カテゴリー: 人的資本経営・開示

  • 組織を変える力 インクルーシブ・リーダーシップの効用

    組織を変える力 インクルーシブ・リーダーシップの効用

    「良い雰囲気」で終わらせない、インクルーシブ・リーダーシップの経営効果

    「風通しの良い組織」

    これは、多くの経営者や人事責任者が目指す組織の姿でしょう。しかし、その「風通しの良さ」が、具体的な経営成果に結びついているでしょうか。

    もし、従業員の定着率やエンゲージメントスコアの伸び悩み、あるいはイノベーションの停滞といった課題を感じているなら、それはインクルーシブ・リーダーシップという視点が欠けているのかもしれません。本コラムでは、インクルーシブ・リーダーシップがもたらす具体的な経営上のメリットについて、深掘りしていきます。

    メリット1:イノベーションの加速

    現代のビジネス環境において、イノベーションが企業の生命線であることに異論を唱える方はいないでしょう。そして、イノベーションの源泉は、多様な視点やアイデアの衝突と融合にあります。インクルーシブ・リーダーシップは、まさにこの化学反応を誘発する土壌を育みます。

    リーダーが、自分とは異なる意見や、時には耳の痛い指摘にも真摯に耳を傾け、尊重する姿勢を示す。これにより、従業員は「自分の意見を言っても大丈夫だ」という心理的安全性を感じることができます。この心理的安全性が確保された環境では、従業員は失敗を恐れずに新しいアイデアを提案したり、既存のやり方に疑問を投げかけたりすることが可能になります。

    例えば、ベテラン社員の経験知と、デジタルネイティブ世代の新しい発想。あるいは、営業部門が掴んだ顧客の生の声と、開発部門の技術的知見。インクルーシブ・リーダーシップは、これらの異質な要素が単に存在するだけでなく、有機的に結びつくことを促進します。その結果、これまで誰も思いつかなかったような画期的な商品やサービス、ビジネスモデルが生まれる可能性が飛躍的に高まるのです。

    組織サーベイで見出すイノベーションの種

    インクルーシブ・リーダーシップの効果を最大化するためには、組織の状態を客観的に把握することが不可欠です。私たちコトラは、定期的な組織サーベイの実施を推奨しています。しかし、その目的は単にエンゲージメントスコアの定点観測に留まりません。

    設問設計を工夫することで、「異質な意見が歓迎される風土があるか」「失敗を許容する文化が根付いているか」といった、イノベーション創出の前提となる組織文化を可視化することができます。部署ごと、あるいは階層ごとに分析すれば、インクルーシブ・リーダーシップが十分に機能しているチームと、そうでないチームが明確になります。このデータに基づき、課題を抱える部署のリーダーに対して的確なフィードバックや研修を提供することで、組織全体のイノベーション創出能力を体系的に高めていくことが可能になると考えられます。

    メリット2:従業員エンゲージメントと人材定着

    従業員エンゲージメント、すなわち「仕事への熱意や貢献意欲」は、企業の生産性を左右する重要な指標です。インクルーシブ・リーダーシップは、このエンゲージメントを高める上で極めて有効なアプローチであると考えられます。

    従業員は、自分の個性や能力が認められ、組織の意思決定プロセスに参画できていると感じることで、自身の存在価値が認められ、組織の重要な一員として貢献できているという実感を持つようになります。これにより、より高いレベルのエンゲージメントを示すようになると考えられます。

    このようなポジティブな感情は、仕事へのモチベーションを高めるだけでなく、組織への帰属意識や愛着を育みます。結果として、優秀な人材の離職を防ぎ、人材定着率の向上に繋がるという好循環が生まれます。採用コストの削減はもちろん、組織内に知識やノウハウが蓄積されやすくなるというメリットも見逃せません。インクルーシブ・リーダーシップは、優秀な人材が「働き続けたい」と心から思える魅力的な職場環境を創出するのです。

    メリットを最大化するための組織的アプローチ

    インクルーシブ・リーダーシップのメリットを享受するためには、リーダー個人の努力だけでなく、組織全体での仕組みづくりが不可欠です。ここでは、そのための具体的なアクションをご紹介します。

    アクション1:心理的安全性を「測定」し「対話」する文化を作る

    心理的安全性は、感覚的に語られるだけでなく、客観的な指標として扱い、改善サイクルを回すことが重要です。

    その第一歩として、組織の状態を正しく測定するために、組織サーベイには具体的な行動に関する設問を盛り込む必要があります。例えば、「このチームでは、ミスをしても非難されない」「他のメンバーに助けを求めることが容易だ」といった質問です。この設問設計の参考となるのが、Google社が自社の調査で見出した「チームを成功へと導く5つの鍵」です。以下の5つの要素を参考にサーベイを設計し、半期に一度など定期的に実施します。

    • 心理的安全性
      対人関係のリスク(例えば、無知だと思われる、否定的な印象を与えるなど)を安心して取れる状態。他の4つの鍵の土台となる。
    • 相互信頼
      チームのメンバーが、お互いに高い品質で時間通りに仕事を仕上げてくれると信頼している状態。
    • 構造と明確さ
      チームの役割、計画、目標が明確で、各メンバーがそれを理解している状態。
    • 仕事の意味
      メンバー一人ひとりが、自分の仕事やその成果に対して、個人的な意味や価値を見出している状態。
    • インパクト
      メンバーが、自分たちの仕事が組織の目標達成に貢献していると実感できている状態。

    しかし、測定するだけでは意味がありません。その結果を各チームにフィードバックし、対話を通じて改善に繋げることが不可欠です。

    結果を共有する際は、単なる説明会で終わらせないよう、注意が必要です。例えば、管理職がファシリテーターとなり、「なぜこの項目のスコアが低いのだろう」「スコアを1点上げるために、私たちは明日から何ができるだろう」といったテーマで、全員が安心して意見を出し合える場を設けることが有効でしょう。

    ここで重要なのは、「スコアが低い=悪いチーム」というレッテル貼りではなく、「改善の機会を発見したチーム」という前向きな雰囲気を作ることです。そして、対話会で決まったアクションプランは、次のサーベイまでチームで追いかけ、組織的なPDCAを回していくことが文化の定着に繋がります。

    アクション2:「行動変容」をゴールとした体験型研修を設計する

    知識として学ぶだけでなく、現場での行動が変わらなければ意味がありません。研修の設計段階から「行動変容」をゴールに据えることが重要です。

    • 研修内容の具体化
      1. 自己認識
        まず、アンコンシャス・バイアスの診断ツールなどを用いて、自分自身の無意識の偏見に気づくことから始めます。
      2. スキル習得
        次に、「意見が対立した場面で、両者の意見を尊重しながら議論を前進させる」といった具体的なケーススタディを用いたグループワークを行います。ここで、インクルーシブ・リーダーシップを発揮するためのファシリテーションスキルや傾聴スキルを実践的に学びます。
      3. 意識改革
        マイノリティの従業員が経験しがちな場面をロールプレイングで疑似体験し、当事者意識を醸成することも有効と考えられます。
    • 効果測定の連携
      研修の効果は、満足度アンケートだけでなく、研修の前後で360度評価におけるインクルージョン関連項目のスコアがどう変化したか、といった客観的な指標で測定することが望ましいでしょう。

    アクション3:「インクルーシブな行動」のロールモデルを可視化し、称賛する

    どのような行動が望ましいのか、具体的な手本を組織全体で共有することが、文化の定着を加速させます。

    例えば、インクルーシブ・リーダーシップを実践し、高いエンゲージメントや成果を上げたチームやリーダーを表彰する制度(例:インクルーション・アワード)を設けることが有効です。

    さらに、受賞者の取り組みを単なる結果として紹介するのではなく、「どのような課題意識から、具体的にどんな行動を起こし、チームにどんな変化が生まれたのか」というストーリーとして社内メディアで発信することで、他の従業員は自分ごととして捉え、具体的な行動のヒントを得ることができます。

