ダイバーシティKPI|「数合わせ」を脱却し競争力へ転換する

ダイバーシティ推進のプレッシャーと、現場の疲弊

「女性管理職比率を30%にするという目標が降りてきたが、候補者がおらず、無理な登用で現場が混乱している」
「男性育休の取得率は上がったが、数日だけの取得ばかりで実態が伴っていない」

人的資本開示義務化の流れを受け、多くの企業がダイバーシティ推進の数値目標を掲げています。しかし、その達成自体が目的化し、現場の実態とかけ離れた「数合わせ」に陥っているケースが後を絶ちません。「なぜ、ダイバーシティが必要なのか」という腹落ちがないままに進められる形式的な施策は、組織の歪みを生み、かえって従業員のエンゲージメントを低下させるリスクすらあります。

本コラムでは、コンプライアンス対応としてのダイバーシティではなく、多様な人材の視点を企業のイノベーションやリスク管理といった「競争力」に変えるための、本質的なKPI設計と活用法について解説します。

同質性の「死角」を消し、意思決定の質を高める

まず、KPIを設定する前に、「なぜ多様な人材が必要なのか」「なぜ同質的な組織において多様性を高める必要があるのか」という問いに対する解像度を高める必要があります。

似たような背景や価値観を持つメンバーで構成された組織は、一見すると効率的です。「阿吽の呼吸」で意思疎通ができるため、合意形成にかかる時間も短時間で済みます。しかし、変化の激しい現代において、それは致命的なリスクとなりえます。似たような経験や価値観を持つメンバーだけで議論しても、全員が同じ「死角」を持っているため、新たなリスクや市場の変化に気づけないのです。

ダイバーシティの本質的な意義は、異なる視点をぶつけ合わせることで、この「組織の死角」を減らし、意思決定の質を高めることにあります。つまり、多様性の確保は「優しさ」や「義務」ではなく、ビジネスを生き抜くための「生存戦略」なのです。

しかし、この多様性は一朝一夕には手に入りません。外部から数人採用して済む話ではなく、組織内部で多様な人材が育ち、選抜される「仕組み」が整っていなければ、すぐに元の同質的な組織に戻ってしまいます。だからこそ、「女性管理職比率〇%」「男性育休取得率△%」といった結果の数字だけを見るのでは不十分です。

「結果」だけでなく「プロセス」を見る

多くの企業が開示している「女性管理職比率」や「女性役員比率」といった指標は、あくまで最終的な「結果」に過ぎません。この数字が低い場合、その原因がどこにあるのかを特定しなければ、有効な対策は打てず、いつまでたっても「候補者がいない」という嘆きを繰り返すことになります。

そこで重要になるのが、採用から登用に至るまでの「パイプライン」の健全性を測るKPIです。

採用・定着・昇進の「男女差」を比較する

パイプラインの健全性を診断するためには、以下のプロセス指標における男女差(ギャップ)を確認することが有効です。

  • 採用比率のギャップ
    母集団形成の段階で、すでに偏りがないかを確認します。新卒採用だけでなく、即戦力となるキャリア採用における女性比率も重要な指標です。ここが低ければ、採用ブランディングやエージェントへの要件定義を見直す必要があります。
  • 平均勤続年数・離職率のギャップ
    特定の属性(女性や若手など)が早期に離職していないかを見ます。例えば「入社3年目までは男女差がないが、5年目以降で女性の離職率が急増する」というデータがあれば、ライフイベントとキャリアの両立支援や、ロールモデルの不在がボトルネックであると推測できます。
  • 昇進率・滞留年数のギャップ
    同じ能力や成果であっても、性別によって評価や昇進スピードに差が生じていないかを確認します。管理職手前の等級での滞留年数に男女差がある場合、それが合理的な理由によるものなのか、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が評価に影響しているために生じているのかを考えます。

男女間賃金差異の深層分析

開示が義務化されている「男女間賃金差異」も、単に格差の有無を見るだけでは不十分です。「女性の平均年間賃金 ÷ 男性の平均年間賃金」で算出されるこの指標は、管理職比率の差や、勤続年数の差、あるいは雇用形態の違いなど、様々な要因が複合的に絡み合っています。

