エースは「不満」ではなく「退屈」で辞めていく
「希望通りの部署に配属し、給与も相場以上に支払っていた。人間関係も良好だったはずなのに、なぜ辞めてしまうのか」
ハイパフォーマー(優秀な人材)の退職届を受け取った際、多くの人事担当者が抱く疑問です。ここで認識を改めるべきは、優秀な人材の離職トリガーは、労働条件への「不満」ではないということです。
もちろん、市場価値に見合う給与を支払うことは大前提です。しかし、それさえ満たせば彼らが留まるかといえば、答えはNOです。彼らを会社から遠ざける最大の敵は、「退屈(学習曲線の頭打ち)」です。
彼らは常に「自分の市場価値」を意識しています。そのため、「この会社ではもう学ぶことがない」「これ以上の経験が積めない」と感じた瞬間、その環境にいること自体をリスクと捉えます。「居心地は良いが、成長できない会社」は、彼らにとって最も避けたい場所なのです。
本コラムでは、昇進ポストや昇給原資に物理的な限界がある中で、ハイパフォーマーを繋ぎ止めるためのアプローチを解説します。
構造的課題:会社の成長 < 個人の成長
なぜ、ハイパフォーマーは早期に見切りをつけるのでしょうか。 それは、安定成長期にある多くの企業において、「会社の成長スピード」よりも「個人の成長スピード」の方が速いという構造的なズレが生じるからです。
エース社員が実力をつけ、次のステップ(例:部長職や新規事業責任者)を求めたとき、会社側にはそのポストが空いていない。「上が詰まっている」状態です。ここで人事がやりがちな悪手は、「君の実力は認めている。あと3年待てばポストが空くから」と慰留することです。
市場価値の高い彼らにとって、「待つ」という選択肢はありません。社内で機会が得られないなら、社外(転職市場)にそれを求めるのは合理的な判断です。従来の「空きポスト待ち」の昇進システムでは、彼らを引き留めることは困難と言えるでしょう。
見逃してはいけない「退屈」の3つの予兆
ハイパフォーマーは、表立って文句を言いません。粛々と準備し、決意してから伝えてきます。しかし、その前段階で必ず「退屈のサイン」が出ているはずです。
- 会議での発言が減る(評論家化)
以前は「もっとこうすべきだ」と熱く提案していたのに、最近は「まあ、決まったならそれでいいんじゃないですか」と、淡々とタスクをこなすだけになっていないか。これは「期待することを諦めた」サインです。 - 定型業務の生産性が異常に高い
皮肉なことに、仕事に慣れすぎて「余裕」で回せている状態こそが危険信号です。彼らにとって「80%の力で回せる仕事」は、コンフォートゾーン(停滞)を意味します。 - 社外活動への傾倒
副業、社会人大学院、社外コミュニティへの参加が急に活発になるのは、社内に「刺激」がないため、外にそれを求めている証拠です。
これらのサインが見えたとき、通常の1on1や慰留交渉(給与交渉)は無意味です。必要なのは「役割の再設計」です。
ポスト不足を補う「3つの擬似的昇進」
ハイパフォーマーに与えるポストが用意できないという状況下で、人事が現場マネージャーと共に提供できる「報酬」は以下の3つです。これらは金銭以上に、ハイパフォーマーの承認欲求と成長意欲を満たします。
「権限」の報酬:決裁権の委譲
役職は変えられなくても、権限は変えられます。
- 「この新規プロジェクトに関しては、予算◯◯万円までは君の判断で使っていい(上長の承認不要)」
- 「採用の最終面接官を任せる。君が『一緒に働きたい』と思う人を選んでいい」
このように、自分の裁量で動かせるリソース(人・モノ・金)を渡します。
「露出」の報酬:経営との接続
彼らの視座を引き上げ、社内プレゼンスを高める機会を提供します。
- 経営会議でのプレゼンテーション担当に指名する。
- 社長直轄の特命プロジェクト(中期経営計画策定メンバーなど)にアサインする。
- 業界カンファレンスやメディア取材へ、会社の顔として登壇させる。
「時間」の報酬:選択の自由
成果を出しているからこそ許される「特権」を与えます。
- 「週1日は、通常業務から離れてR&D(研究開発)や新規企画に使っていい」
- 「勤務場所や時間はフルフレックスで構わない。成果さえ出せばプロセスは問わない」
解決策をマッチングさせるための「面談」
しかし、これらの「報酬」は、闇雲に与えれば良いというものではありません。人によって「裁量が欲しいのか(権限)」「目立ちたいのか(露出)」「自由にやりたいのか(時間)」、求めているものは異なります。
適切なカードを切るためには、1on1や面談で彼らの「渇き」を正確に把握する必要があります。 そのためには、「最近どう?」「困ってることない?」といった抽象的な質問を変えなければなりません。それでは「大丈夫です」と返されて終わりだからです。
【ハイパフォーマー向けの質問例】
- 「今の仕事で、10点満点中『ワクワク』は何点くらい?」
- 「もし、今の制約(予算やリソース)が全くないとしたら、この会社で何をやってみたい?」
- 「最近、君が『もう卒業してもいいかな(やりきった)』と感じている業務はある?」
特に重要なのが3つ目です。彼らが「やりきった(飽きた)」と感じている業務を剥がし、新しいミッション(前述の権限や露出)に入れ替える。この「業務の新陳代謝」こそが、最も効果的なリテンション施策です。
「この会社にいることが、最も成長できる」状態を作る
ハイパフォーマーを繋ぎ止めるための唯一の解は、「自社にいることが、自身の市場価値を高めるための最短ルートである」と彼らに確信させることです。
「無理やり囲い込む」のではなく、「挑戦的な機会」を提供し続けること。皮肉に聞こえるかもしれませんが、彼らが「いつでも転職できるだけの実力」をつけられる環境を用意することこそが、結果として「この会社でまだやりたいことがある」というエンゲージメントを生み、在籍期間の最大化につながります。
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