    また、こうした「称賛されるべき行動」をより確固たるものにするためには、人事評価制度との連携が欠かせません。「多様な意見の尊重」や「部下の主体性の引き出し」といった項目をリーダーのコンピテンシー評価に明確に組み込み、その達成度を昇進・昇格の要件の一つとすることで、インクルーシブな行動が単なる「良いこと」ではなく、「リーダーとして必須の行動」であるという強いメッセージを組織に示すことができます。

    持続的成長のエンジンとしてのリーダーシップ

    本コラムでは、インクルーシブ・リーダーシップがもたらすメリットと、その効果を最大化するための組織的なアプローチについて解説しました。イノベーション、エンゲージメント、生産性の向上は個別のメリットであると同時に、相互に深く関連し合っています。

    インクルーシブ・リーダーシップは、このようなポジティブなサイクルを生み出し、組織を持続的な成長軌道に乗せるための強力なエンジンとなります。自社の競争優位性をどこに求めるのか。その答えの一つが、多様な人材の力を最大限に引き出すインクルーシブ・リーダーシップにあるのではないでしょうか。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社のエンゲージメント向上や組織文化の改革をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

  • 人的資本経営を加速するインクルーシブ・リーダーシップの本質

    人的資本経営を加速するインクルーシブ・リーダーシップの本質

    なぜ今、インクルーシブ・リーダーシップが求められるのか?

    「多様な人材の活躍」という言葉が、多くの企業で聞かれるようになって久しいですが、その実態はいかがでしょうか。

    「制度は整えたものの、現場では多様な個性が十分に活かされているとは言えない」
    「かえってコミュニケーションの断絶や軋轢を生んでいるのではないか」

    もし、このようなお悩みを抱えているとしたら、それはまさにインクルーシブ・リーダーシップの不在が原因かもしれません。本コラムでは、人的資本経営を成功に導く上で不可欠なインクルーシブ・リーダーシップの本質と、その重要性について深く掘り下げていきます。

    「包括」が意味する、新しいリーダーの姿

    インクルーシブ・リーダーシップとは、直訳すれば「包括的なリーダーシップ」です。しかし、これは単に多種多様な人材を組織内に集める「ダイバーシティ」の段階に留まるものではありません。

    真のインクルーシブ・リーダーシップとは、組織に集った一人ひとりの異なる背景、価値観、経験、能力を尊重し、誰もが「自分は組織の重要な一員である」という帰属意識と、「自分の個性を活かして貢献できている」という実感を持てる状態、すなわち「インクルージョン(包括・受容)」を実現するためのリーダーシップスタイルを指します。

    従来の強力なトップダウン型リーダーシップは、均質な組織を効率的に動かす上では有効であったかもしれません。しかし、市場のグローバル化、価値観の多様化が進む現代において、その手法は限界を迎えつつあります。

    変化が激しく、将来の予測が困難なVUCAの時代を勝ち抜くためには、組織内の多様な知見やアイデアを掛け合わせ、新たなイノベーションを生み出す力、すなわち「集合知」が不可欠です。インクルーシブ・リーダーシップは、この集合知を引き出すための触媒として機能すると考えられます。

    人的資本開示とインクルーシブ・リーダーシップの連動性

    人的資本経営の要請が高まる中、多くの企業が有価証券報告書や統合報告書での情報開示に取り組んでいます。注目すべきは、単なる従業員数や平均勤続年数といった定量的なデータだけでなく、人材育成方針や多様性確保に向けた取り組みといった「質的情報」の重要性が増している点です。

    この文脈において、インクルーシブ・リーダーシップの育成・導入に向けた取り組みは、極めて価値の高い開示情報となり得ます。なぜなら、インクルーシブ・リーダーシップは、多様な人材がその能力を最大限に発揮できる組織文化の基盤であり、それがエンゲージメントの向上やイノベーションの創出に繋がり、ひいては持続的な企業価値向上に貢献するという、説得力のあるストーリーラインを投資家に示すことができるからです。

    インクルーシブ・リーダーシップへのコミットメントは、貴社が本質的な人的資本経営を実践していることの力強い証明となるでしょう。

    組織変革に向けたインクルージョンの実践ステップ

    インクルーシブ・リーダーシップは、一部の特別な管理職だけが持つべきスキルではありません。組織のあらゆる階層のリーダー、ひいては全従業員が意識すべき姿勢です。理念を具体的な行動に移すための、実践的なステップをご紹介します。

    ステップ1:自己と組織の「バイアス」を直視する

    まず取り組むべきは、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」への気づきです。

    • 個人の取り組み
      自己診断ツールなどを活用し、自身にどのような偏見の傾向があるか客観的に把握することから始めます。
    • 組織の取り組み
      管理職研修などで、バイアスが人事評価や日常のマネジメントに与える影響を学びます。例えば、「会議で特定の人物にばかり発言を促していないか」「育児中の社員に対し、本人の意向を確認せず、責任ある仕事を割り振るのを避けていないか」など、具体的な業務シーンを想定したチェックリストを作成し、自己点検を促すのも有効です。

    ステップ2:「アクティブリスニング」をチームの標準スキルにする

    インクルーシブ・リーダーシップの基本は、相手への深い理解から始まります。単に話を聞くのではなく、能動的に聴く「アクティブリスニング」を実践します。具体的には、以下のような手法が挙げられるでしょう。

    • 言い換え
      「つまり、〇〇ということですね?」と相手の発言を自分の言葉で要約し、認識のズレがないか確認します。
    • 感情の反映
      「そのプロジェクトは大変だったのですね」と、言葉の背景にある感情に寄り添う姿勢を見せます。
    • 質問
      「なぜそう思うのですか?」「もう少し具体的に教えていただけますか?」と、オープンクエスチョンで深掘りし、相手の真意を理解しようと努めます。

    特に1on1ミーティングは絶好の機会です。業務の話だけでなく、キャリア観や働きがいについて対話し、信頼関係を構築します。

    ステップ3:意思決定の「透明性」を確保する

    組織の目標や意思決定のプロセスを可能な限りオープンにすることも、インクルージョンを促進します。

    • 共有すべき情報
      チームや部署の目標達成状況、経営会議で決まった重要事項とその背景、新しい人事制度の導入意図など、これまで一部の管理職しか知らなかった情報を、可能な範囲で全員に共有します。
    • 共有方法
      週次の定例ミーティングのアジェンダに「情報共有」の時間を必ず設ける、SlackやTeamsなどのコミュニケーションツールに専用チャンネルを作るなど、情報がスムーズに流れる仕組みを構築します。情報の透明性は、従業員の「自分も組織の一員である」という当事者意識を育みます。

    ステップ4:「建設的な挑戦」を称賛し、文化として根付かせる

    たとえ失敗したとしても、新たな挑戦や建設的な意見の提案といった「勇気ある行動」を称賛する文化を育むことが大切です。

    また、称賛の仕組み化も有効でしょう。リーダーが口頭で褒めるだけでなく、朝礼や全体会議の場で具体的に紹介する、ピアボーナス制度(従業員同士で感謝と報酬を送り合う仕組み)を活用するなど、行動が可視化され、正当に評価される仕組みを作ります。

    インクルーシブ・リーダーシップとは、このような小さな成功体験を組織全体に広げていくプロセスでもあるのです。

    インクルーシブ・リーダーシップが拓く、企業の未来

    本コラムでは、インクルーシブ・リーダーシップの基本的な概念と、現代の企業経営におけるその重要性について論じてきました。多様な人材を「集める」だけでなく、その一人ひとりを「活かしきる」こと。これこそが、インクルーシブ・リーダーシップの本質です。

    このリーダーシップスタイルを組織に根付かせることは、決して平坦な道のりではないかもしれません。しかし、従業員一人ひとりが尊重され、その能力を最大限に発揮できる組織は、変化にしなやかに対応し、イノベーションを生み出し続けることができます。それは、企業の持続的な成長、そして企業価値の向上へと直結する、極めて戦略的な投資であると言えるでしょう。インクルーシブ・リーダーシップは、もはや理想論ではなく、すべての企業が取り組むべき経営課題なのです。

    株式会社コトラでは、本コラムで触れたインクルーシブ・リーダーシップへの取り組みを含め、貴社の人的資本に関する活動を統合報告書や人的資本レポートで効果的に開示する「人的資本開示の高度化支援」を提供しております。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

  • 人材の過不足を解消する、実践的な「要員計画」の立て方

    人材の過不足を解消する、実践的な「要員計画」の立て方

    なぜ、部門間で人材の「過不足」が発生してしまうのか?