差異が生じている主因を分解・特定し、それを是正するためのロードマップ(女性管理職の育成計画など)とセットで開示することで、投資家に対する説得力は大きく向上します。

「数」の先にある「質」:インクルージョンを測る

多様な人材(ダイバーシティ)を集めても、彼らが心理的安全性を持って発言し、活躍できる土壌(インクルージョン)がなければ、組織の力にはなりません。むしろ、意見の対立による混乱やコストだけが増大してしまいます。 このような状態を避けるためには、制度の「有無」や形式的な「利用率」を超えて、実態(質)を測る指標が必要です。

育休取得の「質」を問う

男性育休取得率が100%でも、その大半が「5日未満」であれば、実質的な家事・育児分担にはつながっていない可能性があります。

したがって、「育児休業取得率」だけでなく、「育児休業平均取得日数」も併せてモニタリングすべきです。取得日数が伸びていれば、職場が長期不在を許容し、カバーし合える体制や風土ができている証左となります。これは、誰かが病気や介護で休んだ際にも業務が回るという、組織のBCP(事業継続計画)能力の高さをも示しています。

公平性と受容性のモニタリング

多様な人材が公平に扱われているか、組織に受け入れられているかを知るためには、エンゲージメントサーベイ等の結果を活用することも有効です。例えば、「評価の公平性」や「職場の心理的安全性」に関するスコアを男女別や中途・新卒別などでクロス集計します。

特定の属性だけスコアが低い場合、そこには「見えない壁(アンコンシャス・バイアス)」が存在している可能性があります。

多様性を「イノベーション」と「リスク管理」へつなげる

ここまでのプロセス指標やインクルージョン指標が整って初めて、ダイバーシティを「競争力」へと転換する準備が整います。では、具体的にどのようにビジネス成果と結びつければよいのでしょうか。

イノベーションの源泉としてのKPI

イノベーションは、異なる知見や経験の「掛け合わせ」から生まれます。同質性の高い組織では、阿吽の呼吸で意思決定が早い反面、前例踏襲に陥りやすく、破壊的なアイデアは生まれにくい傾向があります。 多様性がイノベーションにつながっているかを測るためには、以下のような視点のKPI設定が考えられます。

  • 新規事業提案の多様性
    社内ベンチャー制度などの提案者の属性に偏りがないか。多様なチームからの提案の方が、採択率や事業化後の成功率が高いという相関が見えれば、D&I推進の強力な裏付けとなります。
  • 会議における発言の多様性
    意思決定の場(経営会議や重要プロジェクト)において、多様なバックグラウンドを持つメンバーが参加しているか、また実際に発言権を持っているか。これは定性的なモニタリングが必要ですが、「同調圧力」を打破するために不可欠な視点です。

リスク管理としてのKPI

変化の激しいVUCA時代において、画一的な視点しか持たない組織は、新たなリスクの予兆を見逃す可能性が高くなります。また、コンプライアンス違反やハラスメントなどの不祥事も、閉鎖的で同質的な組織風土が温床となりがちです。 リスク管理の観点からは、以下の指標が有効です。

  • 取締役会のスキル・マトリックス
    ジェンダーや国際性だけでなく、保有スキルや経験領域が分散されているか。これにより、多角的な視点で経営の監督ができているかを示します。
  • 内部通報の利用状況と属性
    通報窓口が機能しているかは、組織の自浄作用を示すバロメーターです。特定の属性からの相談が極端に少ない場合、その層が声を上げられない抑圧された環境にあるリスクがあります。

「違うこと」を価値に変える経営へ

ダイバーシティ&インクルージョンは、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。数値目標を掲げることはスタートラインに過ぎず、その過程で生じる摩擦や課題一つひとつ解消していく地道なプロセスこそが重要です。

本コラムで紹介したように、パイプラインの健全性を保ち、インクルーシブな風土を醸成し、多様な視点を意思決定に取り入れる。この一連のサイクルをKPIで管理し、PDCAを回し続けること。それ自体が、変化への適応力を高め、リスクに強く、イノベーションを生み出し続ける「強い組織」を作ることと同義です。

「違うこと」がリスクやコストではなく、新たな価値の源泉として歓迎される組織へ。KPIを羅針盤として、真のダイバーシティ経営へと舵を切っていきましょう。

▼ 領域別の詳細KPIリストはこちら

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株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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