人材獲得競争の勝敗を分ける「選ばれる理由」
「求人を出しても応募が来ない」
「内定辞退が増えている」
「若手・中堅の離職が止まらない」
昨今、多くの企業がこのような「人」に関する深刻な課題に直面しています。労働人口の減少と働き方の多様化により、「企業が人を選ぶ」時代から「人が企業を選ぶ」時代へとシフトしつつあります。
このパラダイムシフトの中で、経営者が自問自答しなければならない問いがあります。それは、「なぜ、優秀な人材が、他社ではなく貴社で働く必要があるのか?」という問いです。
この問いに対する企業としての明確な回答こそが、「EVP(Employee Value Proposition:従業員価値提案)」です。少し難しく聞こえるかもしれませんが、シンプルに言えば「会社が社員に提供できる『働くメリット』のすべて」を指します。社員は、自分の時間やスキルを会社に提供します。その対価として、会社は何を返すのか。給与でしょうか?それとも、他では得られない成長環境でしょうか?
本コラムでは、EVPの定義から、よく混同されるエンプロイヤーブランディングとの違い、そして自社独自のEVPを設計するための実践的手法について徹底解説します。
EVPの定義とエンプロイヤーブランディング
EVP(従業員価値提案)とは、企業が従業員の才能や努力、成果(貢献)に対して提供する「あらゆる価値」のことを指します。 給与や福利厚生といった金銭的な報酬だけでなく、仕事のやりがい、成長機会、職場の雰囲気、企業のパーパスといった非金銭的な価値も含んだ「その会社で働くことで得られるトータルでのメリット」と言えるでしょう。
エンプロイヤーブランディングとの関係性
EVPとセットで語られることが多いのが「エンプロイヤーブランディング」ですが、両者は以下のように明確に区別されます。
- EVP(中身・実体)
「私たちは従業員に何を提供するのか」という定義そのもの。商品で言えば「製品のスペックや品質」にあたります。 - エンプロイヤーブランディング(伝達・手法)
定義されたEVPを社内外に魅力的に伝え、ブランドイメージを構築する活動。商品で言えば「広告・マーケティング」にあたります。
どんなに素晴らしい広告(ブランディング)を打っても、肝心の製品(EVP)の質が低ければ、顧客(従業員)はすぐに離れてしまいます。まずは「自社が提供できる価値の実体」であるEVPを強固にすることが、すべての出発点となります。
EVPを構成する5つの要素
では、具体的にどのような要素がEVPを構成するのでしょうか。一般的には、以下の5つの要素のバランスで成り立っていると考えられます。
- 報酬・福利厚生(Rewards & Benefits)
給与、賞与、健康保険、休暇制度など。基礎的な条件であるため、他社より少し高いだけでは、優秀な人材を長く引き留める決定打にはなりにくい要素です。 - 仕事内容・環境(Work & Environment)
業務の面白さ、裁量権の大きさ、ワークライフバランス、リモートワークなどの柔軟性。 - キャリア・成長(Opportunity & Career)
スキルアップの機会、研修制度、昇進の可能性、市場価値の向上など。従業員が「この会社にいれば市場価値が上がる」と思えるか。 - 人・組織風土(People & Culture)
経営陣のリーダーシップ、同僚との関係性、心理的安全性、職場の雰囲気など、「誰と働くか」。 - パーパス・社会的意義(Purpose & Mission)
企業理念への共感や、社会に貢献しているという実感など。「何のために働くか」。
近年の傾向として、給与などの「1. 報酬」だけで人材を惹きつけることには限界が見え始めています。特に優秀な人材ほど「3. 成長」や「5. パーパス」を重視する傾向が強く、これら非金銭的な価値をいかに言語化し、提供できるかがEVP設計の鍵となります。
EVPを設計・再構築するための3ステップ
「我が社には誇れるようなEVPがない」と嘆く必要はありません。どのような企業にも、そこで長く働いている社員がいる限り、必ず何らかの価値(働く理由)が存在しています。重要なのは、それを発見し、磨き上げ、言語化することです。
ステップ1:現状分析
まずは、自社の現状を客観的に把握します。
- 従業員サーベイ・インタビュー
「なぜ当社に入社したのか?」「なぜ辞めずに働き続けているのか?」をヒアリングし、現場が感じているリアルな魅力を抽出します。 - 退職者分析
「なぜ辞めたのか」を分析し、提供できていない価値(ギャップ)を特定します。
ステップ2:ターゲットと価値の定義
「誰にでも好かれる会社」を目指すと、メッセージは誰にも刺さらなくなります。「自社で活躍できるのはどのような人材か」を明確にし、その人材が最も喜ぶ価値をEVPの核に据えます。
例えば、「安定を求める人」ではなく「変化を楽しめる人」を求めるのであれば、EVPのメッセージは「整った研修制度」ではなく「入社1年目からの抜擢人事」や「圧倒的な成長スピード」になるはずです。
ステップ3:一貫性の確保と発信
定義したEVPと、実態に乖離がないかを確認します。 「挑戦を歓迎する」というEVPを掲げているのに、実態は「減点主義の評価制度」であれば、入社後のリアリティ・ショック(幻滅)により早期離職を招きます。制度、評価、風土がEVPと一貫している状態を作り上げた上で、採用サイトやスカウトメールなどを通じて一貫したメッセージを発信します。
EVPは企業と個人の「対等な約束」である
EVPの策定は、企業から従業員への「固い約束」です。「当社はあなたにこのような環境と機会を提供します。その代わり、あなたは当社にパフォーマンスと貢献を提供してください」という対等なパートナーシップが成立して初めて、エンゲージメントの高い組織が生まれます。
採用難や離職に悩む企業こそ、小手先の採用テクニックに走る前に、一度立ち止まり、「私たちの会社で働くメリットとは何か」というEVPの原点に向き合ってみてはいかがでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