    「成長事業を担う部門は慢性的な人手不足に悩み、一方で、成熟事業の部門では人材の活躍機会が減っている」
    「全社で見れば人員は足りているはずなのに、現場では常に『人が足りない』という声が絶えない」

    このような「人材の偏在」は、多くの経営者や人事責任者の皆様にとって、頭の痛い問題ではないでしょうか。部門ごとに採用や異動を繰り返す、いわば「もぐら叩き」のような対応では、根本的な解決には至りません。本コラムでは、人材の過不足という喫緊の課題に対し、要員計画を通じていかに戦略的にアプローチしていくか、その具体的な立て方と実践策を解説します。

    人材の過不足は「量の問題」ではなく「質のミスマッチ」

    部門最適がもたらすアンバランス

    人材の過不足はなぜ発生するのでしょうか。その根底には、各部門が自部門の都合を優先する「部門最適」の考え方が存在することが少なくありません。

    • 人材の抱え込み
      優秀な人材や専門性の高い人材を、他部門へ異動させることに抵抗を感じる。
    • 場当たり的な補充
      退職者が出たポストに、前任者と類似のスキルセットを持つ人材を単純に補充してしまう。
    • 全社視点の欠如
      他部門の状況や、会社全体の戦略的な優先順位を考慮せずに、自部門の要員計画を立ててしまう。

    これらの積み重ねが、全社レベルでのアンバランス、すなわち人材のミスマッチや流動性の低下を招く大きな要因となっていると考えられます。

    「動的な人材ポートフォリオ」による流動性の確保

    この根深い問題を解決するためには、人材を特定の部門の「資産」として捉えるのではなく、全社共通の「資本」として捉え、その価値を最大化する視点への転換が必要です。私たちは、これを実現する方法として「動的な人材ポートフォリオの構築」が重要だと考えています。

    これは、一度計画を立てて終わりではなく、事業戦略や環境の変化に応じて、社内の人材を柔軟かつ機動的に再配置できる仕組みと文化の構築を目指すものです。戦略的な要員計画に基づき、計画的な異動や公募制度などを活用して人材の流動性を高めることが、組織全体の活力を生み、人材の過不足を解消する鍵となると考えています。

    *動的な人材ポートフォリオの詳細は、以下のコラムをご参照ください。

    過不足を解消する、戦略的要員計画と実行アクション

    全社最適の視点から人材の過不足を解消するための要員計画は、どのように立て、実行すればよいのでしょうか。

    ステップ1:全社横断での現状把握と課題特定

    まずは、部門の壁を取り払い、会社全体の人材配置の状況を客観的に把握します。

    • 人員構成の分析
      部門別・職種別の過不足感を、定量データ(残業時間、生産性指標など)と定性データ(従業員サーベイ、上司ヒアリングなど)の両面から分析します。
    • スキル・経験の棚卸し
      「〇〇のスキルを持つ人材は、どの部門に何名いるか」といったスキルベースでの可視化を行い、人材の偏在や、潜在的な活用可能性を探ります。

    この分析を通じて、「A事業部で不足しているマーケティングスキルは、B事業部の〇〇さんが保有している」といった、部門を越えた人材活用の糸口を見つけ出します。

    ステップ2:全社最適の観点からの要員計画策定

    次に、各部門の要求をただ積み上げるのではなく、経営戦略上の優先順位に基づき、全社レベルでリソース配分を最適化する要員計画を策定します。

    • 優先順位付け
      成長事業や新規事業、全社的なDX推進など、戦略的に重要な領域への人員重点化を明確にします。
    • 過剰人員の再配置計画
      人員に余剰感のある部門から、不足している部門へ、どのようなスキルを持つ人材を、どのような育成プログラムを経て異動させるか、具体的な計画を立てます。
    • 採用計画の見直し
      安易な増員に頼るのではなく、まずは社内での再配置や育成で充足できないかを最優先で検討します。

    ステップ3:人材流動化を促進する施策の実行

    計画を絵に描いた餅で終わらせないためには、人材の流動化を後押しする具体的な施策の実行が不可欠です。

    • 戦略的異動・配置
      要員計画に基づき、トップダウンでの戦略的な人材異動を実施します。
    • 社内公募制度の活性化
      従業員が自律的にキャリアを選択できる機会を提供し、挑戦を促します。
    • リスキリング・学び直しの機会提供
      異動先で必要となるスキルを習得するための研修やサポート体制を整備します。
    • サクセッションプラン
      主要なポストについて、後継者候補を平時から計画的に育成・準備しておきます。

    これらの施策は、従業員にとっても新たなキャリアの可能性を拓く機会となり、エンゲージメントの向上にも繋がるでしょう。

    人材の最適配置こそ、組織のパフォーマンスを最大化する

    人材の過不足という問題は、放置すれば組織の活力を蝕み、成長を鈍化させる深刻な経営課題です。この問題の根本原因は、「量」ではなく「質」のミスマッチ、そして「部門最適」の壁にあります。

    要員計画を全社最適の視点で見直し、戦略的な人材配置と流動化を促進すること。それこそが、限られた人的資本を最大限に活かし、組織全体のパフォーマンスを高めるための最も効果的な方法といえるでしょう。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。動的な人材ポートフォリオの構築など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

  • データで語る人的資本 相関分析から始める価値創造ストーリー

    データで語る人的資本 相関分析から始める価値創造ストーリー

    人的資本投資、業績への貢献を「説明」できますか?

    「従業員エンゲージメント向上のための施策に、これだけの予算を投じる価値は本当にあるのか?」
    「人材育成への投資が、将来の売上や利益にどう結びつくのか、具体的に示してほしい」

    経営会議やIRの場で、このような問いを投げかけられ、明確な答えに窮した経験はないでしょうか。「人的資本が重要である」という総論には誰もが同意する一方で、その投資対効果(ROI)を客観的なデータで証明することの難しさは、多くの企業が抱える共通の課題です。

    この問いに対し、客観的なデータに基づいて説明責任を果たそうとする動きが広がっています。その中で、データドリブンな人的資本開示の有効な第一歩として注目されるのが「相関分析」です。本コラムでは、この手法を用いて開示内容に客観的な根拠を与え、説得力を高めるアプローチについて解説します。

    「感覚」から「根拠」へ。データドリブン開示の第一歩

    これまでの人的資本経営は、「良い組織風土が良い業績を生むはずだ」といった経験則や感覚に頼る側面が少なくありませんでした。しかし、デジタル化の進展により、人事領域でも多様なデータを蓄積・活用できる環境が整いつつあります。

    相関分析とは、これらのデータを活用し、二つの事象の間の関連性(相関)を見つけ出す手法です。相関分析は複雑な因果関係を証明するものではありませんが、人的資本への取り組みと企業業績の間に「どのような関係がありそうか」という客観的な根拠を示唆してくれます。

    投資家も、完璧な因果の証明を最初から求めているわけではありません。むしろ、企業がデータに基づき、合理的に意思決定しようと試みる「姿勢」そのものを評価する傾向があります。その意味で、相関分析はデータドリブンな開示への、現実的で価値ある第一歩と言えるのです。有価証券報告書等でこうした分析アプローチに言及することは、貴社の経営の透明性と合理性をアピールする上で有効な一手となります。

    価値創造ストーリーを補強する「相関分析」開示の3ステップ

    では、この相関分析を情報開示に活かすには、どう進めればよいのでしょうか。ここでは、その実現に向けた3つのステップをご紹介します。

    ステップ1:仮説の構築 ― どの指標が何に効くのか?

