱くでしょう。この候補者体験が、入社後のエンゲージメントの礎となります。
オンボーディングへのシームレスな接続
候補者体験は内定通知で終わりではありません。内定から入社までの期間、そして入社直後のオンボーディングまでを一連の体験として設計することで、候補者の不安を解消し、エンゲージメントをスムーズに高めていくことができます。
- 内定者フォローの充実
定期的な連絡はもちろん、内定者懇親会や社内イベントへの招待、メンターとなる先輩社員の紹介などを通じて、入社前から組織との繋がりを構築します。 - パーソナライズされたオンボーディング計画
選考過程で得られた候補者のスキルや志向性を基に、一人ひとりに最適化されたオンボーディング計画を事前に準備し、共有します。これにより、候補者は「自分のことを理解してくれている」と感じ、安心して入社日を迎えることができます。
エンゲージメントは採用段階から育むもの
従業員エンゲージメントの低下や早期離職といった問題の根は、多くの場合、入社前の「候補者体験」にあります。採用活動を、単なる人材の「選別」の場としてではなく、未来の仲間との「エンゲージメント構築」の出発点として捉え直すことが、企業の持続的な成長を実現するための鍵となります。
採用プロセス全体を通じて、企業の価値観を誠実に伝え、候補者一人ひとりと真摯に向き合うこと。この一貫した姿勢こそが、入社後のリアリティショックを防ぎ、従業員が高いエンゲージメントを維持しながら活躍し続ける組織文化を育むのです。候補者体験への投資は、採用力の強化に留まらず、組織全体の活力を生み出すための、最も効果的な投資の一つと言えるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。組織サーベイを活用した価値観分析や、エンゲージメント向上に繋がる候補者体験の設計に関する具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。