    やみくもにデータを分析しても、意味のある示唆は得られにくいものです。まずは、自社の経営戦略や事業特性に基づき、「何と何が、どのように関連しているはずだ」という「仮説」を立てることが出発点となります。

    例えば、「当社の強みである顧客密着型の営業スタイルは、経験豊富なベテラン社員の定着率に支えられている。したがって、ベテラン層のエンゲージメント向上施策は、リピート売上率の維持に貢献するはずだ」といった具体的な仮説を構築します。この仮説の質が、分析全体の成否を左右します。

    ステップ2:データの収集と分析基盤の整備

    次に、仮説を検証するために必要なデータを収集し、分析できる基盤を整備します。人事データ(勤怠、評価、サーベイ結果など)と財務・事業データ(部門別売上、利益、顧客満足度など)を時系列で統合・分析できる環境があれば理想的ですが、Excel等の表計算ソフトでも構いません。

    ただし、データを収集する際は、従業員のプライバシーへの配慮や個人情報保護には細心の注意を払うようにしましょう。

    ステップ3:分析結果のストーリー化と開示

    分析の結果は、次の3パターンに大別されます。なお、ここでは例として、「従業員エンゲージメントスコアが高ければ、一人当たり営業利益も高い(この二つは正の相関関係にある)」という仮説を立てていたとします。

    • 仮説通りの相関関係が観察される。
    • 仮説とは反対方向の相関関係(従業員エンゲージメントスコアが高ければ、一人当たり営業利益は低い)が観察される。
    • 相関関係がない。

    仮説通りの相関関係が観察されたのであれば、それを説得力のあるストーリーとして開示します。

    例えば、「当社の分析では、従業員エンゲージメントスコアと一人当たり営業利益との間に、正の相関関係が確認されました。この結果は、従業員の働きがいが企業の生産性に繋がる可能性を示唆するものです。これに基づき、当社では全社的なエンゲージメント向上を重要KPIと位置づけ、〇〇といった施策に注力しています」といった形です。

    一方で、期待していた相関関係が観察されない、という結果が得られることも少なくありません。しかし、それは決して「失敗」ではありません。その場合、「どのような仮説に基づき分析を行ったが、現時点では明確な相関は見られなかった」という事実と、「今後はデータの収集方法を見直す」「別の仮説で分析を継続する」といった、次への展望を誠実に開示することも一つの有効なアプローチです。

    重要なのは、データと真摯に向き合い、試行錯誤するプロセスそのものをステークホルダーに示すことです。この透明性が、かえって企業の信頼性を高めることにも繋がると考えられます。

    データという「根拠」が、ストーリーの信頼性を高める

    人的資本と企業業績の関連性をデータで示すことは、人的資本が管理すべき「コスト」ではなく、積極的に投資すべき「価値創造のドライバー」であることを示唆する、強力な根拠となり得ます。

    完璧な証明には至らなくとも、データドリブンなアプローチへの挑戦は、貴社の経営管理能力と先進性、そして透明性の高さをステークホルダーに伝え、他社にはない信頼を勝ち取る一助となるでしょう。有価証券報告書や統合報告書での価値創造ストーリーに、データという客観的な「根拠」を加えてみてはいかがでしょうか。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人的資本KPIと財務指標の関連性分析や、その結果を踏まえた価値創造ストーリーの構築など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。

  • その戦略、なぜ浸透しない? 経営と現場を繋ぐ「組織文化」の力

    その戦略、なぜ浸透しない? 経営と現場を繋ぐ「組織文化」の力

    戦略を駆動させる組織文化の作り方

    「経営会議で決まった素晴らしい戦略が、なぜか現場まで浸透しない」
    「社員一人ひとりが、会社の向かう方向性を”自分ごと”として捉え、行動してくれていない」

    これは多くの経営者や人事責任者が直面する、深刻な課題ではないでしょうか。経営と現場の間に見えない壁が存在し、せっかくの戦略が実行に移されず、成果に結びつかない。この根深い問題の背景には、多くの場合、「組織文化」という目に見えない、しかし強力な力が作用しています。

    本コラムでは、『人材版伊藤レポート2.0』でもその重要性が指摘されている「企業文化への定着」に焦点を当て、経営戦略と人材戦略を真に連動させるための鍵、すなわち「組織文化」の戦略的な醸成方法について考察します。

    なぜ戦略の実行には「文化」が必要なのか

    組織文化とは、単なる「社風」や「職場の雰囲気」といった曖昧なものではありません。それは、「その組織において、何が重視され、どのような行動が称賛され、あるいは許容されないか」という、社員の意思決定や行動の基盤となる暗黙のルールや価値観の集合体です。

    どんなに優れた戦略や制度も、この文化という土壌に合わなければ、根付くことはありません。例えば、イノベーションを促進する戦略を掲げても、組織に「失敗を許さない文化」が根付いていれば、社員は萎縮し、誰も新たな挑戦をしようとはしないでしょう。

    社員の日々の意思決定や行動は、意識的・無意識的にこの組織文化の影響を受けています。したがって、文化が戦略の目指す方向と一致していなければ、新たな戦略や施策を導入しても、現場レベルでの行動変容には繋がらず、期待した成果を得ることは難しいでしょう。

    『人材版伊藤レポート2.0』が人的資本経営の実践を説く中で「企業文化への定着」を不可欠な要素として挙げているのは、この文化こそが、あらゆる施策の効果を左右する土台であると認識しているからに他なりません。重要なのは、文化は自然発生的に生まれるのを待つのではなく、目指す戦略の実現に向けて、意図的・戦略的にデザインし、育んでいくという視点です。

    戦略を実現する組織文化を醸成する3つのアプローチ

    では、戦略実行を力強く後押しする組織文化は、どのようにして創り上げることができるのでしょうか。私たちコトラは、以下の3つのアプローチが極めて重要だと考えています。

    パーパス・バリューを「現場の言葉」に翻訳する

    文化の核となるのは、企業の存在意義である「パーパス」と、共有すべき価値観・行動規範である「バリュー」です。

    しかし、これらが経営層の言葉のままでは、現場の社員には響きません。「私たちのパーパスは、日々の〇〇という業務を通じて、このように実現されている」「このバリューは、お客様への△△という対応そのものだ」というように、現場の業務と具体的に結びつく言葉に「翻訳」して伝えるプロセスが不可欠です。

    この翻訳作業を通じて、社員は初めて戦略を”自分ごと”として捉え始めます。

    リーダーシップによる「一貫した体現」

    文化は、リーダーの言動によって最も強く形作られます。経営トップや管理職が、自らバリューを体現し、日々の意思決定の拠り所としている姿を見せること。そして、部下の行動を評価する際に、そのバリューに沿っているかを問いかけること。こうしたリーダーからの一貫したメッセージと行動が、望ましい文化を組織の隅々にまで浸透させていきます。

    「言っていること」と「やっていること」が一致しているリーダーの存在が、社員の信頼と共感を呼びます。

    「仕組み」を通じて望ましい行動を後押しする

    文化は、精神論だけでは定着しません。望ましい行動が自然と促されるような「仕組み」に落とし込むことが重要です。

    • 人事制度との連動
      バリューを体現した社員が、評価や称賛、昇進・昇格において報われるような人事制度を設計する。
    • 業務プロセスへの組込み
      採用面接で候補者の価値観が自社と合うかを確認したり、会議のアイスブレイクでバリューに関する体験を共有したりするなど、日常の業務プロセスに文化を体現する仕掛けを埋め込む。

    こうした仕組みが、文化を特別なものではなく、日々の当たり前の空気のようにしていきます。

    文化こそが、持続的な競争優位の源泉となる

    『人材版伊藤レポート2.0』が示す人的資本経営の実践とは、単に新しい制度を導入することではありません。それは、企業の目指す方向へと、社員一人ひとりのエネルギーを統合していく、組織全体の変革です。

    その変革の成否を分けるのが、経営戦略と現場の行動を繋ぐ「組織文化」にほかなりません。強固で、かつ良い組織文化は、模倣することが極めて困難な、企業の持続的な競争優位性の源泉となります。戦略を実行し、価値を創造し続ける組織の土台として、今こそ自社の文化に真摯に向き合うことが求められているのではないでしょうか。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。組織サーベイを用いた価値観分析による文化の可視化や、パーパス・バリュー浸透のためのワークショップ企画など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。

  • ピープルアナリティクス実践講座 明日から始めるデータ活用の第一歩

    ピープルアナリティクス実践講座 明日から始めるデータ活用の第一歩

    「データ分析」と聞いて、尻込みしていませんか?

    「ピープルアナリティクスが重要だとは分かっているが、何から手をつければ良いのか見当もつかない」
    「統計の専門知識もないし、高価なツールもない。うちの会社にはまだ早い」

    人事や経営企画の現場で、このような声を聞くことは少なくありません。ピープルアナリティクスという言葉が持つ専門的な響きが、かえって実践へのハードルを上げてしまっている面もあるのかもしれません。

    しかし、データ活用の本質は、必ずしも高度な統計モデルを駆使することにあるわけではありません。大切なのは、目の前にある課題に対し、「データという客観的な光を当ててみよう」と試みる姿勢です。本稿では、専門家でなくとも明日から実践できる、ピープルアナリティクスの「スモールスタート」について、具体的な手順を追って解説します。

    本質は「課題解決」:ツールや技術はその次

    ピープルアナリティクスを成功させる上で最も重要なことは、最初から完璧を目指さないことです。壮大な計画は不要ですので、まずは日々の業務で感じている身近な課題を一つ、テーマに設定することから始めましょう。全てはそこから始まります。

    コトラが推奨するのは、データ活用の小さな成功体験を積み重ね、その有効性を組織内で実感してもらうアプローチです。そのためには、技術論よりも先に、解決したい課題を明確に定義することが不可欠です。例えば、以下のようなテーマはいかがでしょうか。

    • テーマ例1(離職防止):なぜ、入社3年以内の若手社員の離職が特定の部署で多いのだろうか?
    • テーマ例2(採用):中途採用で活躍している社員に、共通の経歴や面接時の評価項目はあるだろうか?
    • テーマ例3(育成):ある研修の受講者と非受講者で、その後のパフォーマンス評価に違いはあるだろうか?

    このように、具体的で、かつ多くの関係者が課題感を共有しているテーマを選ぶことが、分析への協力も得やすくなり、成果に繋がりやすいと考えられます。

    3ステップで実践!ピープルアナリティクスのスモールスタート

    テーマが決まったら、いよいよ分析のプロセスに入ります。ここでは、特別なツールを使わず、Excelのような表計算ソフトで実践できる3つのステップをご紹介します。

    ステップ1:仮説を立てる

    「仮説」とは、テーマに対する「仮の答え」のことです。データ分析とは、この仮説が正しいかどうかを検証する作業と言えます。経験や勘に基づいて、自由に仮説を立ててみましょう。

    • 【テーマ1:離職防止】の場合の仮説例
      • 「離職率の高い部署は、他部署に比べて月平均の残業時間が長いのではないか?」
      • 「その部署の管理職は、1on1ミーティングの実施頻度が低いのではないか?」
    • 【テーマ2:採用】の場合の仮説例
      • 「ハイパフォーマーは、特定の採用チャネル(例:社員紹介)経由で入社している傾向がないか?」
      • 「活躍している社員は、面接時の評価項目の中で『学習意欲』のスコアが高いのではないか?」
    • 【テーマ3:育成】の場合の仮説例
      • 「A研修の受講者は、非受講者に比べて、半年後の目標達成度が高いのではないか?」
      • 「eラーニングの特定コースを修了した社員は、昇進スピードが速い傾向がないか?」

    ステップ2:必要なデータを集める

    立てた仮説を検証するために、どのようなデータが必要かを考えます。最初から完璧なデータが揃っている必要はありません。まずは社内の人事システムや勤怠管理システム、過去のアンケート結果など、アクセス可能な範囲でデータを集めてみましょう。

    • 【テーマ1:離職防止】の場合の収集データ例
      • 対象社員の属性データ(勤続年数、役職など)
      • 過去1年間の勤怠データ(残業時間)
      • エンゲージメントサーベイの結果
      • 1on1の実施記録
    • 【テーマ2:採用】の場合の収集データ例
      • 社員ごとの入社経路データ
      • 過去の面接評価シートや適性検査の結果
      • 入社後の人事評価データ(ハイパフォーマーの定義に利用)
    • 【テーマ3:育成】の場合の収集データ例
      • 研修の受講者リスト
      • 受講前後のパフォーマンス評価データや目標達成度の記録
      • eラーニングの学習履歴
      • 昇進・昇格の履歴データ

    ステップ3:データを加工し、比較・可視化する

    集めたデータをExcelなどで一覧表にし、仮説を検証します。ここでのポイントは、いきなり高度な分析をしようとしないことです。まずは「比較」と「可視化」から始めます。

    • 【テーマ1:離職防止】の場合の分析手法例
      • 該当部署の平均残業時間と、他部署の平均残業時間を比較する。
      • 従業員ごとに、残業時間とエンゲージメントスコアを並べ、散布図を作成して関係性を見る。
    • 【テーマ2:採用】の場合の分析手法例
      • 採用チャネル別に、入社1年後の定着率やパフォーマンス評価の平均値を算出して比較する。
      • 活躍社員群とそうでない社員群で、面接時の各評価項目の平均スコアをレーダーチャートで比較する。
    • 【テーマ3:育成】の場合の分析手法例
      • 研修受講者群と非受講者群で、研修後半年間の目標達成度の平均値を比較する。
      • eラーニングの修了有無と、入社から次の昇格までの平均年数をクロス集計表で比較する。

    これらの簡単な分析だけでも、「やはり、この部署の残業時間は突出して長かった」「残業時間が長い従業員ほど、上司との関係性に課題を感じている傾向が見られる」といった、客観的な事実に裏付けられた発見があるはずです。これこそがピープルアナリティクスの面白さであり、次の一手を考えるための重要な示唆となります。

    小さな一歩が、組織を動かす大きな力になる

    ピープルアナリティクスは、一部の専門家だけのものではありません。組織の課題に真摯に向き合う全ての人にとっての、強力な武器となり得ます。今回ご紹介したように、身近な課題設定と手元のデータ、そして簡単な分析からでも、十分に価値ある示唆を得ることは可能です。

    重要なのは、分析して終わり、にしないことです。分析結果から得られた気づきを基に、「管理職向けのコミュニケーション研修を試行してみよう」「採用時の見極めポイントに、この項目を加えてみよう」といった具体的なアクションに繋げ、その効果をまたデータで振り返る。この小さなPDCAサイクルこそが、勘と経験の人事をデータドリブンな人事へと進化させ、組織全体の成長を力強く牽引していくのです。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。ピープルアナリティクスを始める上での具体的なテーマ設定や分析方法についてのご相談は、お気軽にお問い合わせください。

  • ダイバーシティ経営のメリットを最大化する、実践的な推進ステップと障壁の乗り越え方

    ダイバーシティ経営のメリットを最大化する、実践的な推進ステップと障壁の乗り越え方

    なぜ、ダイバーシティ推進は「掛け声」だけで終わってしまうのか?

    「女性活躍推進の目標を掲げたが、数値目標の達成が目的化してしまっている」
    「研修は実施したが、現場の意識や行動に変化が見られない」
    「『ダイバーシティ経営』という言葉だけが独り歩きし、結局何を目指しているのかが社内で共有できていない」

    ダイバーシティ経営の重要性を認識し、何らかの取り組みを始めたものの、このような「形骸化」の課題に直面している企業は少なくありません。せっかくの取り組みも、本来得られるはずのメリットに繋がらなければ意味がありません。

    なぜ、ダイバーシティ経営は形骸化してしまうのでしょうか。本コラムでは、その根本的な原因を紐解きながら、ダイバーシティ経営のメリットを確実に引き出すための、実践的な推進ステップと具体的な障壁の乗り越え方について解説します。

    ダイバーシティ経営の形骸化を招く3つの罠

    多くの企業でダイバーシティ経営がうまく進まない背景には、共通する「罠」が存在すると考えられます。そのメリットを享受するためには、まずこれらの罠を理解することが重要です。

    「目的」の欠如と「手段」の目的化

    最も多いのが、ダイバーシティ経営を推進する「目的」が曖昧なまま、「女性管理職比率〇%」といった数値目標の達成や、研修の実施といった「手段」そのものが目的になってしまうケースです。

    なぜ多様性が必要なのか、それが自社のどのような経営課題の解決に繋がり、どのようなメリットがあるのか。この根本的な目的が経営層から現場まで共有されていなければ、取り組みはやらされ仕事となり、魂が入りません。

    「インクルージョン」の視点の欠如

    多様な人材を採用する(ダイバーシティ)だけで、その多様な個性を活かす環境(インクルージョン)が整っていなければ、宝の持ち腐れです。異なる意見が歓迎されず、同調圧力が強い組織では、多様な人材は能力を発揮できずに孤立し、やがて離職してしまいます。

    多様性を「活かす」ための組織文化や制度の改革が伴わなければ、ダイバーシティ経営は決して成功しません。

    「現場任せ」と「経営層の傍観」

    ダイバーシティ経営を人事部だけの仕事と捉え、経営層や現場の管理職が「自分事」として捉えていないケースも散見されます。これは全社的な経営改革であり、特に現場のキーパーソンである管理職の理解と協力なくして推進は不可能です。経営層の強力なリーダーシップと、管理職を巻き込む仕掛けが不可欠です。

    計画倒れにしないための具体的推進ステップ

    では、これらの罠を回避し、ダイバーシティ経営のメリットを最大化するためには、どうすればよいのでしょうか。ここでは、継続的な改善サイクルを回すための4つのステップを提案します。

    ステップ1:現状把握と目的の明確化(Why – なぜやるのか)

    まずは自社の現状を客観的に、そして多角的に把握することから始めます。

    • 定量データの分析
      従業員の属性データ(性別、年齢、国籍など)の構成比だけでなく、属性別の採用数、離職率、平均勤続年数、管理職比率、昇進スピードなどを分析し、どこにボトルネックがあるかを特定します。
    • 定性データの収集
      全社的な組織サーベイや、特定の層を対象としたインタビュー、パルスサーベイなどを通じて、従業員が感じているインクルージョン実感値や心理的安全性、キャリアへの不安といった「生の声」を集めます。

    これらの分析結果に基づき、「3年後にグローバル市場での競争力を高めるため、非日本国籍の管理職比率をX%にする」「多様な顧客ニーズを反映した商品開発のため、企画部門の女性比率をY%に引き上げる」といった、自社の経営戦略と直結した具体的で測定可能な目的を言語化します。

    ステップ2:推進体制の構築と戦略的ロードマップの策定(How – どうやるのか)

    目的を達成するための実行計画を策定します。

    • 推進体制の確立
      経営トップをオーナーとし、人事だけでなく経営企画、事業部門、広報などからメンバーを募った全社横断の推進委員会などを設置します。経営会議での定例報告を義務付けるなど、実効性を担保する仕組みが重要です。
    • ロードマップの策定
      設定した目的に向けて、「短期(1年)」「中期(3年)」「長期(5年)」のマイルストーンを設定します。各期間で達成すべき具体的なアクションプラン、KPI、担当部署、予算を明確にしたロードマップを作成します。
      KPIには、「女性管理職比率」のような結果指標だけでなく、「管理職候補者パイプラインの多様性」や「インクルージョンに関する従業員意識調査のスコア」といった先行指標も設定することが効果的です。

    ステップ3:施策の実行と全社的な文化醸成(Do – 何をやるのか)

    ロードマップに基づき、具体的な施策を実行に移します。これは単発のイベントではなく、複数の施策を有機的に連携させることが重要です。

    • 制度・プロセスの改革
      人材の「入口」から「内部での活躍」までを繋げた制度改革が不可欠です。
      例えば、採用における構造化面接で多様な人材を公平に迎え入れる「入口」を整備すると同時に、管理職の評価項目にインクルーシブな行動を加えることで、入社した人材が「活躍できる土壌」を育みます。この2つは車の両輪であり、セットで進めることで初めて、多様な人材が定着し、活躍するサイクルが生まれます。
    • コミュニケーションの活性化
      経営層からの定期的なメッセージ発信、社内報やイントラネットでの成功事例の共有、全従業員が参加するタウンホールミーティングの開催などを通じて、全社的な機運を醸成します。
    • 教育と啓発
      全従業員向けの「無意識バイアス研修」や、管理職向けの「インクルーシブ・マネジメント研修」などを実施します。加えて、同じ課題や関心を持つ従業員が自主的に集うコミュニティ活動を支援するなど、現場からの自発的な学びや気付きを促すことも有効と考えられます。

    ステップ4:効果測定と継続的な改善(Check & Adjust – どう見直すのか)

    「やりっぱなし」にしないための仕組みを構築します。

    • モニタリングとレポーティング
      ステップ2で設定したKPIの進捗を定期的に(四半期ごとなど)モニタリングし、推進委員会や経営会議でレビューします。進捗が芳しくない場合は、その原因を深掘りします。
    • 効果検証
      従業員サーベイを定期的に再実施し、施策実行前後で意識や行動にどのような変化があったかを分析します。施策が意図した通りの効果を上げているか、あるいは予期せぬ副作用はないかなどを検証します。
    • 計画の見直し
      これらのモニタリングや検証の結果に基づき、ロードマップやアクションプランを柔軟に見直します。成功した施策は横展開し、効果の薄い施策は改善または中止するなど、常に最適なアプローチを模索し続けることが、持続的な変革に繋がります。

    変革の鍵は、粘り強い対話と実践の積み重ね

    ダイバーシティ経営の推進は、一度の施策で完結する特効薬ではなく、組織文化そのものを変革していく、息の長い取り組みです。時には現場からの抵抗や、思うように進まないもどかしさに直面することもあるかもしれません。

    しかし、その壁を乗り越える鍵は、常に「何のためのダイバーシティなのか」という目的に立ち返り、従業員との粘り強い対話を続け、小さな成功体験を積み重ねていくことにあります。その地道な実践の先にこそ、イノベーション、人材獲得、持続的成長といった、ダイバーシティ経営がもたらす計り知れないメリットが待っているのです。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人材開発・研修の企画立案・実行支援や、エンゲージメント測定・向上策の企画立案など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

  • 投資家の着眼点:企業価値向上に繋がる人事制度改定と人的資本開示の連動プロセス

    投資家の着眼点:企業価値向上に繋がる人事制度改定と人的資本開示の連動プロセス

    貴社の人的資本開示は「ストーリー」になっていますか?

    「人的資本開示が義務化されたが、何をどの程度開示すれば良いのか分からない」
    「開示している指標が、自社の企業価値向上にどう繋がるのか説明できない」
    「人事制度の見直しを検討しているが、投資家に評価されるポイントが不明確だ」

    近年、企業の経営者やIR担当者の皆様から、こうした声が数多く聞かれます。人的資本は、いまや財務情報と並ぶ企業価値を測る重要な指標です。そして投資家は、単に数字が羅列された報告書ではなく、その裏にある「戦略」と「ストーリー」に注目しています。

    この文脈において、人事制度改定は、もはや社内だけの問題ではありません。それは、自社の人的資本戦略を具体化し、その価値を外部に説得力をもって示すための、極めて重要な経営アクションです。本コラムでは、人事制度改定のプロセスを企業価値向上のストーリーに昇華させ、戦略的な人的資本開示に繋げるための視点とアプローチを解説します。

    投資家が知りたいのは「結果」ではなく「因果関係」

    投資家が人的資本情報から読み取ろうとしているのは、その企業が将来にわたって持続的に価値を生み出せるか、という点に尽きます。彼らが見ているのは、離職率や女性管理職比率といった個別のKPI(結果指標)そのものよりも、むしろ「なぜそのKPIを重要視し、改善のためにどのような施策を打ち、それがどう経営戦略の実現に繋がるのか」という、一貫した論理、すなわち因果関係のストーリーです。

    このストーリーの中心的な役割を担うのが、人事制度です。なぜなら、人事制度は「企業が従業員に何を期待し、何をもって報いるか」という価値観の表明そのものであり、人材戦略を動かすエンジンだからです。

    例えば、以下のようなストーリーが考えられます。

    • 経営戦略:DXを推進し、新たなデジタルサービス事業を収益の柱にする。
    • 人材戦略:そのために、全社的なデジタル人材の育成・確保が急務である。(KPI:デジタル人材比率、リスキリング研修受講率)
    • 人事施策:外部からの専門人材採用を強化するとともに、以下の人事制度改定により、従業員の自律的な学習を促す。
      • デジタルスキルを定義し、保有スキルレベルに応じて処遇を決定する「スキルベース型人事制度」を導入する。
      • 資格取得支援やeラーニングの機会を拡充する。
    • 期待される成果:結果としてデジタル人材比率が向上し、新規事業の成功確率が高まることで、将来のキャッシュフローが増大する。

    このように、人事制度改定を人材戦略のハブとして位置づけ、経営戦略から一気通貫のロジックを構築すること。これが、投資家の納得感を醸成する上で不可欠な視点となります。コトラでは、ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)の11領域などを参考にしつつ、各社の経営戦略に最適化された「語るべきストーリー」の構築からご支援しています。

    開示を起点とした戦略的人事制度改定のプロセス

    これからの人事制度改定は、社内的な要請だけでなく、「外部にどう見られるか、どう語るか」という視点をプロセス初期から組み込むことが重要になります。

    ステップ1:開示戦略の策定と重要マテリアリティの特定

    まず、自社の経営戦略と、投資家をはじめとするステークホルダーの関心事を踏まえ、「何を重点的に開示し、訴求していくか」という開示戦略を立てます。

    • マテリアリティ分析
      自社の事業にとって、人的資本のどの側面(例:多様性の確保、イノベーション人材の育成、従業員エンゲージメントの向上など)が企業価値に最も大きなインパクトを与えるのか(マテリアリティ)を特定します。
    • KPIの設定
      特定したマテリアリティの進捗を測るためのKPIを設定します。このKPIが、人事制度改定の目的と連動していることが重要です。

    ステップ2:ストーリーに基づく人事制度の設計

    次に、ステップ1で描いたストーリーを実現するための人事制度改定に着手します。

    • ギャップ分析
      設定したKPIの現状値を把握し、目標とのギャップを生んでいる原因がどこにあるのかを分析します。現行の人事制度が、そのギャップを生む一因となっていないかを検証します。
    • 制度設計
      ギャップを埋め、KPIを改善するために、評価・等級・報酬といった人事制度の各要素をどのように見直すべきかを設計します。例えば「イノベーション人材の育成」がマテリアリティであれば、失敗を恐れず挑戦したプロセスを評価する仕組みや、部門を横断したプロジェクトへの参加を促す制度などが考えられます。

    この人事制度改定プロセスそのものが、開示における説得力のある根拠となります。

    *人事制度改定を失敗しないためのポイントについては、以下のコラムで解説しています。ぜひご覧ください。

    ステップ3:統合報告書・Webサイトでの効果的な情報発信

    最後に、人事制度改定を含む一連の取り組みを、統合報告書やサステナビリティサイトなどで効果的に発信します。

    • 定性的情報との組み合わせ
      KPIの数値データ(定量的情報)だけでなく、人事制度改定の背景にある考え方や具体的なプロセス、経営トップのコミットメントといった定性的な情報を組み合わせることで、ストーリーに深みと説得力を持たせます。
    • 継続的な進捗報告
      一度開示して終わりではなく、施策の進捗状況やKPIの変化を継続的に報告します。PDCAを回し、常に改善を続けている姿勢を示すことが、投資家からの信頼を高めます。

    人事制度改定は、未来の企業価値を語るための戦略的投資

    人的資本開示の時代における人事制度改定は、未来の企業価値を創造するための戦略的投資です。自社の目指す姿を明確にし、そこから逆算して一貫性のあるストーリーを構築する。そして、その中核に人事制度改定を据えることで、社内に対しては変革の動機付けを、社外に対しては成長への期待感を醸成することができます。

    人事とIR担当が連携し、全社一丸となってこのプロセスに取り組むことが、これからの企業経営において益々重要になっていくでしょう。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の人的資本開示の高度化と、それに連動した人事制度改定プロセスをサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

  • 初めてでも失敗しない「教育体系図」の作り方 陥りがちな罠と成功への5ステップ

    初めてでも失敗しない「教育体系図」の作り方 陥りがちな罠と成功への5ステップ

    社員の成長を願うものの、育成が場当たり的になっていませんか?

    企業の成長は、従業員一人ひとりの成長の総和です。その重要性を認識しつつも、「目の前の業務に追われ、計画的な育成ができていない」「新入社員研修以外は、特に決まった育成プログラムがない」。そんな悩みを抱える経営者や人事担当者の方は少なくないのではないでしょうか。

    こうした課題を解決し、計画的かつ効果的な人材育成を実現するための第一歩が、企業の羅針盤とも言える「教育体系図」の構築です。

    教育体系図とは、企業の経営理念や事業戦略に基づき、「どのような人材を、いつまでに、どのように育成していくか」という全体像と道筋を、体系的に整理したものです。一般的には、新入社員から経営層まで、各階層や職種に求められるスキルと、それらを習得するための研修や育成プログラム(OJT、Off-JT、自己啓発など)がマッピングされた図として可視化されます。

    教育体系図を作成することで、育成が場当たり的になるのを防ぎ、従業員は自らのキャリアパスを明確にイメージできるようになります。

    しかし、いざ作ろうとすると、「何から手をつければいいのか」「他社の真似でよいのか」といった壁に突き当たります。本コラムでは、これから教育体系図をゼロから構築する企業様に向けて、陥りがちな罠を避け、成功へと導くための具体的な5つのステップを、分かりやすく解説していきます。

    教育体系図をなぜ作るのか?:陥りがちな3つの罠

    教育体系図の作成に着手する前に、多くの企業が陥ってしまう典型的な失敗パターンを理解しておくことが重要です。

    1. 目的が曖昧な「作成が目的化」の罠
      「他社もやっているから」という理由だけで、何となく作り始めてしまうケースです。これでは、誰のための、何のための体系なのかが曖昧になり、結局は誰も使わない「お飾りの図」になってしまいます。
    2. 理想が高すぎる「完璧主義」の罠
      あらゆる階層、あらゆる職種に対して、網羅的で完璧な体系を一気に作ろうとするケースです。理想を追い求めるあまり、膨大な時間と労力がかかり、完成する頃には事業環境が変わっていた、ということも少なくありません。
    3. 現場を無視した「机上の空論」の罠
      人事部だけで議論を進め、現場の業務実態やニーズを考慮せずに作ってしまうケースです。現場の従業員から「こんな研修、実務では役に立たない」と思われてしまっては、元も子もありません。

    これらの罠を回避する上で最も重要な考え方は、「自社の未来像から逆算して設計する」という視点です。教育体系図とは、現在いる従業員のためだけのものではありません。むしろ、「3年後、5年後に自社が目指す事業を実現するために、どのような人材が必要か」という未来からの問いかけに答えるためのものです。

    ここで、「要員計画」の観点が活きてきます。将来の事業計画に基づき、各部門でどのような役割・スキルを持つ人材が何人必要になるのかを予測するのです。この「あるべき人材の姿」を起点とすることで、教育体系図の目的が明確になり、育成すべきスキルの優先順位が自ずと定まります。

    成功に導く「教育体系図」作成の5ステップ

    それでは、未来からの逆算思考に基づき、実用的な教育体系図を構築するための具体的なステップを見ていきましょう。

    ステップ1:経営理念・事業戦略の言語化

    まずは、「自社が社会に提供する価値は何か(経営理念)」「今後、どの事業領域で、どのように成長していくのか(事業戦略)」を、明確な言葉で再確認します。これがすべての土台となります。経営陣へのヒアリングなどを通じて、企業の進むべき方向性を具体的に描き出しましょう。

    ステップ2:等級・役職ごとの「役割」の定義

    次に、企業の方向性を実現するために、各等級や役職の従業員にどのような「役割」を期待するのかを定義します。例えば、「課長職には、部の目標達成責任に加え、次世代リーダー候補の育成責任も担ってもらう」といった具合です。この「役割定義」が、育成の骨格となります。

    ステップ3:役割遂行に必要な「スキル」の洗い出し

    定義した役割を全うするために、具体的にどのようなスキル(知識・技術・態度)が必要かを洗い出します。ここでは、階層ごとに共通して求められる「共通スキル(例:ロジカルシンキング、リーダーシップ)」と、職種ごとに求められる「専門スキル(例:プログラミング、マーケティング分析)」に分けて整理すると分かりやすくなります。

    ステップ4:最適な「育成手法」のマッピング

    洗い出したスキルを、どのように習得させるのが最も効果的かを考え、マッピングしていきます。育成手法は、集合研修(Off-JT)だけではありません。

    • 日常業務を通じた指導(OJT)
    • 上司や先輩による定期的な面談(1on1)
    • 挑戦的な業務の付与(タフアサインメント)

    従業員自身による学習(自己啓発) など、多様な手法を組み合わせることが、学習効果の定着に繋がります。このステップでは、現場の管理職を巻き込み、現実的な育成計画を共に作ることが成功の鍵です。

    ステップ5:スモールスタートと運用ルールの策定

    最初から完璧を目指す必要はありません。まずは、新人や若手層など、特定の階層に絞って教育体系図を策定し、運用を開始する「スモールスタート」が現実的です。そして、「年に一度、管理職と人事で見直しを行う」「研修後には、必ず実践報告会を実施する」といった、継続的な運用ルールを定めます。

    教育体系図は、組織と人が共に成長するための設計図

    教育体系図をゼロから作り上げるプロセスは、単に人事制度を整える作業ではありません。それは、「自社はどこへ向かうのか」「そのために、どのような人材が必要なのか」「どうすれば、従業員がやりがいを持って成長できるのか」という、企業の根幹に関わる問いに、組織全体で向き合う貴重な機会です。

    丁寧に作られた教育体系図は、採用、配置、評価といった他の人事機能とも連動し、組織全体のパフォーマンスを最大化する強力なエンジンとなります。それは、企業と従業員が共に未来へ向かって成長していくための、大切な設計図と言えるでしょう。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。要員計画に基づいた実践的な教育体系の構築支援など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。

  • なぜエンゲージメント施策が成功しないのか? 陥りがちな3つの罠と対処法

    なぜエンゲージメント施策が成功しないのか? 陥りがちな3つの罠と対処法

    「良かれと思って」が、なぜ裏目に出てしまうのか

    従業員エンゲージメント向上の重要性が叫ばれる中、多くの企業が多大な時間と労力を費やして、様々な施策を導入しています。しかしながら、「施策を導入すること」自体が目的となり、現場の負担感や疲弊感を増すだけで、本来目指していたはずの組織活性化に繋がっていない、という皮肉な結果を招いているケースも少なくありません。

    「良かれと思って」始めたはずの取り組みが、なぜ期待通りに進まないのか。その背景には、いくつかの典型的な失敗のパターンが存在します。本コラムでは、多くの企業が陥りがちな3つの「罠」を明らかにし、そこから抜け出すための具体的な対処法を解説します。

    エンゲージメント向上を阻む「3つの罠」

    従業員エンゲージメント向上への道のりには、注意すべき落とし穴があります。ここでは、特に頻繁に見られる3つの罠について、その構造を解き明かします。

    罠1:目的の形骸化 ー「何のために?」が共有されていない

    最も陥りやすいのが、「サーベイのスコアを上げること」自体が目的になってしまう罠です。経営層から「エンゲージメントスコアを向上させよ」という指示だけが現場に下り、従業員一人ひとりは「なぜ自分がこれに取り組む必要があるのか」を理解できないまま、やらされ感だけが募っていきます。

    従業員エンゲージメントとは、本来、企業の成長と個人の成長が連動している状態を指すにもかかわらず、その本質的な目的が共有されていないのです。

    罠2:現場への丸投げ ー マネージャーの善意と努力に依存する

    エンゲージメント向上の鍵を握るのは、日々のコミュニケーションを担う現場のマネージャーであることは間違いありません。しかし、その重要性を強調するあまり、本社の人事部が具体的な支援をすることなく、「あとはよろしく」と丸投げしてしまうケースが後を絶ちません。

    プレイングマネージャーとして自身の業務に追われる中で、部下のエンゲージメント向上という新たな重責を負わされたマネージャーは、孤立し、疲弊してしまいます。結果として、施策はマネージャー個人の力量に依存し、組織的な取り組みとして定着しません。

    罠3:施策の単発化 ー「線」ではなく「点」で終わる

    新しい制度の導入や研修の実施、社内イベントの開催など、華々しい施策は一時的な注目を集めます。しかし、それらの施策が互いにどう連携し、長期的にどのような組織を目指すのかという「ストーリー」が描かれていない場合、効果は長続きしません。

    サーベイで課題が見つかれば研修を実施し、また次のサーベイで別の課題が見つかれば新たなイベントを企画する、といった「モグラ叩き」のようなアプローチでは、組織文化として従業員エンゲージメントを育むことは困難です。

    罠から抜け出し、施策を成功に導く「3つの対処法」

    これらの罠を回避し、従業員エンゲージメント向上施策を実りあるものにするためには、どのような視点が必要でしょうか。具体的な処方箋を3つ提示します。

    対処法1:「Why」の共有と対話の徹底

    施策(What)や方法(How)から入るのではなく、まずは「なぜ(Why)私たちはエンゲージメント向上に取り組むのか」という目的を、経営層が自らの言葉で、繰り返し発信することが不可欠です。そして、その目的と従業員一人ひとりのキャリアや成長がどう繋がるのかを、対話を通じてすり合わせる機会を設けるべきです。

    コトラが支援するエンゲージメント向上策の企画立案では、この「目的の言語化と共有」のプロセスを最も重視しています。

    対処法2:マネージャーを「支援する仕組み」の構築

    マネージャーを「施策の実行者」としてだけでなく、「支援の対象者」として捉え直す必要があります。

    • 具体的なツールの提供
      1on1で活用できる対話シートや、部下の強みを発見するためのアセスメントツールなどを提供する。
    • マネージャー同士の学びの場の設定
      成功事例や悩みを共有するワークショップを開催し、孤立を防ぎ、組織としてのナレッジを蓄積する。
    • 評価制度の見直し
      短期的な業績だけでなく、部下の育成やエンゲージメント向上への貢献を、マネージャーの評価項目に組み込む。

    対処法3:施策の「ストーリー化」と継続的な改善

    個別の施策を、人材戦略全体の文脈の中に位置づけ、一貫したストーリーとして設計します。「採用」から「オンボーディング」「育成」「評価」「配置」といった一連の人材マネジメントサイクルの中で、従業員エンゲージメントをいかに高めていくか、という長期的視点が求められます。

    そして、一度始めた施策は、定期的に効果を測定し、従業員からのフィードバックを元に改善を繰り返す。このPDCAサイクルを回し続ける覚悟が不可欠です。

    失敗から学び、着実な一歩を踏み出す

    従業員エンゲージメント向上への道は、決して平坦ではありません。多くの企業が試行錯誤を繰り返し、時には失敗も経験します。重要なのは、これらの典型的な失敗パターンをあらかじめ理解し、自社の取り組みを客観的に振り返ってみることです。

    目的は明確か。現場に寄り添っているか。取り組みは持続可能か。これらの問いに向き合うことが、形骸化した施策を蘇らせ、組織を動かす着実な一歩に繋がると考えられます。

    株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。多くの企業が陥りがちな失敗パターンを踏まえ、貴社の状況に最適化されたエンゲージメント向上策の企画立案をご支援します。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。